03 生意気な後輩
11:50p.m、任務開始。
行動範囲、人類生活圏外第二十八迷宮領域。
掃討対象、五等指定魔獣“鎧豚”。
担当者、六級掃除屋イチ、及び六級掃除屋シィ。
「……マジ最悪ッス」
血と埃の臭いに包まれた迷宮の通路にて、背の低い青髪の少女が悪態をつく。
「俺だって嫌だよ。病み上がりなのに、こんなキツい仕事で……しかも同伴する仲間がお前だけって」
「そこなんスよ! 相方がイチ先輩ってのが最悪ッス。センパイ無能だし、戦法も私と相性悪いんスよねぇ〜」
ボサボサのくせ毛を指先で弄りながら、俺と目も合わせずに文句だけを言う小柄な少女。こいつは俺の後輩で、名前はシィだ。
「シィは後ろから援護してりゃ良いんだからラクだよな。俺なんて鎧豚と正面から戦うんだぞ?」
「はぁぁ? 前衛をセンパイなんかに任せる私の身にもなってくださいよ。センパイがリタイアしたら死ぬのは私なんスけど??」
「お前がニナみたいに正面から戦える女だったら、俺だって二人分の命を背負わなくて良くなるんだけどな!」
「うっわ〜暴論ッスね、ニナパイと比べちゃったら他の掃除屋なんて全員クソカスじゃないッスか」
何を言っているんだか。ニナと比べるまでもなく、俺達は最初からカスだろうに。
シィは出世欲はあるのに向上心がない典型的な無能の掃除屋だ。しかも自分で戦うのを嫌う卑怯者でもある。
彼女は中央居住区に住む裕福な親から買い与えられた高級なクロスボウを使い、常に誰かとコンビを組み、そして自分は血を流すことなく成果を持ち帰る。そんな清掃スタイルを貫いている掃除屋だった。
そんな方法は当然ながら仲間たちの反感を買う。自業自得と言うべきか、今やシィに協調できる掃除屋は俺だけだ。
手を抜くにしても限度というものがある。こいつはそれを見誤った"負け組"だ。
「今回は特に気を付けろ。鎧豚は高密度の外骨格を持った魔物で、皮も肉も硬い。クロスボウだと相性が悪いだろうからな」
「私のクロスボウをナメてるんスか? それは私の両親をもナメたと受け取るッスよ?」
「そんなに言うなら結果で示してみろよ……ほら、丁度あそこに良い獲物がいるだろ」
俺の視線の先では、一本道の通路を塞ぐようにして三匹の魔物が立っていた。
そいつらは六等級に指定されるザコの魔物、"小鬼"だ。醜悪な餓鬼のような魔物であり、泥鼠にもエサにされているような食物連鎖の底辺と言える。
「センパイ視力は良いんスね。弓の腕はからきしなのに」
「早くしろ。話し声で気付かれたぞ」
「あいあい」
シィは滑車の付いたクロスボウを構え、慣れた手つきで矢を装填すると、そのまま特に狙いも付けずに発射レバーを引いた。──細い金属の矢は一瞬のうちに小鬼に到達し、その頭部を貫通する。
少女の細腕で装填したとは思えない威力だ。そしてシィは続けざまに二発目、三発目の矢を放ち、すべて小鬼たちの頭部に命中させた。
「ほぅら、どうッスか? 私のクロスボウの“性能”は!」
「……いつ見ても高級品だって思うよ」
「そうでしょうそうでしょう! センパイも道具の善し悪しくらいは分かるんスね!」
シィは今日初めてまともに俺の顔を見て、満面の笑みを浮かべた。
彼女のクロスボウは確かに凄まじい、少女が扱えるほどに軽量でありながら高い威力と安定性を誇っている。金のかかった逸品だ。
だが、それを使いこなしているのは間違いなくシィ本人の実力でもある。なのに彼女はいつもそれを認めずにクロスボウだけを称えるのだ。そこが少々、不気味でもあった。
「でもお前の弓の扱いも、けっこう上手いんじゃないのか?」
