39. 拗れる
生徒会室には、ヴィヴィとエレンツィードが大テーブルを挟んで座っている。
。
「静かですわね」
珍しく早く生徒会室に着いたと思ったのに、既にエレンツィードが先に来ていた。他のメンバーはまだ来ていないので、仕方なくヴィヴィがお茶の用意をした。いつになく静かな空間に、書類を読んでいるエレンの手元の紙の音しかしない。
「ああ。そうだね。皆珍しく遅いな」
書類から顔を上げて、エレンがヴィヴィに目を向けた。二人しかいないせいか、随分とその視線は穏やかに見える。
今なら聞けるかもしれない。中々聞く機会が無かったが、一応聞いておかないと今後の行動を考えなければいけないから。
「殿下。少しお伺いしたいことがあるのですけど」
「なんだ?」
「殿下は、ゴートベニア国のメリーナ王女様とはどうなっていますの?」
「はっ?」
「ですから、エレン殿下はメリーナ王女様と婚約のお話がおありなのでしょう? その為に今回ゴートベニアから、クラレンス殿下とメリーナ王女様が訪問なさるのではありませんか?」
ヴィヴィは顔色も変えずに尋ねた。
「殿下からいつお話を伺えるのかとお待ちしていましたけど、すでにお二方はコッペルドルトの運河街にお着きとか。殿下は私に婚約者になって欲しいとかおっしゃっていましたけど、このタイミングでメリーナ王女様がいらっしゃるのは、どんな意味があるのでしょう?」
ヴィヴィには誤魔化せ無いとは思っていたが、こんなにストレートにぶち込んで来るとは思わなかった。
エレンにとってメリーナ王女の事はまだ決定事項では無かった。その為、一部の者にしか婚約の話は知らされていないはずだった。ゴートベニアの第8王女との婚約話は、彼女が生まれてすぐに持ち上がった話ではあるが、決定には至らず最終期限はエレンが18歳になるまでとされているはずだ。この話は父である陛下と王妃、宰相しか知らされていないはず。はずだったが……
「なんで、それを君が?」
「知っているのかですか? つまり、この話は本当の事なのですね? やはりそうでしたか。さしずめ、陛下とかに婚約者を見つける期限を示されていたのではありませんこと?」
「うっ!?」
エレンの目が大きく見開かれた。
「殿下。もしかして、学院卒業までに婚約者を見つけろとか、言われているのではありませんか?」
畳みかける様に詰め寄るヴィヴィに、エレンの表情はいつになく固まった。普段ならば何とでも誤魔化せるはずが、余りにヴィヴィが淡々としているのでどう対応すればいいか迷っていた。
「エレンツィード殿下。我がレベンデール公爵家は、情報収集が得意なんですのよ?」
僅かな迷いから、ヴィヴィに剣を突き付けられた。あやふやなままの状態で来たことが、今まさに問われているということか。エレンはフッと息を吐いた。
「ヴィヴィ、君にはちゃんと話をしたい。でも、さすがにここでは無理だ。明日、レベンデール公爵家に行っても良いだろうか?」
メリーナ王女の事は、はっきりと否定しなければならない。ゴートベニアから王女達が来る事さえ、イレギュラーな事なのだから。
他に目的があると思った。今まで国外に出て来る事が無かった、正妃の王子が来る事になったのだ。次期国王になるかもと言われる彼が、妹の婚約者になるかも、なるかもしれない隣国の王子に会うために? 随分と不確かな訪問の理由だ。出てくるのならば、もっと違うイベントもあったのに。わざわざ、学院主催の園遊会に。
もっと、違う目的がある。
「ヴィヴィ、僕の話を聞いて欲しい」
エレンはヴィヴィにそう伝えた。
運河街コッペルドルト。
「さすがに船の上にはおりませんでしたが、宿の外には記者も数人おりますね」
散策から戻って夕食を待つ間、クラレンスは新聞を読んでいた。テーブルの上には積み重なった新聞の束があり、カールマンは分厚い書物をクラレンスの前に置くと、窓の外に視線を向けて言った。
「ああ。幾ら成人前の王族といえど、完全にお忍びとはならないからね。私達が王立学院の園遊会に行くことは知らされているから、ルートは調べれば幾つかに絞れるし」
「そうでございますが、殿下達のお姿を光画に映されるのは避けたいですな。特にクラレンス様は目立ちます。それに、今回はお小さいメリーナ様もご一緒ですから」
「そうだね。明日の出発まではもう大人しくしていよう。メリも満足しただろうしね?」
カフェでのメリを思い出し、クラレンスとカールマンは微笑んだ。小さな王女は、用意された名物の菓子を頬張って、蕩ける様な笑顔だったのだ。
「ところで、クラレンス様。グレイデン王国の貴族年鑑の最新版です。そちらの新聞はもうお読みになったのですか?」
カールマンが準備した3か月分の新聞は、2つの山に積み上げられていた。
「ああ。こっちのは読んだ。もう少しで今日に行き着くよ。まあ、そんなに重大な事件は起きていないから良かった。訪問先で災害とか起きていたら大変だもの。それに、社交界にも目を引く面倒事は無かったみたいだ。ああ、でも珍しく婚約解消が載っていたな。公爵令嬢と伯爵家の次男の婚約解消だそうだ。私と同い年の17歳だから、珍しいよね?」
クラレンスが指差した先には、貴族の社交欄があった。貴族の誕生、婚約、結婚やお悔やみの情報がほとんどで、婚約破棄や解消、離婚などは簡単に1行程度掲載されるだけだ。
「そうですか。17歳という事は、随分お小さい時から婚約されていたのでしょうに。余程の事が起ったのかもしれませんね。公爵家のご令嬢という事は、エレンツィード殿下のお相手にもなりうる方ですが」
ルーカスが新聞を手に取って、モノクルの位置をずらして目を走らせた。
「レベンデール公爵令嬢ですか。確か、グレイデンの図書管理人を任されている名門公爵家でしたな。お嬢様の事は存じませんが」
丁寧に新聞を畳むと、ルーカスはテーブルの上に置いた。
「まあ、何年も婚約していて、今になって解消なんて大変な事だね。でも考えようによっては、そんな気概のあるご令嬢なら、ぜひ会ってみたいな」
ルーカスは一瞬目を剥いた。ああ、また変な癖が始まった。そう思った。
クラレンスは、変わった者、物、モノが好きなのだ。それは人であれば考えや性格、物であれば形や色、使い勝手、作者の生い立ち……など多方面に渡る。
どこに彼の興味がそそられたのかは判らない。判らないが、珍しく異性に向けられたその言葉に驚いた。
「きっと、学院でお会い出来るのではないでしょうか?」
侍従は年若い主に向かい、ふんわりと微笑んでそう答えた。
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なんだか拗れて来ましたけど、
エレン君はちゃんとヴィヴィちゃんに説明できるの
かしら?
それにクー兄様も関わってきそうです。
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