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千早ノイズ  作者: 桜花 山水
1章 【 精神没入 ‐ サイコダイブ 】
8/51

7話

 それからややあって、5げん開始からおよそ2時間後。

 千早と彼方は、作り置きのLANケーブルを、2階北西(ほくせい)のコンピューター室へと運び込む。

 本来(ほんらい)1人でやる仕事も、2人で分担ぶんたんするとあっと言う間だ。

 作業開始からたったの30分で、ぜんマシンのLANケーブルを()()え終わった。

「なんか悪かったわね。私に()()わせちゃって」

 千早が(もう)(わけ)なさそうに言うと、彼方は気さくにてのひら(ひるがえ)す。

()いって()いって♪ あの3人の事と言い、今度の(たの)まれ(ごと)と言い、この状況で()っとけるほど、アタシも薄情じゃないから」

 そう言って彼方かなたは、教室内をざっと()(まわ)してから、両手をこしてて意見を求める。

「で、新しい線にぜん繋ぎ終わったのは()いけど、確認作業って、どうやるんだろ?」

 千早は教卓前で(みじか)く悩むと、思い付くままに手段を()げた。

「教室内のパソコンをぜん動かすのも大変だし、(ため)しにどれか一台、インターネットに(つな)いでみれば()いんじゃないかしら?」

「じゃあ適当(てきとう)に、目の前のコレで()っか」

 千早と彼方は、(とな)(どう)()の席に座って、正面のコンピューターを立ち上げる。

 OSのどう画面のすぐあと、マウスを操作してアイコンをクリック。

 問題なくネットに(つな)がった。

 試しに、自分達の通う学園名を入力すると、索引(インデックス)の先頭に、目的の項目こうもくが表示される。

「オッケ~。どうやら上手(うま)く行ってるみたい」

「それなら、あとはパソコンの電源を切って、先生に報告ほうこくに行くだけね」

「そうしよっか♪」

 彼方は上機嫌じょうきげんつぶやいてすぐ、急に胸元(むなもと)で腕を組み、不機嫌そうに口を(とが)らせる。

「あっ! でも、あの3人が近くにいたら、絶対ぜったい、アタシ達の邪魔をして来るよ」

 (なん)()な表情でモニターを(にら)むこと数秒、はやに提案する。

「ねえ、春風はるかぜさん。あの3人が何処(どこ)に居るのか、探知ノイズって奴で探してみない?」

 コンピューター室にある()(ざい)は、どれも数万円はする高価な(シロ)(モノ)ばかりだ。

 もしも誰かが()(だん)でマシンを持ち出せば、軽いイタズラでは()まされない。

 もちろんそれは、監督教師やのこり整備をしていた自分達にもがいおよぶ。

 特に、この私立鏡守(かがみもり)学園の校長は、生徒達のあいだで『(しゅ)(せん)()』などと揶揄(やゆ)されるほど、お金のことには口うるさい。

 そのうえ若干じゃっかんのヒステリー持ちなので、問題が起こると、すぐに独裁的(どくさいてき)な事を言い出すため始末に負えないのだ。

 千早は()()()()()未来を予感して、迷わず同意した。

「ええ、そうね……。やってみる」

 目を閉じて、自分を中心にひかりが広がり、『ピコン……』と高い(おん)()が走る

光景を想像する。

 やがて、(まぶた)の裏のくらな空間に、3階『(アイ)の字型』の校舎がみどりのワイヤーフレームで構成され、その中に警戒型(けいかいがた)のオレンジの点が3つ浮かぶ。

 一つは、同階(どうかい)廊下の曲がり角。

 残る二つは、途中にある女子トイレから反応があった。

「…………見付けた。かたさんの言った通り、近くの廊下の()がり(かど)に一つ。この反応からして、相手はぶんじまさんね。あとの2人は、分かれ道()まえの女子トイレからだわ」

