16. お嬢様の言い分
さて、何時までここにいれば良いのかしら。ハインツ様からは殿下を見張ってくれと、そんな感じの事を言われましたけど。
王宮のエレンツィード殿下の執務室に来てから、かれこれ何時間? 2時間? 3時間? もうそろそろお暇したいのですけど。
「……」
「……」
エレン殿下は何も言わずに執務室の机に向かっているですけど。
「……あの、殿下?」
声を掛けると、読んでいた書類から顔を上げた。
「ん? 何かな? ヴィヴィ?」
にっこりと微笑んでこちらを見ていますわ。……すっごく胡散臭い笑顔です。
「あの、私そろそろお暇したいのですけど。殿下もジョイル様を探しにとかは行かないみたいですし? 私がいつまでもここに居座っていては、お仕事の邪魔になりそうですから」
そう言って、ソファから立ち上がると殿下の前で姿勢を正しました。すぐにお暇出来る様にです。
「ああゴメンね、退屈だったよね。君の事を忘れた訳じゃないんだ。折角来てくれたのだから、もう少しいてくれない? 昼食を一緒にと思っていたんだ。もう少しでキリがつくんだけど」
げっ。昼食? まあ、確かに既に正午を少し過ぎていますけど。何でこのヒトと今、ご飯を食べなきゃいけないの? 全くもって気が進みませんわ。
どうしたら断れるかしら。うーん。
「殿下。申し訳ありませんが、昼食を殿下とご一緒に取るなんて、今の私には無理でございます。ジョイル様の安否も判らない今、それでなくても昨日のショックも覚めていないのに。幾らエレンツィード殿下からのお誘いであっても、今の私の心情は……
私の事を思いやって下さる殿下ですから、そこはお察しくださいませんか?」
そう言って私は胸元を押えました。決して気分が悪くなった訳ではありませんわよ。でも、心が痛む風は装わなくてはね。
「そう。ヴィヴィがそう言うなら、判った。今日は諦めよう。でも、近い内にまた会ってくれるかな?」
思ったよりあっさりと引きましたわね。内心ほっとしましたけど。
「はい。有り難うございます。ええ、またお会いしましょう」
どうせ月曜日にはまた学院でお会いしますしね。今までの生活パターンならほぼ言葉を交わすことはありませんでしたけど、これからはそうはいかないのでしょうね。
『……面倒ですわね』
「んっ? 何か言った?」
「いいえ。それでは失礼しますわ。御機嫌よう、殿下」
いけない、イケない! 心の声が小さく独り言で出っちゃったわ。まあ、殿下には聞こえなかったみたいだからセーフですわね?
「うん。じゃあ、また」
すくっと立ち上がると、机の上に在ったベルを鳴らしました。ああ、バレン様をお呼びになったのですね。直ぐにバレン様がいらっしゃいましたわ。
「殿下。お呼びでございますか?」
「ああ、ヴィヴィエット嬢がお帰りになる。馬車まで送ってくれ」
「……ご昼食の準備をさせて頂いておりますが?」
チラリと視線を私に寄こして、バレン様がにっこりと微笑まれましたけど。ふるふると小さく首を横に振ります。察して下さいませ!
「さようでございますか。承知致しました。それではデザートにご用意した季節のフルーツタルトをお持ち頂けるように準備いたしましょう。王宮のパティシエが張り切って作りましたので」
私の気持ちを察して頂いたのか、バレン様はそれ以上は言わずに柔らかく表情を崩しました。王宮のスイーツなんて滅多に頂けませんし、季節のフルーツタルトと聞いたらきっと素晴らしい一品でしょう? 持って帰れるなんて、なんて嬉しいご褒美♡
「ありがとうございます。それではエレンツィード殿下、失礼致しますわ」
身体に染み付いた淑女のカーテシーをして、殿下のお部屋から退室します。
ああ、疲れた。
「ヴィヴィ、じゃあね。(また明日)」
「!?」
何ですの? 今、明日とか聞こえましたわよ!? よく聞き取れませんでしたけど? まさかね?
