プロローグ
恋とは何か。恋愛とは何か。その答えは明白だ。
人を好きになる感情、ずっとそばにいたいという気持ち、説明できない理屈、最も尊い感情。男女が惚れたり惚れられたり、交流して付き合ったり。とまあ、色々言われている。それが一般論。大多数が多数決で決めつけた定義。
だが、俺からすれば間違っている。俺にとっての恋愛とは何か。それは・・・
----「あの、すみません急いでいるので」
「えー、いいじゃん、少しくらい」
夜七時半。人気の少ない大通りの一角。いかにもなチャラ男二人に絡まれ、腕をつかまれる。
「やめてください!そんな強引に、やめてください!!」
「すみません。この子、僕の連れなんで」
「は?おい、横取りしてんじゃ、おい!」
一人の見知らぬ男が小走りで私の手を引く。ナンパ男から、私を助けてくれた。
「あの、」
随分と離れたところまで走った。もうさっきの男たちに追われることはなさそう。
「あ、ごめん。つい」
「助けていただきありがとうございます」
「全然。困ってるように見えたし、かわいかったから」
恥ずかしそうに、声のボリュームを落として俯きながらそう言われた。
吊り橋効果なのかもしれない。この男の子だって、それが目的であのとき助けに入ったのかもしれない。それでも。
このとき、私は恋に落ちた。----
これ。これが恋。これが恋愛。まあ、こんなクソシーン、没だが。
俺にとっての恋愛とは何か。それは、
実現しえない理想であるべきものだ。
現実の恋愛なんてまやかしだ。無自覚な錯覚と嘘で形作られているもので、愛し愛されなんてほとんどない。俺はその真実に中二のとき、対面した。
大した出来事じゃない。黒歴史でもない。ただ、初めて人とお付き合いをして、別れただけ。ほんとそれだけ。
勿論、愛し愛されの関係はあるのだろう。百パーセント現実ではあり得ないとは言わない。ただそれは、ほんの一握りの人間だけ。九十九・九パーセント以下の極々少数だ。ほとんどの恋人は多少のメリットと妥協で成り立っているにすぎない。それを恋愛とは言わない。言うべきじゃない。
恋愛なんてない。ほとんど存在しない。無理やりそれを形作っても、結局偽物でしかない。無意味で時間の無駄で、人生の無駄使い。恋愛の当事者になんて、なろうとするべきじゃない。ほとんどの人がそれを望んでいるのだが、それは間違っている。気づいていないだけ。ほんと、馬鹿どもだ。
もう一度言おう。恋愛とは、実現しえない理想であるべきだ。
つまりそれは、創作物でしか成り立ちえない。クリエイターの理想を形にしたもの。理想は理想にすぎず、理想に偽物はない。クソい作品こそあるが、少なくとも作者の本物に違いない。ほら、完璧な世界だ。現実と区別するのも恐れ多い。
現実で恋愛をするなんて、馬鹿馬鹿しい。だから俺は。
絶対に恋愛をしない。
※
「ふゎー」
流石に徹夜明けはきつい。少しでも寝ようと思っても、それも無理。俺が通う学校、千葉県立白鷗高等学校は交通の便が悪い。最寄り駅から徒歩三十分もかかる。そして、俺は電車通学。家から最寄り駅まで十分、電車を一回乗り換えて二十五分。そして、駅から学校まで俺の歩速でも二十分かかる。計約五十五分。めっちゃかかる。
学校の朝のホームルームは八時半から。つまり、家を七時二十分くらいには出ないといけない。早い。極めつけは、朝起こしてくれる親もいない。親は共働きで朝凄く早い。俺を起こす暇なんて朝にあるわけない。俺には妹がいるが、朝起こしてくれるほどのブラコン設定は、残念ながら持ち合わせていない。よって、中途半端な時間に寝始めると、確実に寝坊してしまう。なら、眠くても登校して、学校で寝たほうがいい。
「ん?」
誰にも聞こえない程の、小さな声が出た。いつも通り、気にせず人を抜かしていくと、正面に女子生徒が一人。声を出した理由は、知り合いだったとかではなく、後ろのスカートがめくれているから。軽く、少しだけ。下着が見えるほどじゃない。
別に素通りしてもいい。ただ別に教えない理由もない。通学路には歩道橋もある。朝から脳内が大変になる男子生徒のことを考えたら、言ってやってもいいか。
ただ、普段通り何も気にせず、横を通り過ぎるついでに。
「後ろ。スカート」
と、言っただけ。
いきなりそう言われた女子生徒はどう思っただろうか。まあ、「変態だ、気持ちわる」くらいだろうか。顔は見られてないと思うから、学校生活に支障は出ないはず。そう、思ったのだが。
※
自分の無神経さが成した所業なのだが、気に止まってしまったばっかりに、ここから物語が始まってしまう。断言しよう。これは俺、峰悠太が初めて恋をした話、なんかではない。これは、ただの出会いの物語だ。