「やっぱりそうだ! ()()(やく)の1人が電話とかで合図して、私達が教室を出た(すき)に、3人でわるさする気なんだよ」

 相手のやり口を鼻息はないき荒く解説してると、パソコン画面へ動的どうてきに何かが表示された。

「アレ? なんか、勝手に地図が出てきたよ?」

 不思議に思って画面をクリックすると、表示内容が(ぜん)()(めん)に拡大表示されて、

(わく)(ない)の図形が回転を始める。

 みどりの骨組みで描画(びょうが)された三層構造。

 よく見るとソレは、上空視点では(アイ)()(がた)をしていた。

 黒地を背景(はいけい)に表示された立体画像を凝視(ぎょうし)して、はやが驚きの声を上げる。

「ウソ!? これ、私がたんノイズで見てるものと、まったく一緒の光景よ」

「ええっ!? コレ、春風はるかぜさんのノイズとおんなじなの?」

 彼方のひとみが、立体映像に(くぎ)()けとなる。

 おどろくべきはその画像。静止画などではない。

 3つの点が()()わりに、トイレと曲がり角を()()している反応からして、リアルタイムの監視映像なのだ。

春風はるかぜさんのノイズが、どうして……」

「おそらく電波干渉ね。ノイズの振動波が(でん)()()(どう)()てたから、コンピューターが誤作動を起こして、探知ノイズを発信はっしんし続けてるんだわ」

 つまり、千早の探知ノイズが精密機器に伝染したのだ。

 はやノイズと電子情報は、ほぼ(とう)()

 この奇妙な性質から、彼方が妙案みょうあんを持ちかける。

「そうだ! 春風はるかぜさんのノイズを使って、3人がわるさしてる所を、先生に見てもらおうよ」

「私のノイズで、どうやって?」

学園(ウチ)のパソコン、校長がお金に()()()()だけに、チャット機能が付いた最新型(さいしんがた)だからね。3人が教室に(はい)って()たとき、相手に分からないようにマシンを起動させて、イタズラしてる姿すがたを隠し撮りするのはどうかな?」