バレン様から用意して頂いた季節のフルーツタルトを受け取って、私とキエラは漸く馬車に乗り込みました。随分とキエラを待たせてしまいましたけど。
「ヴィヴィエットお嬢様、大変にお疲れ様でございました。大丈夫ですか?」
馬車の中でクッションに凭れ掛かった私に、キエラが冷たくしたおしぼりを差し出してくれました。ああ、冷たくて気持ちが良いですわ。それに、アロマの香りが爽やかで気持ちを宥めてくれます。
「ありがとう。さすがに疲れたわね。何の修行だったのかしら? 今までまともに会話した事が無いエレン殿下と二人でいても何にも話すことなんて無いのよね。唯一の共通の話題がジョイル様の事じゃ、盛り上がりにも欠けるわ」
流石にお行儀が悪いので、クッションから身を起こして姿勢を正しました。
「ところで、メモは渡してくれた?」
たいした情報ではありませんでしたけど、何も無いよりはマシということで、あの時までに判っていたことをメモしていたのです。
「はい。勿論ですわ。ハインツ様にお渡ししています。場所は特定できたのですか?」
キエラはちゃんと仕事をしてくれていましたのね。
「ええ。何でもブランドル様は、お母様のキーレン子爵家からご領地を相続しているらしいわ。そこが、元王家の鴨猟の猟場で、王都からもそんなに遠くない場所らしいの。多分そこじゃないかって、探しに行かれたわ」
キエラは聞きながら、ポンッと手を打ちました。
「まあ、じゃあお嬢様の読み通りですね! でも、そんな隠れ家的な場所がジョイル様に判りますか? 違うところに行っているなんてことありませんか?」
確かに。その心配も無い訳ではありませんでしたけど。
「やっぱり、貴女もそう思うのね……ジョイル様ってどれだけ抜けてると思われているのかしら」
幼い頃からのジョイル様の印象と、ここ最近のジョイル様の行いのせいで、キエラの評価はすこぶる悪いのです。まあ、ジョイル様は要領の悪い所もありましたしね。
「大丈夫よ。あの方にはお父様が直々に色んな教育をしていますもの。現に、この前呼び出した領地経営についての講義では、王都から我がレベンデール公爵家の領地まで、他家との関係と各々の領地について教わっているはず。特に王家から下賜された領地の事は聞いているはずよ?」
何でそんな事を細かくお父様から教えて貰うか。それは、我がレベンデール公爵家の王国でのお役目に関係しているの。
「レベンデール公爵家は、国家に関わる資料・文献を管理する図書管理人ですから。現に、国家領地配分書鑑と貴族年鑑は、お父様の指揮で編さんされていますからね。それに、ジョイル様の記憶力って凄いのよ? 一度読んだ文章とかは絶対に忘れないし」
そうなのよ。ジョイル様の記憶力は凄いのよ。学院の勉強だって、記憶モノならば私より良い時もありましたわ。歴史なんかは特に。ただ、応用力については……コホンっ。
「つまり彼が冷静に考えれば、ブランドル様がアリアーヌ様をどこに連れていくかは想像つくと思うわ。具体的な拝領地のことだって、書鑑に載っていたでしょうからね。それに、馬車で移動するのは目立つわ。ましてこの時期は夜が短い季節ですから、明るくなるのは早いですもの。目撃者を探すのも容易でしょうね」
複雑な気分ですわ。私から離れて行った元婚約者を、庇う? 違いますわね、そんなに出来ない子じゃ無いのですわよ? と擁護するのも。
「まあ、でもそう言う事ですから、もう見つかったかもしれませんわ。まさかとは思いますけど、ジョイル様が変な気を起こさなければ、とだけは思いますわ」
私は馬車の小窓を開けると、流れる景色に目を向けました。
無事であれば。
ただ、それで良いと思いながら。
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