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千早ノイズ  作者: 桜花 山水
1章 【 精神没入 ‐ サイコダイブ 】
7/51

6話

 翌日の昼休憩。

 はや彼方かなたは三人組のちょっかいを警戒して、職員室前の2階・中央廊下へと

避難していた。

 ついでに、壁際(かべぎわ)の掲示板を確認……。

 変更授業はナシだ。

 一瞬にしてやることを失った千早は、廊下の窓枠へと()()()()()寄り掛かり、ウンザリとした口調で愚痴を零す。

「よくよく考えてみると、うまい方法だわ。これなら私がノイズを使った所で、

対処しようが無いんだもの」

 今朝、千早が教室に入ると、三人組が昨日きのうとよく似た主張を繰り返していた。

 教師が見張っているあいだは作業を演じて、居なくなった途端に仕事をサボったというのだ。

 だが、他人に推薦されるくらいなのだから、千早が清掃作業を(なま)けるとは思えない。

 そもそも、推薦者(すいせんしゃ)糾弾者(きゅうだんしゃ)が一緒なのはどういう訳だろう。

 そうした疑問もあって、連日の騒ぎに戸惑うクラスメイト達も、なんとは()しに、この状況を理解しはじめていた。

 おそらく千早は、増谷らに(いじ)められて居るのだと。

 背中で窓のアルミサッシに寄り掛かる彼方は、千早のボヤキを隣りで聞くなり、言葉の意味を理解する。

「……そっか。中学校時代、春風さんがあまりに上手く嫌がらせを(かわ)すから、今度は、証拠が必要な意地悪に切り替えたんだね」

「それだけならまだしも、ホラッ……」

 千早の視線をさりげなく追うと、三人組の中では妹分(いもうとぶん)の安本が、用事もないのに、廊下と階段のあいだを不自然に()()していた。

「アレ、絶対に此方(コッチ)を偵察してるよね」

「ああやって私達の動きを監視して、体育館(うら)で悪さをしてる時、仲間に連絡してるのよ」

 首を伸ばして通路の先を(うかが)っていた彼方は、両手を腰に当てて、残念そうに呟いた。

「それであの3人、今朝(けさ)はあんなこと言って騒いでたんだ……」

 千早が不思議そうに目を見開く。

「なんのこと?」

昨日(きのう)、春風さんがちゃんと掃除してる所を、さわちゃん先生に目撃させてたことっ! これでやっと、春風さんの無実を証明できたと思ったのに、『先生が居なくなった途端、急に仕事をサボりました』とか言うんだもん。()(かげ)で私の苦労、ぜんぶ台無しだよ!」

 監視の結果、彼方の妨害(ぼうがい)工作に気付いた三人組は、千早の怠慢(たいまん)をうまく説明できるよう、強引に話を切り替えたのである。

 (ひと)()(ゆび)を立てて不満そうに解説かいせつする彼方の様子に、千早は窓枠から身を離すと、呆れ顔で口元を緩める。

「昨日の放課後、姿が見えないと思ったら、私の知らない所でそんな事してたのね」

 千早の語気から、残念そうな空気を感じた彼方かなたは、調子に乗って()()()()を近付ける。

「あっ! もしかしてその反応、昨日、私がそばに居なくてチョット(さび)しかった?」

 すると千早は、突っ慳貪(つっけんどん)な口調で両手をっぱり、彼方の肩をゆっくりと押し戻した。

「別に(さび)しくなんてない」

「またまたぁ~。強がり言っちゃって」

 そうして二人が廊下で仲良くじゃれ()ってると、職員室のドアから、さわ教諭が出てきた。

 (ほお)に手を当てた(うれ)()な仕種は、快活が()()の彼女にしては、珍しい光景である。

 普段は『さわちゃん』呼ばわりの彼方かなたは、本人の前ともあって、丁寧な言葉づかいで呼びかける。

「あっ、さわ先生だ。……どうしたの? なんか、すっごい悩んでるみたいだけど」

 二人に気付いた沢野は、愁眉(しゅうび)()かずに、沈んだ口調で答える。

「それがね……。このまえ、美化委員の子がコンピューター室を整頓せいとんしてた時、

LANケーブルを傷付けちゃったみたいなの」

 彼方は()(かい)(けい)全般にあまり詳しくないので、千早の方を向いて確認する。

「LANケーブルって、確か、パソコンの(うし)ろに付いてるヤツのことだよね?」

「ええ……。インターネットに接続する時に使う、電話線みたいなヤツね」

 と曖昧あいまいに返す口調からして、千早もコンピューターの知識には(うと)い方である。

 こうした二人のやりとりにつなげて、沢野が言外(げんがい)に相談を持ちかける。

「その線が途中で断線してるせいで、一部の機械が、インターネットに繋がらなく()っちゃったから、今日中に全部、新しいのに付け替えるよう、校長先生に頼まれたのよ」

 なにかを期待する空気と、探るような眼差し。

 これはマズイ。

 間違いなく、話がややこしい方向に向かっている。

 厄介事を()けるべく、千早は手足を伸ばした()()()()()動作で、沢野の横を通り抜ける。

「あっ、そうなんですか。それは大変ですね……。それじゃあ私達、これから5限目の授業があるんで、これで失礼します」

「ちょっと待って!!」

「いいぃ!?」

 千早は(うし)ろからガッチリ肩を(つか)まれて、思わず奇妙な声を漏らした。

「こうなったら正直に言うわ! 放課後、私に代わってLANケーブルの差し替えをやってくれない?」

「ええぇぇぇ……。私がですかぁ?」

「だって、春風さんも美化委員なんでしょ? 同じ委員会の子をサポートすると思って……。ねっ?」

 すると、沢野の(うし)ろに取り残されていた彼方は、肩を怒らせて抗議する。

「でも、さわ先生だって知ってるでしょ? 最近、春風さんは仕事を頼まれ()ぎだって。だいたい、委員会の最中に起きた事故なんだから、そのとき作業してた人か、その場を監督してた先生にまかせれば良いじゃないですか」

 当然の反論に、さわは両手を腰に当てて清々(すがすが)しく言い切った。


『だから私が頼まれたのよ!!!』


 それを聞いたはや彼方かなたは、同時に顔を見合わせる。

 (から)()った互いの視線には、『ああ、そりゃダメだ……』と、失望の色が()()()()と浮かんでいた。

 さわの服装は、(ひたい)にゴムバンドを巻き、上はTシャツ、下はジャージの、気楽ラフな体育教師といった格好だ。

 また、その()()()()()な言動からして、お世辞にも、精密機器の(あつか)いに()けてるとは言えない。

 コンピューターの電源を切る時にすら、いきなり電源ボタンを押しかねない。

 明らかな人選ミスである。

 さわは2人の前で両手を合わせて、真剣な空気で頼み込む。

「お願い! これ以上、機械をダメにすると、私のお給料へ直接(ダイレクト)に響くの!」

 懸命なうったえとは裏腹に、彼方の語気ごきが脱力感に崩れた。

「これ以上って……。さわちゃん先生、アタシ達が入学する前に、何をやらかしたの」

 5限目が近付くに連れて、職員室前の廊下を()()する人が増えてきた。

 これでは、周囲の評判が気になって断るに断れない。

 千早は()(くさ)のようにしおしおと(こうべ)を垂れて、巻き込まれ体質の自分を(あわ)れんだ。

「分かりました。私が代わりにやっておきます……」

 その直後、千早の敗北を()げるかのように、昼休憩ひるきゅうけい終了のチャイムが鳴った。

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