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02 底辺争い

 

「──アンタってさ、馬鹿でしょ」


「俺が? そうでもないだろ」


 ゴチッ、頭に痛みが走る。俺が会話していた金髪の女がいきなり拳骨を食らわせて来た。


「怪我人を殴るなんて……!」


「身の丈に合わない仕事をやって死にかけた奴は馬鹿よ。しかもこの私が、どうしてアンタみたいな落ちこぼれのカスの手当てなんかをしなきゃならないの?」


「同じ六級掃除屋の仲間だからだろ」


 無言で三発の拳が飛んで来た。額、顎、鳩尾の順番に的中する。俺は脂汗を垂らして蹲った。


「ぃづっ! ほ、本当の事を言っただけだなのに」


「私はね、アンタと違って才能があるの。歳だってアンタより一コ若い。こんなに未来が希望で溢れてる私と、泥鼠みたいなアンタが同格? 仲間って? 冗談にもならないわ」


 彼女は眉間をぐしゃぐしゃにしながら捲し立てる。何に怒っているのかサッパリだ。

 しかしそう苛立ちながらも、手当ては滞りなく終了していたようで、彼女は膝に抱えていた救急箱を放り捨てて立ち去ろうとする。


「待てよ、ニナ」


「私を名前で呼ばないで」


 ニナが恐ろしい形相で振り返る。眼光で人を殺めるつもりだろうか、折角の美形が台無しだ。


「……名前で呼ぶなってのは無理じゃないか?」


「じゃあ話しかけないで」


「お礼を言いたかったんだけど」


「要らないわよ。私が助けたかった訳じゃないし、むしろ死ねば良かったのに」


 そう吐き捨てると、ニナは鉄板の入った靴をカツカツと鳴らして今度こそ立ち去った。


「──よぉ、イチ。ニナに絡まれて大変そうだな」


 ニナが部屋を出ていくと入れ替わるように他の掃除屋が顔を出す。パッとしない顔付きの男だった。

 ……たしか彼は同期の六級掃除屋だが、名前は忘れた。どうせすぐに死ぬから覚える必要も無いだろう。


「見てたのか?」


「あぁ、いけすかねぇよあの女。両親が一級の戦闘屋だからって偉そうにしてんだよな、自分は六級掃除屋のクセに」


 戦闘屋というのは、掃除屋では対処できない怪物と戦う職業だ。強さは同階級の掃除屋の三倍程度と言われている。

 そして一級の戦闘屋といえば、物語に登場するような大英雄だが……ニナから両親の話を聞いた事は無い。

 どうして優秀な親を持つ彼女が、こんなクサくてキツい仕事をしているのかも不明だ。


「ま、あいつ性格は最悪だけど、顔だけはカワイイんだよな。そのおかげか上層部からの評価も高いんだってよ。羨ましいぜ」


「そう……。用事が無いなら放っておいてくれないか? これでも怪我人だから」


「あぁ。用事、ね」


 ──途端に男は冷徹な顔付きになり、俺の襟首に掴み掛かった。


「イチ、お前さ、泥鼠の群れを片付けたらしいな? こうして無様に負傷したとはいえ単独で二十匹以上も掃除したんだ。昇格だって視野に入るんじゃないか?」


「それが何だ? 手離せよ」


「怪我人のイチは泥鼠の尻尾を運べないだろ? 俺が代わりに持って行ってやるよ、同期の仲間だもんな」


「何が仲間だ、そもそも誰だよ、お前」


「はぁぁぁ?」


 名も知れぬ男は裏拳で俺の顔を殴り付けてくる。そして続けざまに髪を引っ掴んで医療ベッドから引きずり下ろすと、負傷した俺の腹を踏んで地面に縫い付ける。


「なぁ、おい、テメェ。口の利き方に気を付けろよ、カスが、俺に偉そうな態度を取ってんじゃねぇぞ」


「……何言ってるんだ? 同期だろ。お前だって同じカスじゃないか」


「違うね。お前は地を這いつくばる弱者だ。そして俺は弱者を踏み付けて登ってやるんだよ、あのニナだっていつか俺の物にしてやるぜ」


「それは、無理だな」


 思わず口の端から笑みを零して、俺は男の顔を見上げる。何度見ても平凡な男だった。

 ──こいつは出世しないな。こいつは俺や、他の死んだ同期達と同じ、負け犬の顔をしている。


「ニナは強いぞ。俺やお前とは違う、どう頑張っても手が届く相手じゃない」


「アイツだって六級の掃除屋だろうが」


「あいつは出世する気が無いだけだ。見てて分からないのか? その気になれば、すぐにでも……」


「そうかよ、なら俺だって出世するさ。テメェの集めた成果を奪ってな」


「やってみろよ」


