57 安否
煌々とした照明に輝く白銀の家具と、美しい調度品の数々が贅沢に配置された寝室にて。目が眩むほどの光を照り返す純白のベッドの上に金髪の美少女、ニナが気だるそうに寝そべっている。
オルステッドに捕らえられていた彼女はいつの間にやら檻から脱出したものの、今更イチに会いに行くような気概もなく、合わせる顔もないので、ただ部屋に閉じこもって自堕落な一日を送っていた。
「──ニナ様。緊急の御報告が」
そんなニナの元に、彼女の直属の従者である黒服の女性アイリスが現れた。まるで瞬間移動したかのように唐突に出現したアイリスは、ニナの返事も待たずに焦った表情で口を開いた。
「オルステッドさんが戦死しました」
「え? ……はぁ、また? どうせすぐに復活するでしょ」
アイリスの深刻な表情に対して、ニナは呆れ顔でそう返す。むしろ何を深刻に考えているのか理解できない様子だ。
「本来であれば、そのはずなのです。彼は様々な呪術によって何重にも魂に保険を掛けていますので、ただ命を削りきり、魂が燃え尽きた程度では、真に彼を殺すことは出来ません」
ですが、とアイリスが続ける。
「死亡から数時間が経過しても、彼の姿が見当たらないのです。いつもならば何処からともなく現れては、くだらない体験談を長々と部下に聞かせているのですが……」
「ふぅん? まぁアレもアレで、最近はなんか忙しそうにしてたしね。どっかに遊びに行ったか、もしくは隠れてサボってるんじゃない?」
「いいえ。オルステッドさんは仕事を選ぶことはあっても、サボるようなことは絶対に致しません」
アイリスはその仮面のようにクールな表情を僅かに崩して強い意思を表した。誰よりも従順だと思っていた部下の反発的な態度にニナは少々面食らいながらも、その主張に納得はしていないようだ。
「……あぁ、そう? それにしては、かなり命令違反が目立つようだけど?」
「それも全てニナ様を想っての事です。今回もニナ様の為に、オルステッドさんは独断でとある任務に就いていました。彼の事ですから失敗はないのでしょうが、もしかすると手こずっているのかもしれません」
「……あのさ、独断で行動するのは任務とは言わないんじゃないの? 私はアレには何も命令してないんだけど?」
「今はそんな話は些細な事です! 今すぐに! 私の部下の監視屋たちを動員して、オルステッドさんを捜索すべきです!」
アイリスはついに声を荒らげながら、正面からニナに意見する。普段大声を出す機会など無かったアイリスは肩で呼吸しながら、恐ろしく執念深い眼光を向けた。その尋常ならざる様子には流石のニナもおずおずと頷くしかない。
「ア、アンタがそんなに取り乱すのを見るのは初めてね……まぁオルステッドを放っておくと面倒な事になるのは私も分かってるし、捜索は賛成よ。ええ、そうするべきね」
「──! そ、そうですか。有難う御座います、ではすぐに取り掛からせて頂きます」
「……その、えぇっと。ねぇアイリス? もしかしてアンタも行くの?」
「当然です。私の部下は皆、私よりも無能ですから。このアイリス、二級監視屋の誇りにかけて、たとえターゲットが迷宮の外に居ようとも見つけ出してご覧にいれます」
目にも止まらぬ速度で、アイリスは音も立てずに部屋を去った。
「あの子、なんだかオルステッドに似てきたわね……」
ニナは全てがどうでも良くなった様子で、枕に顔をうずめて動かなくなってしまった。
──────
「ちょっと、お兄さん? 起きてくださいよ」
間の抜けた呼び声と共にペシペシと頬を叩かれる。──俺が薄く目を開けると、ぼやける視界の向こう側では薄汚い緑色の髪がゆらゆらと蠢いていた。
「……スラジ、か?」
「そうですよー。お兄さんに守ってもらうはずのスラジですよ。なに簡単に死んじゃってるんですか?」
「……言ったじゃないか、俺は無能だって」
俺はへし折られたはずの首に手を当てて、それが完治している事を確認した……そして自分の後頭部が柔らかい物が触れている事に気付く。
「ん? なんだ、この、頭の下にあるのは」
「あぁそれ。凄く説明が難しいんで、さっさと寝ボケた頭スッキリさせて、自分で確認してください──って、あわわわわ」
面白おかしい声を上げながら、スラジが視界の外に押し出されると、代わりに何やら白いものが覗き込んできた。俺は何度かまばたきをして自分の視界の大部分を占領した物体を見つめる。
……それは、乱雑に切られた白い短髪を揺らす少女だった。その顔には酷く見覚えがある。
