90 黒鉛と黒煙
「ロボットだぁ!」
「ロボットて……」
キュウが歓喜の声を上げ、シィはウンザリした顔でため息をついた。この四角くて黒いとしか表現しようのないロボットは、一体何なのだろう。
「かの黒き遺物、センメツ君は常日頃から都市を徘徊しており、生命反応を探知しては消滅させんと暴れ回る暴走ロボットに御座います。実を言うとこのオルステッドも何度か襲われました」
俺の微妙そうな表情を読んだオルステッドは得意げに解説してくれた。
「なるほど? いや待て。それってまさか」
「はい。ハッキリ申し上げますとかなり危険なので我々も今すぐに逃げるべボァッ!」
センメツ君の四角い拳によってオルステッドが床のシミに変えられた。その凄まじい拳速を目で追うことすら出来なかったのは、俺だけではなくシィとキュウも同じらしい。三人の額にじわりと汗が滲む。
「逃げっ──」
「駄目!!」
俺の指示を遮って、キュウがセンメツ君の正面に立った。元戦闘屋の彼女が"逃げられない"と判断したということは、戦うしかないのだろう。
しかしいくら彼女が格闘戦に優れるとはいえ、相手はその倍近い身長と肩幅を持った金属の塊だ。とても勝てる相手ではなかった。
『─────!!』
センメツ君はその巨体に見合わぬ高速起動でキュウとの距離を詰め、大槌のごとき拳を振り下ろした。
「ああああああッ!!!」
キュウは両手を掲げて攻撃を受ける。バキリと骨が砕け散る音が聞こえたが、彼女の体は潰れず、依然として立ち続けていた。
見ればその右腕は真っ赤に染まり、グズグズにひしゃげているが、左腕は原型を残したままだ。恐らく原因は、彼女が左腕にだけ装着していた機械装置だろう。甲冑のような見た目をした、腕全体を覆う銀色の機械装置。アレがどんな効果を持つのかは不明だが、キュウが一命を取り留めたのは事実だ。今はそれくらいしか考える時間が無い。
「フィオナ、貫通させろ!」
ガチャンと音を立ててフィオナが青色に変色する。これはシィとの大規模な喧嘩中に発現したフィオナの新機能、弾丸の貫通力と回転数を増大させた一撃必殺の射撃だ。
俺の血肉を削って放たれた白色の弾丸は、センメツ君の黒いボディに直撃し、その表面を僅かにヘコませた。
「やっぱ効いてない! けど体勢は崩したぞ」
「十分すぎるでしょ!」
俺の視界の横を、赤いナニカが一瞬で通り過ぎる。それはシィの肉体から飛び出した巨大なタコ足だ。センメツ君の身体を押し潰すように絡み付いて、動きを阻害している。
「キュウちゃん! 今!」
「──んッ!!」
キュウの砲撃のような蹴りが、センメツ君のヘコんだ箇所に突き刺さる。それによって黒いボディを更に歪ませた代わりに、彼女の右脚は見るも無惨な生肉に成り果てた。
それでもセンメツ君は止まらずに、ギチギチと締め付けるタコ足をも軽く引きちぎった。
「のわっ! お待たせしました! これ以上好き勝手にはさせませんとも!」
今にも暴れ出しそうなセンメツ君の足元から、オルステッドがタイミング良く甦った。しかし今更彼に何が出来ると言うのだろうか。
「ぜぇぇい! 食らえい、四十八の執事殺法が炸裂奥義! 執事ボム!」
声高らかに技名を宣言したオルステッドは、センメツ君のボディにセミのように張り付き、その肉体をまばゆく赤熱させた。
「っ、キュウ! こっちに来い!」
何やらイヤ〜な予感がした俺は、手足が潰れて倒れているキュウを引きずって、すぐさまシィの後ろに隠れた。能力を発動したシィはさながら巨大な肉の砦となっているので滅多な事では潰れないだろう。
「愛よ! 爆裂! ワギャアアアアアアッ!」
……意味のわからない単語を叫びながらオルステッドは大爆発を起こして砕け散り、星になった。彼にこんな奥の手があったとは。
というか不死身の人間が自爆なんて、安直すぎて逆に思い付かなかった。ずっとこれだけやってれば彼は無敵なんじゃないだろうか。
派手に黒煙が立ち込めるせいで爆心地の様子は分からないが、これほどの爆発の後では流石にセンメツ君も原型は留めていないだろう……こういう時に、俺が言うセリフは決まっている。
「やったか?」
「やってそう〜」
「これはやってるね」
「やってますとも」
「流石にやってるでしょうね」
俺のセリフに続いてキュウ、シィ、そして復活したオルステッド、更にはいつの間にか横に居たアイリスまでもが同意している。確実にやっていた。
もはや見るまでもないだろうが、煙が晴れた先にあったのは……そう、三体に増えたセンメツ君だった。
「えぇぇぇ?」
不満と絶望の入り交じった声が漏れる。結論から言えば、爆発をくらったセンメツ君は"やって"いた。その証拠に黒い金属部品がそこらに散らばっている。
つまり目の前にいる三体のセンメツ君は、俺たちがモタモタ戦闘している間に到着した増援ということだ。
「オルステッド、さっきの自爆は何回使える?」
「あの技は消費ストックが激しく、あと一回が限度かと。しかもそれをやれば私の命はカスになるまで燃え尽き、次の復活は数年後になるでしょう。長い冬眠がやって参ります」
「じゃあそこの、アイリス、さん? 一人でアレに勝てるか?」
「私は戦闘は専門外ですがタイマンなら不可能ではありません」
──なるほど。総合すると、状況はかなりまずいようだ。まず俺とオルステッドはお荷物。キュウは負傷で歩くことすら出来ない。シィとアイリスは万全に戦えるが、数的不利を覆すことは到底不可能だろう。
このまま戦えば、何人かは無事では済まないかもしれない。
「……守れなくて、ごめんね。イチ君」
俺の腕の中で、キュウが消え入りそうな声で呟いた。




