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千早ノイズ  作者: 桜花 山水
1章 【 精神没入 ‐ サイコダイブ 】
3/51

2話

 決定的な瞬間を目撃された千早は、緊張のあまり、全身の毛を逆立てる。

(マズイ……。ノイズを使ってる所をバッチリ見られた!)

 とびきり都合の悪い表情に、(ひたい)から流れ落ちる滝のような汗。

 ()()った笑みを浮かべて硬直する千早に、彼方(かなた)は興味津々の顔を近付ける。

「ねえねえ、今の凄かったね! ブワ~ッと光って、パッと手を開いた瞬間、さっきまで怪我してた小鳥が、あんなに元気になるんだもん……。ねねっ、今のってどうやるの? もしかして魔法とか?」

 両手を頭上に広げて、幼稚園児みたいに(まく)()てる彼方。

 その瞳は、(けが)れなき浪漫(ロマン)によって()()(ぼし)のように輝いていた。

 千早は()()()()間抜け(マヌケ)に口を開け、自身の迂闊さに後悔の沈黙を重ねる。

 何処(どこ)まで見られてたのかと思ったら、なんと一部始終、ガッツリ観察されていた。

 もうこんなんじゃ、全然、一個も誤魔化しようがない。

 瞬間、千早の脳裡に、二つの選択肢が閃く。

 そのうちの一つ、昔のえらい学者はこう言いました。


――世の中にある不思議な現象は、すべてプラズマに通じる……と。


 千早は(ため)しに、その言い訳を口にした状況を想定(シミュレート)してみる。

『ウソ、プラズマ!? てのひらからプラズマ出せるなんて凄いじゃん。()()()()みたい』

 ハイ、超能力者確定(かくてい)

 むしろ超能力という単語からして、魔法よりも真実に近付いてしまったとも言える。

 千早は()(がね)の位置をクイッと正して、残る一枚のカードを迷わず切った。


「無論、()(じな)よ!!!!」

「そんな分かりやすい(うそ)つかないで! 私、こう見えても小学生じゃないんだからね!!」


 やはり駄目(ダメ)だった……。

 目の前の少女は、両手の(こぶし)を胸元でグッと固めて、泣き笑いの愉快な表情でナイスツッコミを返してくる。

 しかも(なに)()に、背が低いことを気にしてるみたいだ。

 大騒ぎのすぐあと、両者のあいだに軽い沈黙が流れる。

 千早の迷惑そうな空気を察したのか、彼方の瞳がわずかに曇った。

「えっと……。たしか、春風はるかぜさん……だったよね? 私、同じ1年2組の(かた)()彼方(かなた)。席は()()()()()離れてるけど、憶えてるかな?」

「ええ。まぁ、なんとか……」

 本当は、まったく憶えていなかった。

 これまでの経験から、入学初日の自己紹介など一切、気に掛けてなかったのである。

 千早が曖昧に返事をすると、彼方かなたは千早の顔を(のぞ)き込んで、遠慮がちに切り出す。

「それで……。さっきの光って言うか、不思議な現象の事なんだけど……。もしかして、ほかの人に見られちゃいけなかったとか? なんか春風はるかぜさん、今も()っごく言い難そうにしてるし」

 今度は、こちらの事情を()()したうえでの落ち着いた問い掛け。

 どうしたものかと、千早の眉間に(しわ)が寄る。

 無邪気な仕種と、(すが)るようなこの態度。

 なにも教えず(だま)っててくれと頼めば、素直に応じてくれるかも知れない。

 千早は其処(そこ)まで考えて、『でも……』、と(うし)()きな思考を(くつがえ)す。

 考えてみれば、そうまでして他者を遠ざける理由はない。

 すべては、超能力の悪用を(いまし)めるための自主判断なのだ。

 なにより千早は、ノイズに目覚めてからの10年間、他人に対して不必要に距離を置くことに草臥(くたび)れていた。

 穏やかな()()まりの下、千早は覚悟を決めたように、鼻から深く息を吐く。

「分かった……。今のが(なん)なのか教えてあげるから、もう少し落ち着いた場所に行きましょう」

 素直に本音を明かしたことで、気持ちが(ラク)になった。

 ここ数年、誰にも見せた事のない(やす)らかな微笑を向けると、彼方かなたも極上の笑みを重ねる。

「ウン♪」


 そうして二人は人目を()けて、校舎裏を西へと進み、第二体育館の裏手で立ち止まる。

 左前方、体育館の敷地北西は、プールに面した細長い休憩場所となっていた。

 千早は、其処(そこ)にたった一脚だけ置かれたベンチに座って、幼児期の体験を語り終える。

「それ以来、私はノイズの暴走を(おさ)えるために、ずっと人付き合いを()けてたの……って、私のハナシ、聞いてるの?」

 気になって隣りを見ると、彼方かなたはベンチの上で上体を折り曲げ、足下の猫に唐揚げを千切って餌付けしていた。

 千早は、一度に2つの突っ込み所(ツッコミどころ)を見付けて、彼方の側頭部を(しゅ)(とう)で軽く打つ。

「ふはっ! もう、いきなり何すんのさ……」

 文句を言うのは口だけで、本当は気になる相手に(かま)ってもらえて、チョット嬉しそうな雰囲気である。

 千早は、相手の長閑(のどか)な空気に目を尖らせて、不機嫌な顔を近付ける。

「あのね……。私、いま結構(けっこう)マジメな話をしてたわよね? あと、校内ではネコの()()けは禁止! 掲示板、見てなかったの?」

 すると彼方は、愛想笑いで両手を前に(かざ)し、()()()の姿勢で場を和ます。

「分かってるって……。ちゃんと聞いてたから」

 彼方の足下で、(エサ)を食べ終えた野良(ノラ)ネコが、「にゃあ」と可愛く一鳴きすると、プールの隣りの左前方、フェンス下の(くさむら)へと身を隠した。

 奥に、金網の裂け目でもあるのかも知れない。

「おっ? 食べ物がないと分かるや(いな)や、早々(そうそう)に立ち去るとは……。こちらとしては少し(さび)しいけど、野生動物としては、その心意気(こころいき)()し」