 俺を見下し、踏みにじっていた男の表情が困惑に染まる……分かっていないのだ。こいつは、何一つとして。


「お前なんかが、いきなり無傷で大量の成果を持って行ったって疑われるだけだぞ。……いや、そもそも道中で他の掃除屋に奪われるか」


「へぇ、今のテメェみたいにか?」


「奪われた? 俺が? 俺が話しているのは仮定の話だ。万が一に、お前が俺から荷物を奪えたらっていう仮定だ。お前には何も渡さないけど」


 俺は腹に乗せられた足首に向かって隠していた大振りのナイフを突き刺す。刃が肉をあっさりと通過する感触と共に、太い健がブツリと切れるのが分かった。


「ぎぃ!? テメェ!」


 男が激痛で足首を浮かせる。俺はその足を更に下から押し退けて男を転倒させた。

 そして壁に立て掛けられていた自分の直剣を手に取り、男のもう片方の脚を斬り付ける。

 医療室のカーペットを血液がドボドボと汚した。


「て、テメェ! 俺を殺したら……!」


「殺したら何だ? 居住区の人間は自分が生きるのに必死だ。こんな小競り合いで、たかが六級掃除屋が運悪く死んだくらいで騒ぐ奴は居ないぞ」


「俺とやる気か? やる気かよ、えぇ? おい! じゃあ来いよ、ぶっ殺してやるッ!!」


 男は膝立ちになって腰のホルダーから二つの手斧を抜き放つと、両方の斧を勢い良く投擲した。


「っ、この近距離で……!?」


 一つは俺の右太腿に的中し、もう一つは左腕を掠めながら後ろに飾られている花瓶を粉々に粉砕した。

 既に限界に近かった俺の脚は、深い傷を受けた事で力を失い、重力に沿ってガクリと崩れる。

 ……これでお互いに膝立ちの状態になった訳だが、武器を手にしているのは俺だけだ。


「この!」


 俺は前方に倒れ込むようにして直剣を突き出す。泥鼠の血で汚れている切っ先は、深々と男の肩に突き刺さった。


「ぐぁっ! テメェ、殺すっ!」


 男は足首に刺さったままのナイフを引き抜いて、ガタガタの両足で飛び掛ってくる。

 体勢を崩した俺と、不安定なバランスで突進する男はもみくちゃになり、お互いがお互いの刃物を抑え込んだ状態で硬直した。


「死ねよ! もう死ねっ!!」


「う、ぉ、あああっ!!」


 男の握るナイフが少しずつ押し出されてくる……悔しいが腕力では完全に負けているようだ。

 このまま数秒もしたら、俺の喉は綺麗に裂かれて噴水のように血を撒き散らすだろう。


「死んで、たまるかぁぁっ!」


 俺は文字通り必死の思いで叫ぶ。相手の男も、同じように狂った雄叫びを上げて力を振り絞っている。

 ──その時。男の背後から、カツカツと聞き覚えのある靴音が近付いてきた。


「邪魔」


 血がバシャッと弾ける音。どこか小気味良いその音が聞こえた時には、既に男の首はそこには無かった。

 俺は顔面からモロに血飛沫を被りながら、その所業を行った女をぼうっと見詰める。


「……ニナ?」


「その名前で呼ばないで。ちょっと目を離した隙にアンタ、なに死にかけてるの?」


「好きで死にかけた訳じゃないけど……その手に持ってるのは?」


 俺はニナが左手にぶら下げた(かご)を指さす。


「これはね、剣よ。初めて見た?」


「違う、その血塗れのヤツじゃなくて。反対の手に持ってる籠の方」


「……知らないわよ」


 ニナは腹立たしそうに籠を放り投げる。ベッドに叩き付けられた籠からはゴロゴロと赤い果実が出てきた。


「うわ、本物の果物だ! 初めて見た」


「……あっそ、良かったわね。とにかく私は関係ないから、せいぜい大事に食べることね!」


 ニナはそれだけ言い終わるとさっさと部屋を出る。その際、何故か泥鼠の尻尾が詰まった皮袋を勝手に持ち去って行った。

 ……アレをどうするつもりなのか知らないが、俺は彼女に文句を言える立場でもないし、戦って勝てる相手でもない。諦めよう。


「……果物かぁ。これ林檎ってやつかな? 資料室で見たのとはちょっと違うけど、赤いし丸いから林檎だろうな」


 ぐじゅっ(・・・・)、と果物に齧り付く。口からはみ出た果汁が血塗れの床をまた汚した。


「うっま!」


 口に含んだそれは、培養装置で増やされた果物のデロデロとした砂糖水みたいな偽物の味ではなく、さっぱりとした酸味があった。



次回あたりから不穏なタグの片鱗が見え始めます

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