08 気狂い機械娘
「イチくーん、待ってたよぉ! 会いたかったぁ!」
周りの目も気にせず遠くから大声で話し掛けてくる長身の女性。彼女が今回の協力者、五級戦闘屋のキュウだ。
彼女はギシギシと不愉快な音を鳴らしながら駆け寄ってくる。その身体には改造手術によって大量の金属部品が接合されているのだ。その種類は日々増え続け、もはや本人ですら把握できていない。
「二週間ぶりだな。キュウ」
「違うよぉ、二週間と三日ぶり! キミに会えない期間は本当に辛かったよ! さ、早くいつものをお願い!」
矢継ぎ早に話すとキュウはスルスルと服を脱ぎだした。その様子を見て、先程から黙っていたシィが慌てふためく。
「な、何事ッスか!? 痴女っ、センパイに痴女の知り合いが! ていうか協力者って女だったんスか!? しかも美人!」
「こいつは俺が掃除屋になる前からの知り合いのキュウ。身長のせいで勘違いされがちだけど、これでも俺と同い歳だ」
「なんであの人は脱いでるんスか!? 周りの人にめっちゃ見られてるし!」
「もっとよく見とけ、あいつの身体は羞恥心とかいう段階を超えてるんだ」
纏っていたボロの服を脱ぎ散らかして下着姿になったキュウだが、その露出に対して肌色の面積は極端に少ない。
度重なる改造手術によって全身が機械部品だらけになっているからだ。初対面のシィは普通にドン引きしている。
「えっえっ、うーわ。なんスかあのエゲツナイ身体は? どんな思考回路してたらあんな改造するんスか」
「キュウは改造マニアなんだ。貧乏人だから安物の手術しか受けられないのに、色々な改造屋を何軒もハシゴして、いつの間にかあんな姿になってた」
キュウは数多の改造屋たちが制止するのも聞かず、優に百を超える改造手術を受けている。パッと目に付くものだけでも、その改造量は常軌を逸していた。
例えばその細い腕には錆びた鉄板がいくつも巻き付いている。アクセサリーのような見た目だが腕力を高める機械装置であり神経に直結していて一度付けると外せない。
肩や肘にも、重厚な動力機構が錆びたネジで固定されている。これも神経網に干渉する装置で、安価で強力だが使用者には害がある。
両腕の装置にはガタが来ており、キュウが関節を動かす度にギシギシと不快な音を鳴らし、日常生活での力加減が不可能になっているようだ。
また彼女のスラッと伸びた細長い両脚は、骨まで貫通したボルトで固定された運動補助装甲に覆い隠されて元の美しさを損なっている。しかも歪んだ安物の部品は彼女の脚をひどく蝕み、歩くたびに激痛を引き起こすらしい。
胴体の腰周りは特に大きく機械化され、その稼働には多量の電力を必要としている。だから彼女は自身の肉体に発電機まで取り付けた。
分厚い鉄の首輪のように見えるものが、その発電装置である。
更に運動能力の上昇に対応するために左胸には心拍数を強引に上げる装置が張り付けられている。勿論これも人体に有害であり、二度と剥がすことは出来ない。
そしてギョロギョロと動き回る特徴的なライムグリーン色の右目は、動体視力を高めるために脳と電極で繋がった義眼だ。
他にも数え切れない改造手術が施されているが、その殆どが別々の改造屋で装着されたものであり、複雑かつ粗雑に絡み合った機構のせいで、普通の改造屋ではメンテナンスをお断りされる始末だ。
……しかしキュウとの付き合いが長い俺だけは、改造の経歴を全て把握しているので、ある程度の応急処置が可能であった。
因みにキュウはオツムが非常に残念なので自己メンテは期待できない。
「で、今日は何処の調子が悪いんだ?」
「全部ぅ〜」
「まずは背中だな。見せてみろ」
「すんごいアバウトな申告だったッスけど大丈夫ッスか? てゆーか、その人は自分の身体のことを詳しく把握してないんスか……?」
シィが俺の耳元で何やら騒いでいるが無視する。今から集中しなければならないのだ。
キュウの背中には、脊椎に沿って複数の機器が連結され神経を侵食してる。恐らくどれかが原因のはずなのだが、一つ一つ見ていくと重大な事実に気付いた。
「お前、また変な改造したな? 尾骶骨に見覚えのない部品が追加されてるぞ」
「あっ、いやそれはね、違うんだよイチ君? 私はね、一応キミに報告しようと思ったんだけどね、連絡が付かなくて」
「快楽装置の一種か? しかもかなり安物だな、何でこんな危険なモノを」
「えっと、その。私ね、イチ君が居ない間に、体の痛みを和らげようと思ってね? 色んな人に聞いたんだ。そしたら改造屋のオジサンが、イイのがあるって言うから……」
まんまとセールストークにハマった訳だ。
彼女はいつもこうだ、衝動買いをする感覚で身体を改造する。そのせいでマトモに生きるのすら困難な状態になっているのに懲りもしない。
「まずは錆取りと、切れた神経回路の交換と、あと関節部の破損を修理してから考えよう。さっきから壊れた部品が生身の肌に刺さって出血してるし」
「うん……あ、あとね、頭痛も酷いんだ。いつもは頭が割れるくらいの痛みなんだけど、今日はなんか脳に攪拌機を突っ込まれたみたいに痛くて苦しいの、どうにかできないかな?」
「なに、頭? ──うわっ」
キュウの長い白髪をかき分けると、後頭部の辺りに小型の赤いランプを発見した。……これは何だ?
「えっと、えぇっとぉ……新しい"感情増幅器"かな」
「感情増幅器は既に一個付けてるのに、なんで増やすんだ!? しかも前に取り付けたのとは別のメーカーのじゃないか、だから拒否反応が出てるんだろ!」
「だってぇ、欲しくなっちゃったんだもん」
「脳は俺じゃメンテナンス出来ないからあまり弄るなって言ったのに、お前はほんとに聞かないな!」
「うわぁぁんっ! イチ君に怒られたぁ! 絶対隠せると思ったのにぃ……!」
滅茶苦茶なことを言ってギャン泣きするキュウ。それに合わせて感情増幅器がチカチカと点滅する。
「勘弁してくれよ、これ以上キュウが情緒不安定になったら手に負えないぞ」
「でも戦闘には役立つもん! 感情は闘争には重要な要素なんだよ!」
「二つも付けたら制御できないだろ」
「できる! できるよ!! ううぅ〜〜っ!!」
自信満々に言いながら、既にキュウは感情を制御できていない。思いっきり癇癪を起こしてるじゃないか。
「あのぉ、センパイ? そろそろ周りの目がヤバいッス。駅のホームでイカれた全裸女が泣いてる横で、下半身不随の私を背負ったセンパイが騒いでるのは相当おかしな構図ッス」
確かに。意識したら急に恥ずかしくなって来た。周りには列車を待つフリをして、チラチラとこちらを覗く野次馬が何人も居る。
そして俺がキュウを黙らせるために、ある“最終手段”を使おうとした──その時、タイミングを測ったように列車が到着する。
「お、来た来た! すぐに乗るぞ、これ以上ここに居たくないもんな」
「え!? イチ君、私のメンテしてくれないの!?」
「後回しだ! 工具はお前が持ってるんだから、修理ならどこでもできるだろ」
いつまでもグズるキュウの手を引いて、俺は大急ぎで列車に飛び込んだ。




