第二章 ようこそ! ユメノ荘へ ⑶
「そんで、今夜のメニューは!?」
「今のところ、お刺身にしようかと」
くるみには悪気がない。
静香もそれは知っている。
だが今にも失神して昏睡状態の寸前にまでいきそうな桜井を横目に、静香は本気モードで腕を組んで考え込み始めた。
その真剣さに、
「どうかしましたか」
くるみが静香の顔を覗き込んだ。
しかし、唸るだけで静香は何も言わない。
そして、五分ぐらい経過した。
鮪も解凍していた。
静香はくるみの肩に手を添えて、真剣な表情で言うた。
「なぁー、シェフ」
「はい、何ですか?」
くるみは、純粋無垢な顔を静香に向けた。
「人間、一個ぐらいは死んでしまう寸前な程に、嫌な食べ物があるのは分かるだろ?」
これ以上にない、切り出しだ。
この一言ならば、普通はどんなに鈍感な人でも気付くはず。
いや、気付いて当然だ。
静香、特に桜井は祈るように待った。
くるみは静香の真似ではないが真剣に考え込み、軽く手打ちをした。
「お二人とも、もしかして... ...」
思わず、静香は拳を握り締めた。
桜井も急に立ち上がった。
二人とも、救われる寸前に到達したと思われた。
だが、自称『料理の哲人』は違った。
「お刺身が嫌いなんですか?」
「いや、刺身というより、その材料に問題がある... ...って、なにしてんの」
いつの間にか哲人は静香に聞く耳を持たずに、ガスコンロに点火して鉄製のフライパンを熱し始めた。
桜井も呆然と見つめる。
そんな二人に振り向き、笑顔で答えた。
「やはり、鮪のステーキに致しましょう」
静香は、
「こりゃあ、アカンわ」
額に手をあてた。
桜井は打ちのされて燃えつきたボクサーよりも酷い仕打ちを受けた後のように、その場に全身を強く打って倒れてしまった。
ただ一人、不思議そうに二人を見るくるみは、
「う〜ん、いい匂い」
と、最後まで気付かずに調理を始めたのであった。




