第二章 ようこそ! ユメノ荘へ ⑽
「あ。そういえば」
くるみは五人前の鮪のステーキを焼いたところで、ふと思い出したかのように言い出した。
桜井は完全に気絶してしまい、静香に担がれて自室で寝込んでしまっている。今、キッチンルームにいるのは、くるみと麦茶を飲んでいる静香の二人だ。
「そういえば、内村さんがいませんね」
くるみの視線はフライパンでなく、正面の窓から見える車庫に向けられていた。
「画伯が?おっかしいなぁ〜、さっき部屋にいたで」
「でも。クラウンが無くなってますよ」
「あのオンボロが!?」
「ええ」
くるみの視線は、再びフライパンに向けられる。
「そりゃ、まずいな。あのクラウン、タイヤがツルツルだったからな。どっかでパンクして、スタンドに行ってる頃やな。きっと」
事実、内村はスタンドへタイヤを持っていっている。
静香の推理も、見事なものだ。
「それなら、今日は遅くなりますね」
フライパンにチーズの固まりを乗せ、溶かしている。
その匂いが、香ばしい。
「おそらくな。新入りには、明日にでも紹介してやろう」
チーズと鮪の匂いが漂うフライパンを熱しているガスコンロを止めて、くるみらしくワンテンポだけ遅らせて、
「……そういえば、遅いですね」
と、呟いた。
そのクラウンのタイヤがパンクして、途方に暮れている三人がいた。
内村と瑠伊と奈々子である。
本来ならば一番に責任を感じなければならない内村だが、
「タイヤの事は仕方ないよ。車はコンビニが預かってくれるというし、近くのバス停まで歩いていこう」
持ち前の能天気が、そう感じられていなかった。
これには、瑠伊も奈々子も諦めていた。
「事故よりもマシです、内村さん」
奈々子の言葉が、スタンドにもタイヤが無かったことを証明していた。
まぁー、当然といえば当然だ。
なぜならば、
「やはり今時、十五インチのバイアスタイヤは置いていないなぁー」
旧車ならではの悩みの一つで、標準となるタイヤの存在が希少になっているからだ。内村も知っているのだが、ついつい、塵程度の期待を抱いてスタンドまで駆け込んだのだ。
そして期待は見事に崩されて、バスを待つ状況になっているのだ。
バスが来るまでの三十分、奈々子はため息をもらし、瑠伊は相変わらず英単語を見ている。
そして内村は、いなかった。
決して、逃げたわけではない。
それは、一緒にいた二人が知っていた。




