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05 要介護生活

 

 昼間でも薄暗いほど、深く入り組んだ裏路地。腐ったゴミと人間の死体の臭いに包まれたここは、“外縁居住区”と呼ばれる場所だ。

 迷宮で生活をする人類は地獄の中でも比較的安全な場所を選んで住み着くものだが、ここはその安全とは対極に位置するだろう。

 ここは人類生活圏の中でも最も外側に造られたが故に、酷く荒れ果てた区画である。治安も悪く、事故も起こりやすい。


「センパイ、今度はあそこに行ってみましょう!」


 ……そんな中で、場違いな程に元気な少女の声が響いた。

 ここの住民たちが普段から聞く女性の声などは悲鳴か嬌声の二択といった有様で、このような声を発するのは何者かと好奇の視線を寄せる。──そして誰もが、すぐに落胆して興味を無くした。


「何してるんスか、もう。早く進んでくださいよ!」


 ハツラツと弾けるような声。しかしそれを発しているのは全身に痛ましい(アザ)を作り、しかもそれを見せ付けるように露出の多い服を着た車椅子の少女だ。

 外縁居住区に住んでいる人間にまともな奴がいる筈がない、それは当然の認識だった。彼女も例に漏れず異常者だと判断されたのだろう。

 ……なら、その車椅子を押している俺の姿は、一体どんな風に映るのだろうか。


「まぁ、そんなこと、もうどうでも良いか」


「どうでも良くないッスよぉ。私はこのシケた居住区にも、きっと美味しい料理屋があるって信じてるッス。センパイも血眼で探してください!」


「さっきから探してるよ」


 俺は“あの日”から住居を変えた。シィを養うために生活のグレードを下げたのだ。

 以前から貧乏ではあったものの、外縁居住区に住むほど落ちぶれてもいなかった俺にとって、ここの暮らしは厳しい。新しい家は狭いし、治安は悪いし、たまに居住区に魔物が紛れ込む。それを退治しても報酬が貰えるわけでもない。

 何より変わったのは食生活だ。培養装置で造られたブヨ肉に文句を言っていた俺だが、ここでの食事は更に酷く、口にするのはもっぱら魔物の死骸である。

 食用ですらないナマモノを焼いて食うのはシィも抵抗があるようで、こうして二人で出掛けては、まともな飲食店を探しているのだ。


「センパイ、あの店なんかどうッスか?」


「あそこは駄目だ。店の外にあるゴミ箱を見ろ、なにやら真緑色の内臓が捨ててある。客に何を食わせる気だろうな」


「臓物が緑だと駄目なんスか? 肉は普通かもしれないッスよ?」


「……それもそうか。じゃあ今日はあそこで食べよう」


「わぁい、今日もセンパイの奢りッス!」


 シィが勝手に盛り上がって、当然の権利のように奢らせようとする。──こういう時、彼女は決まって無防備な体勢をとる。露出過多な服装から覗く痛ましい傷痕を見せつけて、震えて力の入らなくなった指を絡めてくる。


「だってセンパイ、永遠に私の面倒見てくれるんスもんね? じゃないと……何も無くなった私は、死んじゃうから」


「店に入るぞ」


「わーい!」


 ──シィにはもう何も無い。あんなに自慢していたクロスボウは砕け散り、それを器用に扱っていた指もほとんど動かない。 歩くことさえ出来ない。

 裕福だという彼女の両親にもあらゆる手段で連絡はしたが、どういう訳か音信不通だった。

 シィは意外にも両親に見捨てられた事を驚かず、淡々とクロスボウの残骸を廃棄しながら、“自分よりもよっぽど才能に溢れた妹が居る”という話をしてくれた。

 それは、家族が居ない俺にはよく分からない話だった。


「……センパイ? どうしたんスか、料理もう来てますよ」


「考え事してた」


 いつの間にか俺たちのテーブルにはまっくろ焦げの肉が置かれていた。

 俺がそれをナイフで小さく切り分けると、シィは当たり前のように大口を開ける。


「あーん!」


「これくらい自分で食えよ」


「えへへ、指は動かないッス」


 彼女の指は想像以上に深刻な状態らしく、物を握ったり離すという動作すらおぼつかないそうだ。

 それでも自分でなんとかして欲しい場面は多々あるが、元々が卑怯で怠け者のシィは、どうしても生活の全てを介護して貰おうとしている。


「ほら、美味いか?」


「うーん、まあまあッスね。培養肉の方がマシっス」


「この店で一番高い料理なんだけどな。……それはそうと俺な、明日また掃除に行ってくるから。お前は家で大人しくしてろよ」


「……え?」


 今日初めて、シィが暗い表情をする。


「家にまだ泥鼠の干し肉があっただろ。あれなら手でも食えるよな。トイレも、一人で頑張ってしろ」


「たぶん無理ッス……えっと、暗くなる前には帰るんスよね?」


「そんな訳ないだろ。元掃除屋のくせに分からないのか?」


「嫌っ! そんなの嫌ッス……!」


 瞳孔を狭めて、ふるふると首を左右に振りながらシィは悲痛な声を絞り出す。

 あれ以来、彼女は孤独と暗闇を異常に怖がるようになった。原因は死にかけた事ではなく、心の支えを失った事が大きいのだと思う。

 正直言って症状の中でこれが一番しんどいのだ。夜中に俺が先に寝てると必ず起こされるし、不安で寝付けない時は癇癪が始まる。何をするにもベッタリくっつかなければ気が済まないらしく、拒絶すればまた癇癪だ。


「なんで、どうして、仕事になんか行くッスか」


「金がなきゃ死ぬからな」


「……ニナパイとかに、お金貸して貰えないッスか」


「お前それ殺されるぞ、冗談抜きで」


 ただでさえニナはシィを殺そうとしていたのだ。金なんてせびったら何をされるか分からない。

 それに、そもそも俺とニナは仲が良いわけでもない。他の掃除屋と比較して少しだけ会話する機会が多いだけで、むしろ彼女には嫌われている。きっと交渉にすらならないだろう。


「やっぱり行くの止めた方がいいッスよ。センパイ弱いし、頭悪くて無能だから……死んじゃう」


「掃除に行かなくても金が無くなったら餓死するんだぞ」


「え、えっと、じゃあこの肉はセンパイも食べても良いッスよ?」


「当たり前だ。お前の為だけに注文したと思ってるのか?」


「うぅ、そうッスか……」


 俺は適当に話をはぐらかして、クソ不味い肉を自分とシィの口に交互に運ぶ。……気付けば、もう居住区の消灯時間が近づいていた。

 シィを連れて夜道を歩くのは凄まじく面倒な行為だ。早めに食べて帰ろう。


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