 彼方は、戦国武将みたいな台詞を口にすると、胸の前でガッシリと腕を組んで

思案する。

「ノイズ、ノイズ。ノイズかぁ……」

 やがて何かを閃いたらしく、千早の方を向いて上機嫌に口遊(くちずさ)んだ。

春風(はるかぜ)()(はや)にノイズだから、『はやノイズ』だね♪」

「勝手に愉快な名前を付けないで」

 千早は、相手の()びやかな空気に感化されて、彼方のオデコを(ひと)()(ゆび)でプッシュ。

 彼方独特(どくとく)の「ふはっ!」という、(ユル)い驚きが漏れた。

「ノイズが暴走すると、周囲にどんな影響を与えるか分からないって言ったでしょ? それがマズイと思ったから、私はずっと人付き合いを()けてたんだから」

 だから自分に関わるな、とでも言いたいのか?

 彼方は、ピンと張られた(ひたい)(さす)りながら、強情(ごうじょう)な千早に不満をぶつける。

「それはさっきも聞いたって……。でも、暴走の原因やタイミングは、大体だいたい分かってるんでしょ?」

「それはまぁ……。ものすごく落ち込んだ時や怒ってる時とか、感情の(おさ)えが利かない時に起きるのは確かだけれど……」

 千早が不安げに答えると、彼方はベンチに引っ掛けた脚を揺らして、能天気に言ってのける。

「そんなの、普通に暮らしてれば()()()()()()だって……。それにさぁ、ずっと

一人で過ごしてるなんて、息が詰まって、しんどくなるだけだよ?」

 これまで他人を気にするばかりで、その発想は思い付かなかった。

 千早は、彼方の意見にこころ()かれて、片手を(あご)に添えて真剣に考え込む。

「無理に一人(ひとり)で居ようとすればストレスが溜まって、それが(かえ)って、ノイズ暴走の原因に(つな)がる……。言われてみると、いちあるかも知れないわね」

 彼方(かなた)自身、そこまで深い意味があったわけではないが、はや本人がうまいことを言ったので、図々(ずうずう)しくも、それに乗っかることにした。

「そういうこと……。(よう)は、暴走させなきゃ良いんでしょ? だったら感情が爆発する前に、制御できる範囲で、()()しに解消していけば良いんじゃないかな? たとえば、さっき春風はるかぜさんが、小鳥を(たす)けてあげた時みたいにねっ♪」

 彼方は言い切りのタイミングに合わせて、両脚りょうあしのスイングを利用してベンチを跳び離れた。

 やがて千早の方へと振り返り、瞳を()らした憂鬱な空気で想いを明かす。

「私ね、ときどき想うんだ……。たまに道路で、車に()かれた動物の死体を見付けた時、『気持きもわるい……』とか言ったり、なんにもしない人のこと。私にもそう言った所があるけど、それって本当に、人として普通なのかなって……」

 普通であっても、そうてきではないだろう。

 彼方かなたはそうした気持ちを引っ込めて、強引に無邪気な笑みを形作る。

「でも、春風はるかぜさんは違ってた。傷付いた小鳥を見て、なんの躊躇(ためら)いもなくたすけてあげたんだもん……。いくら不思議な力を使えるからって、なかなかそういう事は出来ないと思うよ」

 一拍置いて、『テヘッ……』と照れ臭そうに()()()()と、彼方は、人差し指で

笑窪をなぞった。

「なんかコレって、まるっきり友達みたいだね」

「友達?」

「ウン! だって今、大事な秘密を分かち合ってるじゃん」

 彼方に言われて、千早はまれて初めて、友達がどんな存在(もの)かを理解する。


――ああ、そっか……。これが、友達っていう感覚なんだ。


 千早が淡い気分に浸っていると、校舎のスピーカーから部活開始のチャイムが流れた。

「うわっ、もうこんな時間! 私、帰りに寄ってく所があるから、もう帰んないと」

 彼方は、左手首の腕時計で時刻を確認すると、ベンチ横のリュックに慌てて手を伸ばす。

「よっし!! それじゃあ春風さん、また明日、学校でね~」

「……ああ、うん。また、学校で」

 千早は、彼方の勢いに飲まれて、肩の横で片手を無意識に振り返す。

 やがて彼女は自分の動作に気付くと、嬉しさに(ほころ)ぶ口元を、(てのひら)()()()覆い隠した。

――私、誰かが(そば)に居てくれることにホッとしてる……。


 友達ともだち

 相手の方からそう言ってくれたのだから、間違いないだろう。

 これが友達ともだち……。

 初めての友達ともだち

 少し不安で、何処(どこ)かくすぐったくて。

 きっと自分の中で、何かが変わって行くに違いないけど……。


――なんて言うか、満更でもない気分……かな?


 誰にでもなく心の中で強がって、千早は颯爽(さっそう)とベンチから立ち上がる。

 その動きには何処(どこ)かしら、さっきの(かた)()彼方(かなた)を思わせる雰囲気があった。

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