表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千早ノイズ  作者: 桜花 山水
1章 【 精神没入 ‐ サイコダイブ 】
2/51

1話

 私立鏡守(かがみもり)学園の昇降口。

 (はる)(かぜ)()(はや)は、下駄箱の前で陰気な溜め息をついた。

「入学式からたったの3日……。今度のは、思ってたよりも早かったわね」

 落胆の拍子に、後頭部の上で束ねた髪が()()()()と揺れる。

 高校一年目の4月、千早は早くもクラス内で浮いていた。

 友達づきあいの悪い、なにを考えているんだか分からない女。

 同じ中学校出身の同級生から噂は始まり、やがて下らない(いさか)いから虐め(イジメ)に発展する前段階。

 それでも千早は、誰かの影のように地味に徹する必要がある。


 今回は、(くつ)(かく)されていた……。


 普通の()なら、泣いて教師に(すが)るところを、千早は、自分の力だけを頼りに乗り越える。


 ――そう……。あの時、自力で(よみがえ)ったみたいに。



 今からおよそ十年前、幼い千早は、ワゴン車とブロック塀のあいだに挟まれて

仮死状態に陥った。

 その数分後、同じ場所、同じ地点で、千早は(ひと)りでに息を吹き返したのである。

 周囲に人影はなく、救急車が駆け付ける素振りはおろか、警察がきた痕跡すらない。


 (ぞく)に言う、『()()げ』という奴であった……。


 その事故の影響なのか、以来、千早のまわりでは不思議な現象が多発する。

 勝手に物が動き、燃え、実体のない影がごと街を徘徊する。


 ――これはきっと、自分の力が暴走したせいだ。


 (なん)とは()しにそれに気付いた千早は、その日を(さかい)に他人との接触を()け、感情の起伏を抑え込んで生活していたのである。


「こういった時だけね。私の『能力』が役に立つのは……」


 能力とは、千早が幼少期の事故後に目覚めた超能力のこと。

 目に見えず、触れる事すら出来ないが、確かに()()にある存在。


 千早は、その力を身近なものに(なぞら)えて、『ノイズ』と呼んだ。


 眼鏡の奥、するどい輪郭の(まぶた)を閉じて、千早はゆっくりと息を吸い込む。

 やがて、微弱な波動を広域に放射する風景を想像し、その反響音に自身の痕跡を確かめる。


 ――あった……。校舎裏の(くさむら)の中!


 千早は上履きのまま、正面玄関を右に出て校舎沿いを歩く。

 途中、花壇の前に立てられた掲示板には、『校内でのペット飼育禁止!』のドデカイ張り紙。

 校舎の(かど)を右へと曲がり、体育館へと通じる渡り廊下を横切って、校舎裏へとやってきた。

 裏山沿()いを走る緑色みどりいろのフェンス下、草むらの中からしろく真新しいスニーカーを(ひろ)い上げ、下足へと履き替える。

 するとその時、千早の耳が、苦しげなとりの鳴き声を捉える。

 不思議に思って振り向くと、(けやき)の下の乾いた地面に、翼の折れた一羽の(すずめ)が小さく震えていた。

 このままでは、猫に食べられてしまう。

 ――出来(でき)る…………かな?

 なんとなく、()()()気がした。

 千早は、傷付いた小鳥を両手でそっと(すく)()げると、その身体を(てのひら)で優しく包み、心を落ち着かせて目を閉じる。

 小鳥が、翼をちからづよく広げるイメージ。

 特に、骨がピンと伸びた内部骨格の想像を(のう)()(えが)くと、(まぶた)の向こう側が、緑色みどりいろの輝きにゆっくりと包まれる。

 熱エネルギーが生命力へと転化され、指の隙間から(まばゆ)い光が零れた。

 てのひらを氷の中へと(うず)めたような感覚に、千早は勢いよく両手を開く。

(つめ)たっ!!」

 (すずめ)は、千早のすばやい動作に驚いて、空中へと軽やかに()び上がった。


『チチチュン、チチチュン!』


 唄うような暖かい(さえず)り。

 千早の頭上を幾度か旋回すると、(こずえ)の蔭へと身を隠した。

 感謝の気持ちを表していたのかも知れない。

「良かった……」

 千早は柔和な笑みを浮かべると、まだ冷たい掌を口許(くちもと)へと運び、(あん)()の息で温めなおす。

 呼吸の温もりがてのひらを伝い、()()()()()指先をくすぐる。


 ――暖かい……。これが、『生きてる』っていう感覚なんだ。


 そうして千早が、大樹の根元にしばらく佇んでいると、視界の外で誰かの声が聞こえた。

「今、なにしたの……?」

 千早はビックリして、視線をサッと左へ移す。

 フェンスのすぐ横で、一人の女子生徒が呆然と立ち竦んでいた。

 ()は千早よりも頭一つぶん低く、長い髪を頭の両側で束ねた、潑剌(はつらつ)とした雰囲気の少女。


 それが、春風(はるかぜ)()(はや)(かた)()彼方(かなた)の出会いだった……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