二小節目
きつねくん、きつねくん、またあれ弾いてよ。
流れてくるピアノの音。切なくて、今にも泣きだしそうな音色――。
目が覚めると、頭がズキズキと酷く酷く痛んだ。夢の内容をはっきりと覚えている。11歳の私は、男の子にピアノを弾くようにせがんでいる。二人だけが知っている曲らしいそれを、彼が弾いてくれる。曲まではっきりと覚えていて、少し不気味だった。
支度をしなければ、と鉛のような頭を起こした。
11時、映画館の前に行くと、すでに昨日の彼がそこにいた。飲んでいた最中のことだった。連絡先を交換し、明日映画でも観に行かないかと誘われた。断ることもできたが、彼が断わらせないような何かを醸し出していて、了承してしまった。
「ごめんなさい、待たせた?」
「いや、さっき来たとこだから。行こうか。」
映画館に入ると、疎らながら人がいた。真ん中後方のいい席に座れ、映画が始まるのを待った。
映画の内容はミステリーもので、大まかなストーリーとしては、生まれてすぐ子供が誘拐されるが、18歳になって帰ってくる。覚えているはずない母親を、しかし子供は覚えていた。それは、誘拐犯が実は双子の妹で、姉に嫉妬して誘拐してしまった――というものだった。
「面白くなかったですか?」
映画が観終わった後、遅めの昼食をとっているとき、そう言われた。別につまらなくも面白くもなかっただけなのだが、そんなに顔に出ていたのだろうか。
「すみません、映画に興味がないものですから…」
「そうだったんですか、好みとか聞けばよかったですね。何に興味を持っていらっしゃるんですか?」
「興味があるもの…はないかも。11歳くらいかな、そこから何にも興味が持てなくなってしまって。」
「なぜ?何かあったんですか?」
「覚えてないの…記憶がぽっかり空いたみたいに、何も」
私は、11歳以前の記憶を失ってしまった。冬の季節だっただろうか、起きるとなぜか病院にいて、何一つとしてわからなかった。記憶どころか母の顔すら認識できず、自分の名前すらすぐには思い出せなかったほどだった。
その時は道で倒れていたらしく、病院に搬送され二日ぐらい目を覚まさないでいたが、検査には異常は見られず精神的なものだろうと診断された。以来、記憶は思い出すこともなく今日まで過ごしてきたのだ。
気まずくて話題を変えようと、目に入ったものを言ってみる。
「そういえば、左利きなんですね。」
「あー…僕右利きなんですけど、右手を怪我しちゃって。それ以来力が入らなくなってしまったんです。」
話題のチョイスを間違えたかと面食らったが、彼は気を悪くした様子もなく明るい方向へと話題をもっていってくれた。
それ以来、彼とは頻繁に出かけるようになっていた。付き合ってこそいなかったが、私に何かしら興味を持たせるようになのか、いろいろな場所へと連れて行ってくれた。
彼は響也という名前らしい。彼といるのは、つまらなくはなかった。楽しいとは思わなくとも心地よく、懐かしい感じがした。
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