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59 壊してでも

 


「問題です。どうしても、どうしても、どーーしても、欲しい物がありました。しかも沢山のライバルと、その欲しい物が被ってしまいました。オマエはどうするべきだと思う?」


 透き通るような蒼色の長髪を、くるくると指先で弄る蠱惑的な少女──シィが、演技がかった口調で語りながら足元を流し見る。薄汚い路地裏の地面には老けた男がボロクズのように踞っていた。浮浪者のような彼は、眷属種と(・・・・)化した(・・・)人間だった。

 既に東部居住区の殆どは吸血鬼による襲撃の被害を受けており、彼のように眷属種にされてしまった人間も少なくはなかった。しかし今はそんな事は関係ない、彼は確かにバケモノとなったが、目の前にいる少女はそれを凌駕するバケモノだ。もし返答を間違えれば、男の命はゴミのように砕かれるだろう。


「ねぇ、どうするべき? 一応言っとくけど諦めるって選択肢は無いから」


「……他の誰よりも、それを早く手に入れて逃げ出す」


 男の答えは至極真っ当だった。ルール無視、早い者勝ち、無法が渦巻く迷宮にはピッタリのやり方だった。それを聞いたシィは眉を寄せながら、人差し指を唇に置いて唸る。何やら複雑そうな面持ちだ。


「あー、ね。良い考えだとは思う。でもそれじゃ確実性に欠けると思わない? どうやって最初に手に入れるの? 本当にライバルからは逃げ切れる? 逃げる途中で、その欲しい物は壊れたりしない?」


「な、なら、邪魔者を皆殺しにする。とか」


 命惜しさからか、間髪入れずに提示された二つ目の答え。それもやはり理に叶っていた。人の命の価値はとにかく軽い、欲しい物を手に入れるためなら他人の人生などいくらでも踏み躙るべきだろう。まさに正道、王道、セオリー通りの結論だ。これにはシィの反応も良好で、ニマニマと気味の悪い笑みを浮かべている。


「あぁ! 殺す! いいね、確実で手っ取り早い……でも、やっぱりダメかな。それをしてしまうと、きっと欲しい物は壊れてしまう。他に思い付かない?」


「し、仕方なく……分け合う、のは?」


「は?」


 ──三度目の回答にして、ついに彼は間違えてしまった。男の首から上がバシャリと音を立てて弾け飛び、残された胴体が血塗れのコンクリートに力無く倒れる。シィは冷たい目で死体を見下ろしながら苛立たしげに歯を食いしばった。


「……なんだよこいつ、気色悪っ。私に説教でもする気? 独り占めは良くないって? そんなの分かってるけど? でも欲しいんだから仕方ないじゃん。だからこそ、誰も傷つかない方法を聞いてるのに、まるで答えになってないんだけど? じゃあナニ? 私のやりたい事は、実行すると皆が不幸になるって言いたいの? 我慢するべきなの? 永遠に? 違うでしょ、そんなのは我慢とは言わないじゃん、最終的に私のモノになるから我慢できるの。他の奴には渡さない、譲らない、あげたりなんかしない! 絶ッ対に!!」


 シィは美しい髪を掻き乱し、死体を何度も何度も蹴りつけ、コンクリートの地面が陥没するまで鬱憤を撒き散らした。しばらくするとシィは息を切らしながら、また忌々しげに言葉を漏らす、まるで胃の底でぐしゃぐしゃに絡み付いた呪詛を吐き出すように。


「少し、少しだけなら我慢してあげようとも思ったよ。何故って、私は弱いから。何の役にも立てないから、自分で立つチカラも無いから、だからちょっと遠慮してた。でも今の私は違う! 以前よりもずっとずっと強い! 全てを好きにできる、好きな物を、好きなようにできるんだ」


 ボコボコとシィの肩が変形して、まるで牛魔のような剛腕になる。無機物のように白く、魔物のように醜い、おぞましい異形のそれを彼女は何気なく振るった。──それだけで、そばにあった廃ビルの壁面は吹き飛び、暗い路地裏は開けた広場のようになってしまう。シィは自分の"力"を再確認するとヘラヘラと病的な笑みを浮かべた。


「私はやっと"自由"を手に入れた……何でもできる、何でもして良い、だから」


 シィは静かに目を瞑って物思いにふける……次に彼女が目を開いた時、既にその表情に迷いは無く、ただ狂気的な欲望に塗り潰されていた。


「だから、うん。もう考えるのは止める。最終的に私が勝つんだ。何をしたって、誰に嫌われたって、たとえ壊してしまっても構わない……私はそれでも手に入れる」


 ──心が歪んだとしても、無価値な身体になったとしても、それでも愛してくれる人はいる。皮肉にも、シィはそれを"彼"に教えられた。だからこそ恐れはない。どんなに壊れても自分だけは愛してみせる。自分だけが愛するのだ。


「確実に、私だけの物にする。その為には……他の人が欲しがらないくらい、汚して、潰して、溶かして、壊してしまうしかないよね」


 かつて無力だった少女は二度と過去には戻らない。もはや他人には譲らない。その狂い曇った瞳には、悲痛に乾いた貪欲な決意が宿っていた。


今更ですが、シィちゃんは教団脱走後から髪が伸びました。成長とかではなく肉体が変化した為です。

髪が短いとどうしても活発な印象になりますので、メンタルぐずぐずの子は積極的にロングにしていきましょう!

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