 超能力でまるく収まらないなら、機械の補助で証拠しょうこを突き付ければ良い。

 彼方の()わんとする事を理解したはやは、椅子の()(もた)れを前後に揺らして(うなず)いた。

「なるほど……。ノイズを使って、教室のコンピューターに『でんハック』を()()ける(わけ)ね」

「そういう(こと)。あと、どうせだったら()()(ぐち)の電子ロックも♪ すぐに脱出できないように鍵をかけて、先生が来るまで閉じ込めちゃうとか!」

 名案だが、はやは一瞬、決断に迷う。

 今まで自分のためにノイズの(こう)使()(ひか)えていたのは、超能力の悪用(あくよう)()けるためだ。

 日常的に超能力にたよることで、常識人から外れる()(どく)を恐れたからでもある。

 千早が、視線を机上(きじょう)に落として答えを探っていると、彼方が()()()()と声を掛ける。

「その……。そういうの、やっぱりダメかな?」

 相手を心配するような(まな)()しに、千早の迷いが()()れた。

 自分はもう一人じゃない。

 特別な力を使えるとか、そういったことも関係ない。

 本当に大切なのは、自分がどんな(ふう)()()()()()()()だ。


――わたしは、変われるかも知れない……。


 千早の胸に、新たな人生へとす勇気が生まれる。

「ううん、やろう! わたしだって、(みんな)のように、普通の高校生活がしたいもの!」

 ありのままの気持ちを叫ぶと、彼方のひとみが感激に(うる)んだ。

「ウン♪ ちーちゃんなら、きっと出来(でき)るよ!」

 期待に(かた)(はず)ませて返すと、彼方はすぐに指示を求める。

「それで……。私はこれから、何をすれば()いの?」

「まずは、()()(ぐち)の扉を閉めて。ノイズを使うところをそとから見られるとマズイから」

「分かった、ちょっと待ってて。…………よし、出来できた。で、次は?」

 彼方が(とな)りの席に戻ると、千早は、一番いちばん大事な役目を伝える。

「これからノイズを使って、コンピューターの中から()(かい)に直接アクセスするけど、その(かん)かたさんには、私の身体の世話をしてほしいの」

「コンピューターのなかから直接? それって文字通り、機械の中に(はい)るってこと?」

()()()()ね。気絶した拍子(ひょうし)に机にぶつかって、機械が誤作ごさどうするといけないから」

 言ってる意味はよく分からないが、信頼できるのは確かだ。

 彼方は、少しだけ真面目まじめな雰囲気で固まると、机の上で両手りょうてをキュッと軽く結んだ。

「…………うん、分かった。あとは任せて」

「それじゃあ、始めるわね」

 今の自分なら、なんだって出来(でき)そうな気がする。

 千早は(ふか)く息を吸い込み、片手をキーボードの上に(かざ)して鋭い声を放つ。


精神突入(サイコダイブ)!!!』


 千早のてのひらから青白あおじろい電流が走り、彼女の意識はキーボードから通信線(つうしんせん)を抜けて、ハードディスク内へと向かう。

 やがて辿り着いたのは、電子の海に(しょう)じた小宇宙。

 あかあおいろ

 広大(こうだい)()(へん)やみ明滅めいめつする電子雑音(ノイズ)の三原色。

 その中心に、オレンジ色のワイヤーフレームで(ふち)()りされた球体が浮かんでいた。

「これが、この機械マシンの制御システムね……」

 透明(とうめい)な球体内部の空間を、アルファベットの情報命令(プログラムコード)がひっきりなしに乱舞する。

 千早は球体(スフィア)()れて、マシン(ない)()の情報を引き出し、カメラ機能と音声おんせいモジュールを有効にした。

『うわっ! ちょっと()()()()()、大丈夫?』

 不意に(しょう)じた声に驚き、千早が(うし)ろを振り返る。

 瞬間、(なな)(うえ)に巨大なスクリーンが出現し、モニター上部じょうぶのレンズを通して、

現実世界の光景が(うつ)()された。

 スクリーンの中には、意識を失って(まえ)のめりに倒れる自分の姿と、それを支える彼方の様子が中継(ちゅうけい)されている。

かたさん、そっちは大丈夫?」

『へっ? ち~ちゃん? なに、どっから(こえ)()してんの?』

「こっち。画面画面(がめんがめん)……」

 最初に彼方かなたは、視線を左右にからりさせると、はやの指示で、すぐにモニターを注視する。

『うわっ!! ど~なってんの? ()()()()()が2人も居る』

「さっきも言った通り、意識だけを電脳(でんのう)空間(くうかん)に移植したの。説明が足りなくて()(めん)なさい……。(じつ)は私も、こういった使い方ははじめてだったから」

 彼方は事情じじょうを理解すると、気の抜けた様子で、画面内の映像(えいぞう)(なが)める。

『へえぇぇぇ……。これが、ちーちゃんがいま見てる光景なんだぁ……。それで、これからどうやって、このコンピューターをあやつるワケ?』

 千早はかたしに親指を向けて、背後に浮かぶオレンジ色の制御せいぎょユニットを(ゆび)()す。

「今からあの球体きゅうたいにアクセスして、コンピューターの情報に直接ちょくせつ、命令を()()……」

 言葉の途中、しき状態のはや身体からだが、突然、ズバッと起き上がる。

『うえっ!! きゅう(なに)ぃぃ?』

 いきなりの起立に()(まど)う彼方の横で、千早の()(ぜつ)(たい)が、勝手にあたまを上下に振って、キワドイ単語を高速こうそくで口走る。


『ウコンウコンウコンウコンウコン!!』


『ちょっと、ち~ちゃん! いきなり、なんてこと()()すのさ!!』

 ()()(ばや)に放たれる即死魔法に、彼方はせきから立ち上がって、口元(くちもと)をアワアワと()らす。

 その表情を文字にするなら、『わにゃ~!』とか『ぼにゃ~!』といった()(おん)がピッタリだ。

 でん宇宙うちゅうの中からその光景を見るはやは、現実世界の奇妙(きみょう)な現象を、冷静に考察する。

「きっと、私の自我が電脳世界(こちらがわに移った反動で暴走ぼうそうしてるんだわ……。それにしても『ウコン』って、どうして漢方薬(かんぽうやく)の名前なんか叫んでるのかしら?」

 電子世界は()(らく)なものだが、此方(こちら)はそれどころではない。

 彼方は、はや暴走体(ぼうそうたい)を押さえつつも、画面上の本体ほんたいへと必死に訂正する。

『う、ウコン? ち~ちゃん、なに(のん)()なこと言ってんのさ。そっちには()()()()()()かも知れないけど、実際は全然ぜんぜん違うって!! ウコンじゃなくて、『ン』と『コ』がぎゃくなの!!』