だから、そのように聞いてみたのだ。結果的に言うならそれはバッドコミュニケーションだった。
「は? そんなワケないでしょ? 私は正真正銘のゴミっスよ。センパイも知ってるでしょ?」
途端にシィは顔から表情を消して俺からも視線を外す。その瞳には、もう何も映ってないようにすら思えた。
「それはまぁ、そうなんだけどさ」
それ以上、俺は何も聞けなかったし、何も言えることはなかった。
──しばらく直進して迷宮の通路を抜けた俺達は、広い円形の空間に辿り着いた。
人工物のように見える灰色の石畳が敷かれた空間の中央には、白い外骨格に覆われた巨大な豚がグースカと偉そうに眠っている。
「居たぞ。何度も言うが、あの魔物はかなり危険だ。俺は以前に三人組のチームでヤツの掃除に来たことがあるが、その時は一人が死んで、もう一人が再起不能になった」
「それってつまり、センパイ以外は全員やられたって事ッスか? それじゃあ、なんで今回の任務は私たち二人だけなんスか!? 三人でも無理だったのに!」
シィが悲鳴に近い声で叫んだ。気持ちは分かるが、この状況でよくも叫べるものだ。命が惜しくないのだろうか。
「元々は三人で来るはずだった。でもその候補メンバーが死んだんだ。ニナが殺した」
「え、マジすか? ニナパイやばいッスね」
「ちなみに原因は俺だ」
「何やってんスか」
本当にしくじった。まさかあの時、俺と小競り合いをした男が、次の仕事仲間になるはずだったとは……。
男の死体を適当に放置して一切報告しなかったのがマズかったのだ。上層部は彼の死を知らないものだから、勝手に死人がメンバーに組み込まれる事態となった。
掃除屋はいかなる仕事も“一週間以内”に片付けなければならない。もし期日を破れば、とてつもない罰則が課せられる。
俺はここ数日は怪我で動けず、今日までに追加メンバーを集められなかった。そして結局シィに何も伝えられないまま、ここまで来てしまったのだ。
「改めて最悪ッス」
「これに関しては本当に悪かったと思う」
「責任。取ってくださいよ」
「分かってる」
俺は小声で返事をしてから鎧豚に近付いていく。人間の大人を優に超えるその巨体は、ただ動くだけでも殺人的だ。つまり安全に駆除するには一撃で殺すのがベスト。
今が唯一、そして絶好の機会だった。
「失敗は、できない!」
外骨格の隙間を狙って俺は手斧を振り下ろす、磨かれた刃は、狙い通りに鎧豚の首に的中した。
──ドチャッ!
「っ、あれ!?」
俺は自分でも驚くくらいに素っ頓狂な声を上げる。
斧の刃は確かに刺さった。しかし頚椎を傷付けるほど深くはなかった。厚い脂肪に刃がせき止められ、出血は微々たる量。致命傷には程遠かった。
鎧豚が目を見開く、眠りを妨げられた怒りに燃える殺意の瞳だ。──その瞳を鋭い矢が穿いた。
「うわぁ!?」
「あぁもう! センパイの無能! 意気地無し! 足を引っ張ってるのはどっちッスか!」
シィが後方で至極真っ当な罵倒を浴びせながらクロスボウを装填する。そして二発目の矢を、先程と寸分違わない位置の眼孔に撃ち込んだ。激しい苦痛に襲われた鎧豚は醜い鳴き声を上げて、狂ったように暴れ始めた。
「お、おぉ、うおおおおおぁ!?」
その暴走する殺意の塊から、俺は転がるようにして退散する。それと同時にまた一発、鋭い矢が鎧豚の潰れた眼球にねじ込まれた。
「あーもう、暴れて狙いが付けにくいッス! 左目に三発入れましたけど、もうこれ以上は刺さらないッスよ!」
「じゃあ右目を狙えば良いだろ!」
