三小節目
きつねくん、きつねくん、またあれ弾いてよ。
また、この夢だ…何度となく見る夢、いったい何なんだろう――
ーこの場所に来てほしい―
夢から目が覚めると、響也からそうメールが来ていた。もう何回と数えきれないくらい出かけていたが、いつも迎えに来てくれるため場所を指定されるのは初めてのことだった。住所と地図も添付されていて、夜7時に一人で来てとのことだった。
「何ここ…倉庫?」
地図を頼りに辿り着いた場所は、古い倉庫のような外観をした建物だった。しかし中に入ると意外にも綺麗で、手前にテーブルとソファー、右に簡易的なキッチン、左にはベッド、そして奥にはピアノがあった。
吸い寄せられるようにピアノへと近づく。蓋を開け鍵盤に指を置くと、いつの間にか座って、夢の中できつねくんという男の子が弾いてくれた曲を弾いていた。
突然、頭痛が襲った。キーンと頭の奥で音がして、散らばっている破片が再生していくような感じがした。
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私は、物心つく前から、ピアニストである父に英才教育としてピアノをやらされていた。父はピアニストとして私を成功させたいと熱心に教え、失敗すれば叩かれる毎日を過ごしていた。
父はピアノ教室も自宅でやっていて、私のほかに少人数だったが生徒にも教えていた。そのうちの一人が、きつねくんだった。
彼は、狐石響也という名前で、珍しい名字だからそうあだ名をつけたのだ。私は確か、くーちゃんと呼ばれきつねくんとは他の生徒よりも格別に仲が良かった。
きつねくんは生徒の中でも、一際才能を開花させている子だったと思う。彼は一度曲を聴いたらすぐ弾けてしまうし、譜面通りに弾いているはずなのに、まるで初めて聴いた曲に感じさせる奏で方ができる人だった。対して私は、ただただ譜面通りにしか弾くことができなかった。
きつねくんは私がピアノを好きになるようなのか、ピアノの練習時間以外にこっそり私を連れ出して、きつねくんの隠れ家でピアノを弾いてくれた。自分で作った曲なんだよ、と一日一曲、毎日違うものを奏でてくれる。彼の弾くピアノだけは唯一好きだったし、古びた倉庫の一室は私だけの特等席となり、安息の地でもあった。
ある日、父が生徒たちを家に送り届けている時間帯、私は一人コンビニへと買い物に出た。
帰り道、父と同じ車が停まっているのが見え、その辺りからきつねくんの声がした気がして何気なく近づいてみる。父がいた。電柱に押し付けられ光に照らされるきつねくんがいた。父が刃物のようなものを振りかざす。それがきつねくんの右手に突き刺さるまで、声を出すどころか息すらできなくて、足は地面に縫い付けられたが如く動かなかった。そこで意識が途切れた。11歳の冬のことだった。
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「思い出した?くーちゃん」
響也が、入口に立っていた。月明かりに照らされる彼は、いつにも増して綺麗で、しかし不気味だった。
次話で終わる予定です!
読んでくれている方が楽しんでくれてると幸いです…




