四小節目
「さっき弾いてた曲、僕が作った曲だよね?」
「この曲、時々見る夢に出てきたのよ。きつねくんは、あなただったのね。」
「うん。気づくかなぁと思ってわざと名字は教えないでいたのに、きみは僕のこともあのことすらもぜーんぶ忘れちゃってるんだもんな…まぁおかげでやりやすかったけどね。」
「やりやすかった?」
「復讐、だよ。当たり前だろう。あれ以来、僕の手には傷が残るどころかほとんど動かなくなってピアノなんか弾けっこなかった。片手でやることもできたけど、頭に浮かんでくる曲はいつも両手で弾くもので…僕は二度とピアノには触らなくなった。恨むのは当然、だろう?でもきみの父親はすでに死んでいた。」
あの事件の後、父は自殺した。罰されるのを恐れたのだろうか。私は記憶をなくしたこともあってか悲しくはなく、それどころか妙な開放感があり、自分はなんてひどい人間なんだろうと幼心に思ったものだった。虐待されていたからだと今なら納得できる。
「それで復讐相手がきみに移ったんだ。元を辿ればきみのお父さんは、くーちゃんをコンクールで優勝させるために僕を陥れたんだから。」
響也がだんだん近づいてくる。
「きみを見つけたときは天は僕の味方をしているんだと思ったくらいだったね。初対面のふりをして近づいて、仲良くなってきみの安息地だったであろうこの場所で殺す…筋書き通りにいったね。くーちゃんが早くに記憶を取り戻さなくてよかったよ。」
響也は左手を振り上げ、私の体をピアノの上へと押し倒した。体全体で私の体を、右腕で私の左腕を抑えつけ、彼の左手にはいつのまにかアイスピックが握られていた。
「右手が不自由だから右手をやれないのが惜しいけど、お父さんと同じ方法できみの左手に穴をあけてやるよ、くーちゃん」
迫りくる彼は、残酷なほど綺麗だった。
殺される前なのに、この顔をずっと眺めていたいと思ってしまった。
「響也、最期にお願い聞いてほしい」
「…なに?」
「ピアノを、弾いてほしいの。」
「バカ、僕の右手はもう――」
「私があなたの右手をやればいい。」
私が起き上がろうとすると、彼は力を抜いてくれた。同意してくれたということだろう。
私が右、彼が左側に一つの椅子に座る。自然とあの夢で見た曲を二人で弾いていた。触れ合っていた彼の右手と私の左手は、いつの間にか交差し、繋いでいるかのようになっていた。
「僕、くーちゃんのピアノ、好きだったよ。すごく正確に弾くよね。絶対に間違えることなんかない。それでいて、きみのピアノは今にも泣きだしそうで――あの時は、お父さんに虐げられていたから。今は、なんで?なんで泣きそうな――」
いつの間にか、私の目から涙が零れていた。もうこの音を聴けないんだと思うと、切なくなってしまった。
「私は、あなたの音をずっと聴いていたい。あなたの曲を、全て聴きたい。」
私の命乞いに、彼は黙っていた。何かに対峙するかのように歯を食いしばって、窓から月を見ていた。
突然、彼が目の前にいた。唇が重なっているとわかるのに、数秒かかった。
「くーちゃんは僕の初恋だったって気が付いてた?」
いたずらっ子みたいに、笑う。泣きそうなのを堪えるかのように。
「これから、僕の右手の代わりになってくれないか。」
その後、「二人のピアニスト」と称され世に広く伝えられていったのは、言うまでもない。二人の奏でる音楽は、今にも泣きだしそうで切なく、それでいて心に何か突き刺さるものであった――
最終章投稿しました!
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