「さっきみたいに意識を逸らしてくれないと無理ッスよ! 生き物と目を合わせるのは昔から苦手ッス!」
「何言ってんだ!?」
──この土壇場でそんな個人的な苦手意識の話でゴネられても困る。彼女は今までどうやって掃除屋をやって来たんだ。
「くそっ病み上がりなのに! 最悪の仕事だ、俺は怪我人だぞ!」
シィの支援を諦めた俺は、覚悟を決めて直剣を抜き、鎧豚の正面に立ち、その眼球に向けて刃を突き出した。
だがその切っ先は鎧豚の重厚な瞼によって呆気なく防がれてしまう。
「硬ぁ!?」
強靭な皮膚の上を滑るようにして刃が弾かれる。僅かな出血があるもののダメージは皆無に等しかった。
俺が驚愕している間に、鎧豚がその質量を存分に活かした突進を行う。成人男性の何倍もの体重を乗せた頭突きが、俺の身体をオモチャのように跳ね飛ばした。
「うげぇぇぇっ!?」
何処かの骨が折れる音と、深刻な内蔵へのダメージを自覚する。倒れた体を踏まれなかったのは不幸中の幸いだった。これならまだ動くことは出来そうだ。
そんな事よりも、重大なのは……!
「に、逃げろ! シィ!!」
文字通り血を吐く思いで叫んだ声が、彼女に届く頃には、もう既に手遅れだった。
「っ、センパ──」
クロスボウを抱えていたシィは咄嗟に避ける事が出来なかった。
最後に放った矢は鎧豚の外骨格に弾かれ、シィはクロスボウ諸共にその身体を吹き飛ばされる。
「っ! おい生きてるか!? 返事をしろ!」
血の気が引く。自分が死にかけた時以上の悪寒が背骨を貫いた。──これは、俺のせいなのか?
「この野郎、くそ……クソっ!」
直剣を放り捨てて予備のナイフを取り出す。一点を集中して攻撃するなら、刃の長い剣よりもナイフの方が力をこめやすい。
俺はボロボロの体に鞭打って立ち上がり、決死の思いで特攻した。鎧豚と俺の視線が交差し、お互いの身体が触れ合う──それよりも早く、鎧豚の頭部を銀色の軌跡が貫いた。
「…………ぁ?」
言葉すら出てこない。鎧豚の頭を左耳から右耳へ貫通させているのは、俺が持っていた物と同じ安物の直剣だった。……しかもそれを行ったのは、華奢で、とても強そうには見えない“金髪の少女”だった。
「に、ニナ……!? なんでここに」
「鎧豚はね、耳から剣突っ込んで脳みそ掻き回すと死ぬから。覚えておいて」
突然現れたニナは、そんな事をつまらなそうに言ってのける。
鎧豚の耳は外骨格により護られた部位で、耳穴の奥にも複雑な頭蓋がある。それを剣で貫くなど不可能だ。少なくとも俺には。
「えぇと……? いや、とにかく助かった、今回の報酬はニナに渡す。それよりも俺は早くシィを助けなきゃいけない」
「シィって、そこに転がってるカスのこと? 放っておけば良いでしょ? 六級掃除屋が死んだって悲しむ人間は居ないんだから」
「そいつは中央居住区に家族が居るんだ。俺みたいに孤児じゃない」
「あぁそう……その家族だって、本当に子供を愛してるか怪しいけどね」
ニナは床に散らばったクロスボウの残骸を眺めて、悟ったようなことを言う。
そして重傷のシィを、汚いものを見るような目で一瞥してから迷宮を折り返していった。
「なんだよ、あんな言い方……愛されてるに決まってるだろ。あんなに高級な物を買って貰えてるんだから」
そのクロスボウは壊れてしまったが、シィの命さえ助かれば、きっと両親だって新しい武器を買ってくれるだろう。なにせ裕福な家族なのだから。
「……帰ろう。今日を生き延びただけで幸せじゃないか」
俺は気を失ったシィを背負い、来た道を急いで戻った。




