第三章 酔っても、グチっても.... .... ⑶
その頃、キッチンルームでは全員が落胆していた。
くるみ以外は。
それは食卓にある。
御飯、あさりの味噌汁、目玉焼きにサラダとここまでなら、絶対に文句は言わないだろう。
だが、ここに置かれた小さい器に添えられた食べ物が皆を黙らせたのだ。
納豆。
例え匂い消しにねぎをまぶしていても、大根卸しを混ぜていても、納豆は納豆に代わりはない。
箸を伸ばして掴めば糸が引いている、日本人でありながら克服されにくいという悍ましい食べ物なのだ。
静香が呟いた。
「確かに健康的だが匂いが残るのはちょっとなぁー」
桜井も同意見らしい。
その程度の疑問は、
「それなら食後にコーヒーを煎れるから気にしなくてもいいわよ」
くるみを負かす事など出来ない。
内村と相沢は苦笑いをしていた。
「うーん。私、糸が引くのが」
しのぶは見た目がイヤそうだが、
「糸を引くから納豆なのよ」
悪魔の微笑みにはかなり遠い笑顔のくるみだが、皆には間違いなく悪魔の微笑みに見えるのだ。特に桜井は二食続けてだから、もう諦めるしか道が残されていなかった。
そして、もう一人の食べず嫌いがいた。
「こんなの食べたら仕事に影響する」
美歌である。
「一応、これでも芸能人ですよ。口に匂いが残るし、イヤだなぁー」
ブツブツと愚痴を色々と並べる。特に「この豆の色、どうにかしてほしいよね。せめてお菓子のチョコレートみたいにカラフルにするとか」と、大豆の色が気に入らないようだが、くるみは笑うだけである。
「美歌ちゃんは、いつも面白いわね。でもね美歌ちゃん、大豆は美容にもいいのよ」
美歌は黙ってしまった。くるみの言う美容という言葉に弱いのだ。
普通の女性もそうだが、美歌は芸能人だから余計に神経を使うらしい。
くるみは、そこを突いたのだ。
ちょうど、そういう時だった。
「あ、お早ようございます」
瑠伊が挨拶をした。
だが反応は今一つ。
唯一、くるみがにこやかに返事をしただけだ。
「お早ようさんっ!!ん?あれ!?」
奈々子も挨拶をしたが、反応は同じであった。
瑠伊は不思議そうであったが奈々子はすぐに原因が分かった。
「瑠伊さん、瑠伊さん」
「いつもはこんな反応なの。まるでお通夜みたい」
お互いの耳に小さく呟く。
「お通夜にもなりますよ。朝食の献立を見れば」
「献立!?」
瑠伊は空席になっている自分の席の献立を見た。
「普通じゃない」
すんなりと返事をした。
「い、いや、だから納豆が... ...」
「納豆!?別に違和感ないよ。健康的でいいじゃないの!?」
瑠伊の反応が普通であるかは別として、くるみ以外の全員が驚愕した。
とにかく全員、納豆が好ましくないのだ。
くるみは、
「まぁー、篠原さん。好き嫌いが無いんですねぇー。ここの人達、好き嫌いが多いから嬉しいわ」
平然としている瑠伊に嬉しくてたまらなかったようだ。大きく頷いて満遍な笑みを浮かべた。
「さすが、現役で東大を目指してる人間は違うわー」
静香は感心して目玉焼きに箸を伸ばす。
それを皮切りに皆、納豆を恐れながら朝食を頂いていたのであった。




