第三章 酔っても、グチっても.... .... ⑹
「ん?騒がしいなぁー」
「何か、あったのかな!?」
ここは一階。
元待合室、現リビングには静香と奈々子がいた。
奈々子は出掛けるために、荷物の整理をしていた。もちろん、営業のである。
「で!?漫才師。アイドルはもう行ったんか?」
一方の静香はビールを飲んでいた。
これでビール缶、三本目である。
ちなみに『アイドル』と言うのは美歌のニックネームだ。
「もう、とっくに」
淡泊な返答。
「大変やねぇ〜。芸能人は」
おつまみの鯣に手をつける。
そしてビールを飲む。
これだけでもオヤジである。
しかも初歩の段階で。
静香は更に上手のオヤジである。
静香が真剣に見ている、三十五インチのハイビジョンのテレビ。見ている番組は絶対にドラマでもワイドショーでもアニメでもないと断っておく。
ちなみにユメノ荘のテレビにはケーブルも接続していて選択が出来る番組も百は下らない。
そんなテレビに釘づけで見ているのは古館一郎にも劣らない、回転の早い口調から始まる。
『先頭はタイガーオマリー、二馬身差でサクラノアポロが追走!さぁー、各馬最終コーナーから直線に入ってきたぁ!!』
それは、それは、遥か中世ヨーロッパの貴族遊びから進化した、お馬ちゃんに夢を託すという大人の遊びである。
静香が応援しているお馬ちゃんは三番手に走っているお馬ちゃんである。
『おーーーっと!?ここで大外からミラクルサンダーが先頭に並びかかっている!』
自然と静香は拳を握り締める。
奈々子はちょうど支度を終えた。
『来た、来た、来たぁー!ミラクルサンダー、物凄い脚だ!』
「おっしゃあー!!来た、来た〜っ!」
ドォン!
力の入った一発がテーブルを揺さ振る。
奈々子も驚く。
静香の手はビール缶に伸び一気に飲み干す。
が、世の中そんなに都合良くいかない。
このお馬ちゃんの世界は特にだ。
「行けーーーー、そこやぁーーー!!」
外にも響く大声を出して夢中になって応援するが、
『やっぱり役者が違う!タイガーオマリー。ゴール手前十メートルで、持ち前の末脚を見せ付けましたぁー!!』
ま、こんなところだ。
静香に握られている夢は呆気なくただの紙屑と化してしまった瞬間であった。
「紺野さん、また負けたんですね」
奈々子が言わなくても燃え尽きて思考が止まっちゃってる静香を見れば一目瞭然であろう。
そこへ瑠伊が階段を下りてきた。
「なんか騒がしいわね」
不機嫌の瑠伊は迷惑そうに二人を見た。
「わ、私じゃないですよ」
奈々子は慌しく否定した。
「とすれば、紺野さん!?」
奈々子は無言で頷いた。
静香は瑠伊の声で我に返った。
「おっ!受験生。どや?ビール」
「遠慮します。私、未成年ですし」
「ウチかて未成年やけどなぁ〜」
静香のぼやきに、
「瑠伊さん、飲んだことが無いんです。紺野さんと違って酒も競馬もしないんです」
奈々子にしては珍しく注意した。
そんな奈々子の忠告を聞く静香ではない。
「冗談やろ!?ウチの場合、酒も競馬も高一からしてたで!?」
反対に瑠伊を見て化石を発見した学者と同じぐらいの驚きで言い放った。
「... ...そんなオヤジくさい女子高生、紺野さんぐらいでしたよ」
「ほんまかいな。なぁ、受験生。勉強漬けの毎日なんやろ!?たまにはストレス、発散させなオカシなるで」
「はぁ... ...」
突っ立っていた瑠伊を半ば強引に座らせた。
奈々子は呆れて、
「誰かと飲みたかったんですね」
と、呟いた。
「酒は万病の薬なんや。全身からリフレッシュさせんとな」
静香は自分と瑠伊の二人分のビール缶をテーブルに置き、
「それに先程の物事、聞いてみたいしな」
と、ちゃっかりとしていた。
瑠伊の顔が紅潮する。
別に恥かしいという事ではない。
むしろ逆だ。
「やばい」
奈々子には瑠伊のボルテージが急上昇してるのが分かった。
慌ててバッグを担ぎ、
「それでは行ってきます。紺野さん、くれぐれも瑠伊さんを潰さないでくださいよ」
と言い残して逃げるように寮を出た。
静香は奈々子の姿が見えなくなるのを確認すると、
「いかんなぁー、漫才師は。もうちょい柔らかい性格しとったら売れるのになぁー」
人の欠点を呟き瑠伊に向ける。
瑠伊は無言のまま目の前に置かれたビール缶を掴み、事もあろうか一気にビールを飲み干したのだ。
「おおー!いけるやんか、受験生!!」
絶叫する静香の声を聞かずに瑠伊は二本目も一気に飲み干した。
「おおー!!ウチも負けへんで!!」
静香も飲む。




