第二章 ようこそ! ユメノ荘へ ⑺
一方の瑠伊は実に珍しいから、
「私、クラシックな感じの物に弱いんだよね〜。近頃は勉強の毎日だったからさ、こういうの久々」
好奇心だけで、この車を見ている。
だが、奈々子は青ざめていた。
そんな奈々子に気付かない瑠伊ではなく
「どうしたの? 気分、悪い!?」
覗き込むように奈々子を見上げた。
「な、何でもないですよ。ところで瑠伊さん、このクラウンを乗るより、やはりバスにしましょう。あと一時間ですし」
「へぇ〜、やっぱりクラウンなのか」
「瑠伊さん、聞いてますぅ!?」
と、奈々子が瑠伊に顔を向けた瞬間、奈々子は絶句した。
何とも言えないぐらいに、顎が外れたかのように絶句している。
「る、る、る、る、瑠伊さん??」
パクパク、鯉の口から声を出しているようだ。
奈々子が目撃しているのは、瑠伊が長身の男と話している姿だが、まぁー、それだけなら普通。別にその男が髭面で眼鏡をかけていても、怪しげな白衣を着ていても普通に見逃すところだが、奈々子は別であった。
いくら満遍に優しい笑みを浮かべても、奈々子が知っている恐怖の前には悪魔の微笑みにしか見えなかったのだ。
案の定、その男も奈々子に気が付いた。
「おー。そこにいるのは、奈々子ちゃん」
「あははは」
肩を落として笑う奈々子に、男は近寄ってきた。もちろん、瑠伊は車に夢中だ。
そんな瑠伊を横目に、
「奈々子ちゃんの知り合いかい」
男は聞いた。
「まぁー。私の所属する芸能事務所の社長令嬢」
ちょっとだけ、大げさに紹介した。
確かに、瑠伊は社長令嬢だから。
男はすると、「ほぉ〜」と目を大きく見開いた。
「ところで、内村さん。こんな所で何をしているんです!?」
「いやぁ〜、今朝の食事の時に奈々子ちゃんが話してた人が今日来ると言ってたから、迎えにと思ってね」
「そ、そうなんですか」
奈々子も瑠伊を見た。
そして、全く気が付いていないのか分からない内村も見た。
瑠伊は、相変わらず観音開きのクラウンに釘づけだ。
「ところで、奈々子ちゃん」
「あ、はい」
「いつ、来るのかな!?今朝、話していた人は」
「は!?」
「いつ?」
内村に聞かれた奈々子は呆れて物も言えない顔で、黙って人差し指で瑠伊を指した。内村もその指にそって瑠伊を見て、再度、驚いた。
「彼女!?本当にかい、奈々子ちゃん」
「はい」
「本当に、本当かい!?」
「はい、そうです」
「本当に、本当に、本当にかい!?」
「はい、はい。そうです」
「本当に、本当に、本当に?!」
「しつこい!本当です、内村さん!!」
内村は奈々子の身体を揺らして実に嬉しそうにしていたが、何度も続く聞き返しに奈々子が三度目で止めた。
内村は、眼鏡を外した。
奈々子は、「わぁ!」と声に出した。
内村は無言のまま、クラウンに夢中になっている瑠伊に近寄って肩を抱いた。
「また、また」
呆れている奈々子の予想通り内村は瑠伊に言う。
「君、名前は!?」
唐突に内村に肩を抱かれた瑠伊は、ほのかに頬を赤く染めていた。
この場面、いや展開に奈々子は正直驚いた。普段の瑠伊を知り尽くしている奈々子の予想では、ここで瑠伊の裏拳が炸裂して、触っているクラウンもスクラップにされているはずであった。
それなのに期待外れの瑠伊の反応に奈々子は声すら出せなかった。