「ンとコがぎゃく?」

 しばし考えて、千早の(あせ)った(かお)が、めん一杯に拡大表示される。


わたし、そんなこと言ってるの!?」


『言ってるよ! さっきからずっと(れん)()しまくってる!! あ~、も~う!!』

 彼方は思い切って、はや暴走体(ぼうそうたい)を足下へと押し倒すと、机の下で格闘戦(かくとうせん)を始めた。

「ちょっとかたさん。いま、机の下でなにやってるの!? 此方(こっち)からは何も見えないから、すっごく不安なんだけど!」

いま、ち~ちゃんの靴下(くつした)を使って両手を(しば)ってる所だから、ちょっと黙ってて!』

 ややあって、相手の身体を(うし)()拘束(こうそく)することには成功したが、ヘッドバンキングをしながら、一心不乱に()(ぶつ)発言(はつげん)を高速詠唱してるのは(あい)()わらずだ。

『んで、お(つぎ)は……っと』

 彼方はぶん靴下くつしたを脱ぎ終えると、(こと)()ろうにそれを一本に結んで、()()()()(さる)ぐつわを()ませる。

 なんと言うか、実際にはやが2人居るみたいだ。

 両手を拘束(こうそく)された暴走体は、血走った(ひとみ)を彼方へ向けて『ン~、ン~!』と(うめ)いている。

 両手に続いてくち(ふさ)いだ。それでも、全身をする動きは止まらない。

 こんな姿で廊下に出られたら、絶対(ぜったい)面倒(めんどう)なことになる。

 万策(ばんさく)()きた彼方かなたは大きく深呼吸すると、なにを思ったか、モニター上部じょうぶのレンズへ向けて、申し訳なさそうに両手を合わせた。

『ち~ちゃん、ホントに()(メン)……。こうする以外、もうほかに手段が思い付かないや……』

「えっ、なに? かたさん、いったいわたしに何をする気なの……」

 千早が()()った笑みで尋ねると、彼方が(ざん)()()えない表情で()()()()()()()()


『えい! えい! えええぇぇい!!!』


かたさん! 片瀬さん!! あなた、本当にいまなにやってるの!?」

『ち~ちゃん、ちょっと黙ってて。私、いま『室内サッカー』してるだけなんだから!! そうに決まってるよ!』

「痛い痛い! 視覚的(ビジュアルてき)に痛いっ! 痛覚はカットされてるのに、何故(なぜ)だか、お(なか)と背中がすごく痛い気がするっ!!」

 やがて、暴走体の抵抗が()んだ。

 元々は、千早ノイズの副作用で生じた錯乱(さくらん)なので、(がい)()から強いショックを与えることで、信号がリセットされるのだ。

 なんとか騒ぎを(おさ)めた彼方だが、(はた)()からすると、まともに見られた光景ではない。

 (うし)()に縛られ、(さる)ぐつわを()まされて気絶する少女。

 (かたわ)らには、なにかをやり()げた感じの自分。

 まんま、じょ暴行の犯罪現場だ。

 彼方は、部屋のすみに置かれた段ボール箱を見付けると、千早の()(ぜつ)(たい)をスッポリと(おお)い隠して、何事も()かったかのように着席する。

『よし、封印完了♪ いやあ、ゴメンゴメン……。ち~ちゃん、もう大丈夫だよ。こっちの()()は終わったから』

 スッキリとした表情で(ひたい)(あせ)(ぬぐ)う彼方の様子に、電脳世界のはやは、猜疑心(さいぎしん)(つの)らせる。

かたさん……。わたし、ちょっとそっちが心配だから、少しのあいだだけ、戻ってもいかしら?」

『ええっ!! 戻るぅ?』

 いまはやが元の身体に戻ったら、背中と(ふく)()の激しい痛みに加え、口から(ただよ)

靴下の臭気しゅうきに、気が狂ってしまいかねない。

 彼方は焦燥感しょうそうかんに口角を震わせながら、前傾(ぜんけい)姿勢で千早を説得する。

『だ、ダメ! そんなのダメだよ……。だって、せっかくコンピューターの中に

入ったんだから、いまうち()()()やっとかないと、途中とちゅうで集中力が切れちゃうかも知れないじゃん!』

「それはそうなんだけど……」

 むうぅ……、とはやは不満そうに押し黙る。

 これは絶対に、彼方かなたは不都合なことを隠している。

 自分の身体がどんな目に()ったのか、容易に想像が付くほどだ。

 こうなったら、なるべく早く作業を済ませて、現実世界に戻るしかない。

 千早は(はや)る気持ちをおさえつつ、オレンジ色の制御せいぎょコアへと手を伸ばした。

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