07 珍しい仕事
シィとの約束により迷宮の出口を探すことになった俺だが、何をするにしても結局は金が必要ということに気付いた。
そんな事実、世知辛すぎて気付きたくはなかったが、仕方が無いのでいつものように仕事を探すことにした。
俺を含めた多くの掃除屋はフリーで活動している訳ではなく、ある組織に所属している。仕事を貰う時も必ずそこを経由する。
組織の名は迷宮清掃連合協会。略して“清掃会”とも呼ばれる、居住区全体に支部がある巨大組織だ。俺が訪れたのはその東部支部局の清掃管理課という所だった。
「──えぇとぉ? アナタが、六級掃除屋のイチさん……はぁ、カスらしい名前ですねぇ? マジに下級市民の名前だ。うーん、もしかして親が居ないんですかぁ?」
管理課の窓口担当者が、フレームの歪んだメガネを弄りながら手元の書類に目を通している。
「別にアナタが仕事を受けるのは勝手なんですけどねぇ? 後ろに背負ってるお連れさんのですね、説明をして欲しいんですよ。いや僕は興味無いんですけどね、団体さん用の手続きが必要でぇ」
窓口の男が首を傾げて、俺の後方、“背中側”に視線をやる。
俺の背には、傷まみれな青髪の少女、シィが革製のベルトに巻かれて引っ付いていた。
これは留守番を嫌がった彼女を仕事場に連れて行くための苦肉の策である。流石に迷宮の未開領域に車椅子を持っていく訳にもいかないだろう。
「えっと、こいつはですね。元掃除屋で、俺の後輩だったんですが……ちょっと諸事情で連れて行くことになったんですよ」
「説明になってませんねぇ? 貧乏人はアタマ悪くて困りますよ。いや、僕はね、アナタが勝手に死のうがどーでも良いんですがね、お金持ちの市民の皆様にご迷惑が掛かるといけないなと」
「掃除に支障はありません。失敗もしません」
「なら良いんですけどねぇ」
男は渋々といった様子で書類に判子を押し付けると、じろりとこちらを睨み付けて口を開く。
「あと、これは本当に些細なことなんですがね、あなた方が失敗すると僕の評価にも多少影響するんですよ。そこの所を心の片隅にでも置いておいてくださいね」
最後の最後に本音を撒き散らしてから、男は無骨な形状の水晶を渡してくる。
「現場に着いたら一応それ使って連絡するって規則なんで、渡します。まぁしなくても良いですけど。それ実はそれただの発信機なんですよねぇ、持ち主が死んだら位置を知らせてくれるんですよぉ、便利でしょ? 掃除屋の死亡位置から危険性を割り出せるんです」
「……もう行きます」
「お気を付けてぇ」
心にも無い気遣いを背に受けて、俺たちは管理課の事務所から出た。
「ねぇセンパイ、あの窓口の男ムカつかないッスか? メチャ偉そうで頭にくるッス」
「偉そうなのは仕方ないだろ。だってあの人、元々は二級掃除屋だぞ。今は事務職だけど」
「はっ!? 二級? うへぇ、怖ぁ。バケモンじゃないッスか。人は見掛けに寄らないッスね」
シィは顔を青くして、陰口を叩いた事を軽く後悔する。
掃除屋の階級とは、本人の殺戮能力に比例して上昇していくものだ。そして二級ともなれば、もはや彼が殺してきた魔物の数は計り知れないだろう。
なお、階級の高い掃除屋だからと言って必ずしも戦闘能力が高いわけではない、戦闘と殺戮は似ているようで全く非なるものだからだ。
正面からの闘争を得意とする戦闘屋は、それこそ片腕で建造物を平らにするくらいはやってのけるが、視界を埋め尽くすほどの魔物を一瞬で殺すことは出来ない。
逆に掃除屋は一匹の強大な怪物と戦う力は持たずとも、数百の弱い害獣を一秒間で殺しきる手段を持っていれば良い。
そういう意味で掃除屋と戦闘屋はどちらも化け物なのだ。六級の下っ端である俺には、ちっとも関係の無い話だが。
「ねぇセンパイ、今回の仕事はどんなのッスか? 私まだ何も聞いてないッスよ」
黙って目的地へと向かう俺に、シィが楽しげに話しかけてくる。彼女には不安や緊張というものは無いらしい。
……そういえば本来の彼女はこういう性格だったな。
「今回のターゲットは“肉刺し鮫”だ」
「なんスか、その聞くからにヤバそうな魔物は」
「迷宮の水源地帯に生息する魔物だよ。知らないのも当然だ、水中で呼吸できる掃除屋でもなきゃ対処できない相手だしな。でもその分、報酬も高いぞ」
──唐突にシィが俺の頭髪を鷲掴みにして、ぐいっと引っ張り上げる。荒れた食事と不潔な生活によって弱った髪が悲鳴をあげるようにブチブチと抜けた。
「あぁぁっ!? 痛いなぁ! 何すんだよ!」
「そりゃセンパイが自殺しようとしたら止めるッスよ! 無能なセンパイが、そんなのに勝てるわけないッス! それに心中するならもっとロマンチックな場所でやろうって約束じゃないッスかぁ〜!!」
「アホか? なんで俺が正面から鮫と戦わなきゃいけないんだ、今回は別の奴と一緒に仕事するんだよ」
「嘘ッス! センパイには協力してくれる知り合いなんかいねーッスよ!」
「言ってろバカ」
シィの凄まじく失礼な言動は無視して俺はさっさと待ち合わせ場所に向かった。
俺は暗く狭い地下へと続く階段を降りる。背中にしがみついたシィの力がいっそう強くなった。
ここは人類生活圏と未開の迷宮を繋ぐ地下鉄道の駅だ。
迷宮は想像を絶する広大さを誇るため、移動には鉄道が必須なのである。俺が駅のホームに着くとすぐさま声を掛けてくる者が居た。
「ハロハロー! イチ君、久しぶりぃ!」
──それは、色素が完全に抜けた真っ白な長髪を無造作に纏めた、長身の女だった。




