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大友 健①

 テストの順位はいつも一桁、陸上部じゃ10年に1人の絶対エース、友達も多いし、おまけに身長180cm。俺ってマジ主人公?そんな俺は今日もあの子にアタック。


 健は笑顔で由紀の席に近寄った。


「委員長ちょっとごめんね、由紀ちゃん考えてくれた?俺と遊びに行くって話。由紀ちゃんなら絶対気にいる場所俺知ってるんだ。」


「うーん、やっぱり場所を教えて欲しいんだけど」


「それは秘密。当日のお楽しみ。まあ嫌だったら大丈夫だよ。俺は由紀ちゃんの気持ちが第一だから。気長に待ってるよ。例え1年間でも...。ふふっ...じゃね!」


 この光景を見るのはこれで数回目だ。その度に由紀は場所を聞いているが明確な拒絶もしていないため、この曖昧なやりとりが続いている。健は颯爽と手を振りながら教室を出た。


 ホームルームまでまだ時間はある。俺は急いである場所へ向かう。俺の人生がゲームだとしたら主人公は勿論俺。だとすればヒロインは由紀ちゃん、いや佐倉さんだ。


 健は保健室のドアを勢いよく開けた。


「綾ちゃんおはよ!佐倉さん今日も返事くれなかったよ」


「おはよう...名前で呼ぶなっての。紅茶。くると思ってた淹れておいたの」


「綾ちゃん流石。ありがと」


 呆れ顔の彼女から紅茶が入ったカップを受け取った。この日常が当たり前になっている...嬉しい...けど。高揚する感情を悟られない様にゆっくり口に運んだ。


「由紀まだ折れないんだ...意外。でもあの子には刺激が必要なの。ああ見えて好奇心を秘めているのよ。大友みたいなのに誘われて気持ちは揺らいでるはずよ」


 俺みたいなの。どういう意味なのだろう。この人の目に俺は男としてはどう映っているのだろう。葛藤を隠し、はにかんだ。


「本気で!?俺もうちょい攻めてみるよ。引き続きアドバイスお願いしゃす!」


 パチンッと音が鳴るほどの勢いで手を合わせ懇願した。...この関係が続くことを。


「それでさぁ昨日のアレ見た?珈琲探偵」


「当たり前じゃない。なんせ昨日はゲスト出演に...」


 彼女は待ってましたと言わんばかりの饒舌さで昨日のドラマのポイントを詳しく解説し始めた。俺も負けじと話しについて行くために自分なりの感想を話した。


 健は時間ギリギリまで保健室の佐倉綾先生。由紀の姉と他愛もない話をした。今のトレンドは最近ドラマ化した珈琲と探偵らしい。


「あら、もうこんな時間。教室戻んなさい」


 時計の分針が朝のホームルームの5分前を指していた。


「大丈夫!これでも陸部のエースだよ?1分前までいけるって」


「いや廊下走んないでよ...余裕を持って戻りなさい」


 彼女は飲み終えたカップを濯ぎに流し場に立った。


「...紅茶ありがと!綾ちゃんじゃあねー」


 保健室を出て教室へと戻る。主人公...こんな情けない主人公がいてたまるかよ。自分の気持ちを誤魔化し続けて、他人を利用して...。きっかけは単純だ、1年の夏に彼女に出会った。



 高校に入学した俺は拗らせていた。中学の頃と違って何をやっても人より劣ってしまう自分に嫌悪感を抱いていた。そのせいで何も上手くいかず、人ともどこか距離を置いていた、


 陸上でも他の奴らがふるって記録を更新してる中俺は1人対したタイムも出さずにいた。でも先輩からも顧問からも特に何も言われず、誰も俺に興味がないみたいだ。誰も俺に期待をしていない。


「痛っ」


 挙句の果てにさっき転んだ時に足を捻ってたみたいだ。でも面倒だしどうでもいいか。


「お先します」


 顧問や部員に吐き捨てるようにそう言い、部室へ戻ろうとした時、激しい足音と共に誰かが肩を叩いた。


「君さっき転んだでしょ?足見せてみなさい。」


 この人は確か...ここ数年で教師になったとかいう保健室の先生だ。まだ20代だとクラスの女子が噂していたような...


「いいっすよほんと対したことないんで。大丈夫です」


 彼女は聞く耳持たず俺のズボンをめくり足首を探るように診た。


「うーん少し腫れてる。軽く手当するから座って」


 言われるがままに地面に座り包帯を巻いてもらった。対した記録もだせないのに一丁前に包帯を巻いている自分に嫌気が差した。


「これで大丈夫!数日は無理しちゃダメ。何かあったら保健室にいらっしゃい。この佐倉先生にお任せあれ」


 後ろから差し込む夕日があるせいか彼女が妙に麗しく見えた。


「わかりました。わざわざありがとうございます。もう大丈夫なんで」


 足早に去ろうとした時、彼女に手を引かれた。


「記録のせいで焦ってるみたいだね、君を窓から見るたびに暗い顔になってて気になってたの。何か目標を立ててみたら?記録を出すことじゃなくてもっと何か他の事に結びつける遠い目標。それなら気が楽になるはずよ」


 ムカついた、他人に何がわかるってんだ。でもこの人は確かに俺のことを見ていてくれた。俺のためにわざわざ保健室から出てきて心配してくれた。遠い目標...俺はこの人の期待に応えるために努力しようと思った。


 次の日から筋トレや体幹など基礎を築くような練習を始めた。記録に囚われずに遠い目標に向けて努力を積み重ねることにした。時折保健室に行き、佐倉先生と話した。彼女と話すと気が楽になり、心に余裕が出来る気がした。部活だけでなく勉強も人間関係も自然と上手くいくようになり、自分の中の劣等感は消えていった。


 目の前の記録は二の次に長期的な練習を重ね、2年の夏大会で歴代記録更新を達成した。顧問や部員からエースだなんてもてはやされるようになり、周囲の目も明らかに変わっていたがそんなのどうでもいい。俺はいち早く彼女に伝えたくて翌日の朝に保健室を訪ねた。窓から微かに忍び込む秋風が心地良い教室で彼女は振り向き、俺と目が合い微笑んだ。


「聞いたよ!君すごいじゃん、歴代新記録だって!10年に1人だなんて言われてるよ。頑張ったんだね。」


 彼女は手を叩きながら心から称賛してくれた。


「俺は...俺は佐倉さんのために頑張ったんです。佐倉さんが....好きで...期待に応えたくて」


 時が止まったかのように感じた。考えるより先に言葉が出ていた。でも間違いない俺の気持ちだ。俺の目標の先。思いを伝えることができて良かったと思っていた。


 風の音が聞こえる程に静寂が漂った空気の中、困惑していた彼女が口を開いた。


「佐倉ってもしかして由紀のこと?この学校に他に佐倉っていないしそうだよね!?苗字で気づかなかった?私あの子の姉なの。なるほどねー」


 俺は、俺は...


「そうなんすよねー、綾さん...いやお義姉さん!」


 まともに想いを伝えることもできない自分に劣等感がまた湧き出てきた。


「っていきなり馴れ馴れしいな。でもちょうど良かったー。由紀に彼氏ができたらなって思ってたの。あの子の好きなものはね...」


 その日の休み時間に俺は一度も関わったことのない彼女の妹に話しかけに行った。クラス委員といつも一緒にいる大人しい子らしい。


「佐倉さん、俺...うーんと去年から同じクラスだったけど覚えてる?前から話してみたかったんだ!」


 その日から俺の無意味な日常が始まった。ヒロインと日々仲良くなれているのに絶対に結ばれないクソゲーの始まりだ。

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