「──っ! キュウ!? キュウなのか!」
俺は咄嗟に飛び起きようとするが、彼女の強烈な腕力によって頭を押さえ付けられて動く事がままならない。
「ぐぁ、力強っ……! おい、キュウなんだな!?」
久しぶりに会ったキュウは、また悪い方向に変化を遂げていた。
まず目に付くのは髪だ。彼女の身体の中で唯一純粋な美しさを保っていた白い長髪が、まるで素手で引きちぎったように短く、バラバラで、質感も最悪になっていた。しかも顔面には深い火傷を負っているようで、その素顔の半分ほどは以前の様相を呈していない。
「その火傷は大丈夫なのか!? お前の事だから応急処置もしてないんだろ! 死んでもおかしくない怪我だぞ! まだ他にも悪い所があるに決まってるんだ、俺に見せてみろ!」
「………………うん」
キュウがゆっくりと指から力を抜いたので、俺はすぐさま起き上がって彼女に向き直り……そこで、更なる驚愕の事実を目にした。
「──え? おい嘘だろ。お前、その身体はどうしたんだ?」
……そう、カラダだ。全身が安物の改造手術でこんがらがっていた筈のキュウの肉体が、まるで普通の人間のように白い肌だけで構成されていたのだ。神経と密接に絡みついた強化パーツや、欠損した肉体を補うための機械、それに脳みそを直接弄った感情増幅器や快楽装置も見当たらない。
「…………?」
「お、お前っ! どこにも改造が無いじゃないか!? 一体誰に、どうやって……いや、どうしてそんな事を!?」
あの取り憑かれたように肉体を弄りまくる改造オタクのキュウが自分から身体を元に戻すとは思えない。しかもこんなにも完璧に彼女を人間に戻すのなんて、普通の改造屋には不可能だ。
「えー? お兄さん、気にする所そこです? その女の人、全裸なんですけど? そこまずビックリしましょうよ」
「スラジ! 今はふざけてる場合じゃない!」
「ふざけてるのはお兄さんでしょ……」
スラジの様子を見ても彼女は平常そのものだ。つまり本職の改造屋から見ても、キュウは至って正常な身体をしているという事になる。
「はぐれた間に何があったんだ!?」
「……うぅ?」
「とぼけるな! お前はいっつも俺に隠し事をして、いっつも最後はバレてるのを忘れたのか! 無駄な抵抗は止めろ!」
「ぁ、あう……? ひっ、ぃあっ、あぁぁっ……!」
キュウは突然ボロボロと涙を流して、感極まったように俺の身体を抱き締める。そう、まるで万力のようなチカラを込めて。──ゴギッ、と背骨が折れる音がした。
「うわ、泣かしちゃった。お兄さんすーぐそうやって女の子を悲しませる」
「ぐ、ぐぶぁっ! な、何が、どうなった……?」
俺は口から血のアブクを吹きながら喘息のように危険な呼吸をする。また意識が飛びそうだ。
「はぁ、はあっ……す、スラジ、俺が寝てる間に、何があったんだ?」
「えぇとですね、お兄さんが倒れた後なんですけど、いきなりその女の人が猛スピードで突っ込んできて、凄いパワーで私を吹き飛ばしたんですよ。それからずっとお兄さんを守るみたいに引っ付いてて、私が近付くと怒るんです。一体どんな関係なんですか?」
「こいつは……俺の、幼馴染で、はぐれた仲間だ」
「そうなんですか。なんか変わった人ですね、無口だし」
……そこには俺も違和感があった。キュウはお喋りな性格のはずだ、初対面の相手とだってすぐに打ち解ける。だというのに、俺もスラジも、まだ彼女とまともに会話をしていない。
「キュウ、本当に何があったんだ?」
「……ぇ、う。その、わかんない」
「は? そ、そうか? えっとじゃあ、その、お前はどうしてここに居る?」
「わかんない」
……困った、何も情報が得られない。だが本人が分からないなら仕方がない。少なくともキュウが無事に生きていたのは事実なのだ、今の彼女を無事と呼ぶべきかは議論の余地があるが、何はともあれ合流できたのは喜ぶべきだ。今はそれだけで良い。
俺はそう結論付けて、ひとまずどこか安全な場所にでもキュウを移動させる為に彼女の手を掴んだ。
「この辺りは危険だ、今すぐ避難しよう」
「ぁ、あの……!」
キュウは俺の手を強く握ったまま、その場で立ち止まっている。まるで地面に根を張った大木のように粘り強く、石像のように頑固に動かない。……そんな力強い印象とは裏腹に、彼女はか細く震える声で、たらたらと涙を流しながら、消え入りそうなほど小さく、呟いた。
「──キミは、誰なの?」
彼女は、ほんの少しも無事などではなかった。




