第二章 ようこそ! ユメノ荘へ ⑻
一方の瑠伊も驚いていた。
何に驚いたかというと、
『完全に手首、極められている』
内村が気安く瑠伊を抱いたのではなく自然に瑠伊の両方の手首を握っていたことであった。
内村はにこやかな表情のまま、
「名前は!?」
もう一度、聞いた。
どうすることも出来ない瑠伊は完全に極められたまま答えた。
「し、篠原瑠伊です」
奈々子が、「おお〜」と驚くが、この場合は奈々子が思い込んだ意味とは宇宙の果てぐらい意味が違っていた。
「そう。瑠伊ちゃんね」
内村は手を放した。
瑠伊は、それでも痺れて殴れなかった。
「僕は内村輝彦、職業は画家さ」
ポン。
今度は本当に軽く瑠伊の肩を叩いた。
「画家ね」
瑠伊は、皮肉に言った。
「そう。それでね、車は趣味さ」
と、クラウンを撫でた。
内村は眼鏡をかけ、
「これから寮に案内するよ。ドライブと思って乗りなよ」
後部座席のドアを開けた。
瑠伊は、何も言わずに乗る。
「あ。奈々子ちゃんもね」
「はい、はい」
二人のやり取りを違う意味で見ていた奈々子は覚悟を決めて瑠伊の後に乗り込んだ。
パタンと閉まりクラウンが走りだした直後、瑠伊は奈々子に聞いた。
「あの人、どういう人なの!?」
「見ての通りの人よ」
小言だけど聞く内容は奈々子も予想出来ていた。違う意味であるが速答しても無難な返事だ。
「それじゃ、分からないよ。素性、知らないの!?」
「素性ですかぁ〜!?」
奈々子は、「もしかして、瑠伊さんのタイプ?」と呟く。
「ん!?」
瑠伊が睨む。
「えーと、詳しくは知らないんですが、内村さんの実家が沖縄なんです」
奈々子は熊も逃げだしそうな瑠伊の睨みを逸らして慌てた口調で言う。
「沖縄!?それと、何の関係があるの」
瑠伊は、首を傾げた。
「沖縄といえばハブにマングースに砂糖黍に後は苦瓜が有名だけど.... ....他に、何かあったけ!?」
「やだなぁー、瑠伊さん。それじゃミニ知識ですよ。私が言いたいのは、その実家が空手道場を営んでるってことです」
「ふーん、道場をね」
「それもただの空手じゃなくて琉球空手の道場なんです」
エッヘンと胸を張る奈々子の言葉を受けて瑠伊は納得させられた。
しかも奈々子の内村情報が続く。
「内村さん、一応師範代なんですよ。この通り、天然ボケのような人だけど強さは半端じゃないんです。なのに、画家になってるんですよ。私は絵の世界なんて知らない人間ですけどベニチア国際で入賞してるんですよ」
奈々子の情報だけでも物凄い人だと瑠伊は改めて思い、驚きの声をあげる。
「ははは。いやだなぁー、奈々子ちゃん。そんなにオーバーに言わなくてもいいよ。僕は皆に感動させられるほどの画家でもないからね」
「でも、寮の皆はスゴイの一言ですよ」
「そうかなぁー。スゴイというのは、寮の皆の方だよ。瑠伊ちゃんも寮に住んでみれば分かるよ。おそらく、受験よりも感じるはずだよ」
内村はルームミラーから単語帳を見ている瑠伊に向かって、いかにも能天気な口調で話す。瑠伊は慌てて単語帳を隠したが、
「まぁー、大学進学も大事だからな。他に夢がなければ身を固めることもいいさ」
内村はそれを見ないフリをしていた。




