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千早ノイズ  作者: 桜花 山水
1章 【 精神没入 ‐ サイコダイブ 】
4/51

3話

 翌日(いち)げんの学活。

 1年2組では、今日までたなげになっていた委員会決めが(つい)に決行されたが、

日本の中高生の誰もがそうであるように、こんな時、役員決めの立候りっこうりつはすこぶる悪い。

 鏡守(かがみもり)学園の制度上、生徒は一年に一度、必ず何処(どこ)かの委員会に所属する規定きまりがあるのだが、この場合、春風はるかぜはやが立候補しないのは、何に()いても、ノイズの暴走を懸念しての事である。

 彼女としてはぜんの今ではなく、学校生活に()れてきた後半の10月から、至極穏当な委員会に入りたいのだ。

 担任教師の(やま)(ぎし)(たけ)()が、教卓の前で()()きとした声を上げる。

「おぉい……。このままじゃ、いつまでっても話し合いは終わらんぞぅ。誰か、やりたい委員に立候補する者はおらんのか?」

 ウンザリとした空気なのは声だけではない。

 メガネにスーツ姿の似合う(じゅん)サラリーマンと言った風貌から、中年男性の世知(せち)(がら)い心情が()()()()()感じられる。

 担任教師の心からの願いに、教室中央の席で、一人の女子生徒が手を挙げた。

(せん)せーい。推薦なんですけど、前の学校で美化委員をやってたし、美化委員は、春風さんが()いと思いまーす」

 ただいち聞いただけで、素行の悪さを連想させる()(だる)い声。

 千早はその声の正体に、不快そうに顔を(ゆが)める。

 細くしなやかな体型で、モデルみたいな顔立ちが特徴の増谷(ますたに)(あずさ)

 千早と同じ中学校出身で、(ひら)たく言うと、虐め(イジメ)グループのリーダーである。

 彼女以外にも、千早に『(いや)がらせ』をするメンバーが二人いる。

 口から覗く八重歯(やえば)と、他人をうらやむような垂れ目が印象的な安本(やすもと)(めぐみ)

