第三章 酔っても、グチっても.... .... ⑷
朝食を終えて瑠伊は部屋に戻った。
当然、勉強をする為である。
いくら全国模試でトップになろうとも、いくら一般的な受験生よりも多少の余裕があろうとも、勉強をしなければならないのが受験生である。
参考書や辞書を出して問題集に取り込もうとした時に不意に部屋の襖が開いた。
「ちやーす」
入ってきたのは二人分のコーヒーをお盆に乗せて運んできた相沢であった。
一瞬、眉が釣り上がったが、
「入る時は、声をかけてよね」
相沢に注意をした。
「あー、すいません。つい、癖で」
「でもコーヒーは頂くわ」
「ちゃっかりしてますね、篠原先輩は」
苦笑する相沢はピンクのコーヒーカップを瑠伊に渡し自分用のカップを片手に一口だけ飲んで話し掛けた。
「篠原先輩」
「何よ」
瑠伊もコーヒーを飲む。
英語の長文を訳しながら。
「先輩は、漫才は好きですか?」
「嫌い」
光速に近い早い答えだ。
「本当ですか」
「ええ、そうよ。昨日みたいなこと、したくないの。一生ね」
語尾に力を入れて答える瑠伊に、「本当ですか」と、はぁーと息を吐き出した。
昨夜に瑠伊の拳を受けたのにも懲りずに漫才の話をする相沢に、
「やけに漫才にこだわってるけど、そんなにも漫才が好きなの!?」
やりかけの問題集を閉じて相沢と向き合った。ポニーテールに厚いレンズの眼鏡のままの瑠伊を見ても笑わずに頷く。
「三度の飯よりも好きですよ。高校に入ってからもいろんな劇場で漫才を見てますからね」
「へぇー、そうなんだ。じゃあ将来は漫才師になりたいの!?」
口にするのも嫌な瑠伊は不機嫌そうに質問をする。
「ええ。僕のツッコミに見事にボケてくれる人と組めれば」
答えはすんなりと返ってきた。
瑠伊も黙ってコーヒーを全部飲んでしまった。
相沢も飲み干した。
二人に何故か気まずい空気が流れる。
二人とも妙に暗くなるのが苦手である。
だが、切り出した。
「ナナちゃん... ...、後藤さんとは組まないの!?彼女、プロの漫才師だよ」
瑠伊からである。
奈々子は新人の方といえど瑠伊の父親でもある一太郎から報酬を貰っているのでプロなのである。
だが相沢の反応は、
「ナナでは固すぎて駄目ですよ」
とても素人の話す台詞じゃない!
少なくても瑠伊は正直に感じ取った。
たじろぐ瑠伊に対して相沢は奈々子が聞いていたらプライドが崩れてしまう一歩手前の線で、
「昨日の漫才もそうでしたけどね、ナナの考えてるネタなんて親父ギャグの連発なんですよ。篠原先輩が崩してくれたんでなんとか聞ける程度にまでなりましたけどね、ナナの台本の通りにやっていたらウケません」
見事に評してくれた。
お前は評論家かと突っ込みたいが、ここは奈々子に聞かれたヤバイ感じがしたので口に出せなかった。
「で?なんで私なの」
「よくぞ、聞いてくださった!」
急に相沢の目が輝きを増した。
不気味さのある不敵な笑いを浮かべる相沢に瑠伊の警報サイレンが鳴り響いた。
それは突然起こった。
『ごっそさーん、おばちゃん全部でなんぼやー!?』
『へぇー、すうどん三つで、五十二兆六千二百億円っ!!』
電光石火に起こった瞬間的なものであった。瑠伊も慌てて手で口を封じたが後の祭りであった。
相沢のリアクションは麻薬を思い切り打っちゃった後のようだ。
正直、いっちゃっていた。
「瑠伊センパイ、勉強教えてくださーい」
何も知らないしのぶが、お茶の葉の入った缶と湯呑みを持って入ってきた。
入ってきて直ぐにしのぶは顔を引きつらせた。
石膏された彫刻の置物のように固まちゃってる瑠伊と、完全にいっちゃってる相沢の二人の流れる異様な空気に圧倒されたのだ。
「わ、私... ...、お洗濯をしよう」
二人が自分に気付かれる前にしのぶは逃げるように部屋の襖を閉めた。