 増谷と同様、はやと同じ中学校出身である。

 彼女の場合、正面切って悪さをしてくる事はないが、そのぶん他人の背中にかくれて責任逃れをしようとする辺り、増谷よりも(タチ)の悪い性格をしている。

 他にも、この二人に引きずられるように、別の学校出身の()(じま)(さと)()(どう)グループに合流している。

 色白餅肌(もちはだ)で、(しも)(ぶく)れした瓜実顔(うりざねがお)。手足は短く、運動は苦手な方だが、三人の中では一番、勉強が出来るタイプだ。

 増谷(あずさ)の無責任な発言に、担任教師の山岸やまぎしは、教卓の上に両手をついて、前のめりの姿勢となる。

「おっ、本当か? もしそうなら春風はるかぜ、こんな状態だし、まんが引き受けてはくれないだろうか」

 千早は一瞬、返事に困った。

 あの増谷が自分にして来るのは、いつもいつも余計なことばかりだ。

 きっと今度も、なにか()からぬ事を企んでるに違いない。

 かと言って、此処ここでみんなの期待を裏切って、これ以上、クラスメイトからの

反感を買うのも得策ではなかった。

 千早は山岸やまぎし担任の懇願へ、いくらか(ども)りがちに承諾する。

「あっ……。ハイ、分かりました。美化委員なら、何度か経験があるので大丈夫です」

「おお、そうかそうか……。それじゃあ済まないが、美化委員は春風はるかぜにお願いしよう。誰か、ほかに意見はないか?」

 いったん推薦が通ってしまうと、いつ誰に、大変な仕事を押し付けられるか分かったものじゃない。

 千早の承諾をかわりに役員決めは一挙に進み、一番大変な学級委員は、眼鏡(めがね)を掛けた大人しい性格の(しも)()()()が推薦で選ばれた。


 そして、その日の放課後。

 美化委員の会議に出席したはやは、自分の担当地区である第二体育館(うら)で、お菓子の空き箱や、ポイ捨てされたペットボトルを(ひろ)っていた。

「あの三人、見た感じ、な~んか(ガラ)が悪そうだったけどさぁ……。本当にこの

仕事、引き受けちゃって良かったの?」

 作業中に浴びせられたその問いに、千早は、足下のゴミを(ひろ)いながらウンザリと返す。

「そんなの()()()()気にしてられないし、どうせいずれは、何処(どこ)かの委員に入らなくちゃいけないんだから、結局は同じことよ」

 平然と返した上で、千早は、ベンチの上で胡座(あぐら)をかいた少女に目を細める。

「それで……。なんでこんな時間なのに、かたさんは此処(ここ)に居るの? なんの部活にも入ってないのに」

 千早が()()()()()()に尋ねると、彼方かなたはニヤニヤと(ほほ)を緩めた。

「エッヘヘ~♪ また、春風はるかぜさんの超能力が見られるかなぁ、なんて……」

いや……。アレって別に、見せ物とか、そう言うのじゃないから」

 脱力から解けたはやは、再び作業の手を動かして、ノイズの特性を淡々(たんたん)と付け加える。

「あの力は暴走状態なら(なん)ともないけど、意図的に使うと、精神力と体力を異常に消耗するのよ。だから昨日の発想みたいに、普段から、ガス抜き()わりに使うのは賛成できないわ」

「へえぇぇ……。あのノイズって力に、そんな制約があったんだぁ」

 納得して(しばら)く、彼方はベンチの上で上半身を揺らして話を引き戻す。

「じゃなくて、今はあの三人のことだよ! 増谷ますたにさんだっけ? あの()とツルんでる感じの二人。休み時間中にも、春風はるかぜさんを(イン)(ケン)な目付きで見てたし、絶対に油断ならないって」

 彼方が力説りきせつするまでもなく、千早は、例の三人組の性格をハッキリと心得ている。

 千早が昨日、彼女らに靴を隠された事情を説明すると、彼方は相変わらずのみっともない姿勢で警告する。

「だったら尚更(なおさら)ダメだって。はやく先生に相談しなきゃ!」

 すると千早は、顔を伏せたまま身を起こして、寂しげに呟いた。

「そんなのムダよ……。証拠がなければ、教師だって取り合ってくれない。……ううん。そもそも、こんな事に関わりたくなんか無いのよ。一人の害者がいしゃ生徒が居て、複数のがいしゃ生徒が居る。教師にとって都合が良い方って、どっちだと思う?」

「そんなの! そんなの……」

 答えなど決まっている。

 力強く反撥したいが、そう断言できない事実が世の中にあることを、楽天的な彼方かなただって知っていた。

 二人のあいだに、重たく()し掛かる沈黙。

 肯定すれば冷酷な現実主義者で、否定すれば、道理に(うと)(ただ)の夢想家。

 どっちに転んだ所で(すく)われない結果だ。

――こんな質問、間違っている。

 千早は自分の卑屈さを後悔すると、黙々と作業を再開する。

 やがて、目に付くゴミを(ひろ)い終えると、それまでの空気を打ち消すように明るく振る舞った。

「さっ! 掃除は終わったし、もう帰るよ」

 気楽に(さそ)ってみるが、彼方は()()()()()()顔を地面に落として、ベンチから動かない。

 自分へのづかいを重ねる友人に、千早は、ホロ(にが)い笑みで感謝を告げた。

「ありがとうね、心配してくれて」

「……うん」

 千早の不憫な境遇を思うと、彼方(かなた)は、(なに)も出来ない自分が情けなく感じて、か(ぼそ)い声で返事をするのが精一杯だった。

 そうしてしょんぼりと(きびす)を返す二人の姿を、校舎裏に面した窓からコッソリと(うかが)う集団があった。

 増谷(ますたに)(あずさ)()(じま)(さと)()安本(やすもと)(めぐみ)の三人組である。

 最初に2人を発見して口火を切ったのは、リーダー格の増谷であった。

「おっ、春風はるかぜかた? あの二人、いま帰るみたいだね」

 単なるひびきに陰気さが増してゆく様子から、じまが意図を察して目を細めた。

「ってことは、もう掃除、終わってるよね?」

 二人の空気に触発されて、安本やすもとめぐみが、ユラリと肩を近付ける。

「じゃあ、っとく?」

 やがて三人は、はや達が校門を出るのを見届けると、あやしい笑みを浮かべて体育館(うら)へと足を向けた。

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