閑話:龍之介と妖刀
短いです。
その頃、龍之介は一達と同じように自室で欠けた月を眺めていた。
「親分」
「おぉ」
部屋に入ってきた京介に笑いかけ、「すまねぇな」と、徳利と杯を受け取った。京介の足音が去ると、龍之介は横に置いておいた妖刀を手にとり鞘から刀を抜いた。透明な刀身が月光を浴びて、呼応して光る清廉風月の前に盃をおき、波並と酒を注いだ。
「これから、お前さんには俺と同じ道を歩んでもらうことになる。お前さんは、妖刀なんだろう?だから、頼みごとがあるんだ。これから先、もしも俺の目が曇って、仲間を、誇りを蔑ろにした時は、俺を殺してくれや」
笑った龍之介が言った言葉に驚いたのか、刀身の光りは蛍が集まったかのような朧げな灯りへと変わった。
「何だい、妖刀でも驚くことがあるのか」
くくくっと楽しげに笑って、自分の前に置いた杯を呷った。
「俺は極道者だ。人に恨み買うようなことは数知れねぇし、まっとうとは言えねぇ生き方してる。けどよぉ…仁義がなくちゃ、極道者は何になる?人か?畜生か?いいや、何者でもねぇ、ただのケダモノだ」
≪…お主の言う、仁義とはなんぞ?≫
低く伸びる男の声に、龍之介は唇から杯を離して清廉風月を見つめ、「さすが、妖刀だな」と、笑った。
≪答えよ≫
「俺の仁義は、誇りだ。常に向かうは強者、下がることはない。守るべきは己の仲間。それがなくなったら、俺は俺じゃねぇ」
≪故に死を望むと言うか≫
「おう」
≪…解せぬ≫
「ん?」
≪何故、人は死に急ぐ?お主達のような人間は、何故、生き急ぐ?≫
心底不思議そうな声に、龍之介はくしゃりと頭をかきむしり、苦笑した。
「生き急ぐ、か…べつによぉ、生き急いでる訳でも、ましてや死に急いでる訳でもねぇんだよ」と、笑う龍之介に、清廉風月の光は戸惑いに、蛍のようにふわり、くらり、と光る。
「人ってのはよ、死ぬために生きてんじゃねぇ。生きてぇから生きんだ。生きてぇから、必死になるんだ。お前さん等からみたら花みてぇに短い、その一瞬を懸命に生きようとな」
≪…懸命に、か≫
「それが、お前さん等から見ると死に急ぐように見えんのかもな」
どこまでもまっすぐな龍之介の言葉…その瞳の澄んでいること、清廉風月の心は、妖刀と言われ、人の手を渡り続けていく中で、初めて心が凪いでいくのを感じた。
静かな空間で、龍之介は新たについだ酒に手を付けず、ただじっと清廉風月の言葉を待っていた。
今まで、こんな人間はいただろうか…どの人間も、手に入れた者は、病により、死を悟り、早死するか、心がすさみ崩れていく…どの人間も「己は、ずっと澄んでいられる」と、心の奥底で思うのだ。
それなのに、目の前の男は、いつか自分がそうなった時を考えている。あまつ、殺してくれと、その潔さ。
≪良かろう、お主が己を見失ったその時は、吾が殺してやる≫
「あぁ、ありがとよ」
月の光を浴びて、くしゃり、と、幼子のように笑う龍之介に、妖刀と言われた清廉風月は、願わずに入られなかった。
「飲もうや!」
そう言って、清廉風月に波々と注いだ酒を差し出し「ん?刀ってどう酒飲むんだ?ぶっかけていいのか?」と、徳利を持って首をかしげる幼子の様な龍之介に心の中でため息を吐いた。
≪…柄には掛けるなよ≫
「ん?あぁ、ベタベタになっちまうからか?」
願わくは、この男の目が曇ることがないこと…己を見失う日がこないことを、いるかも分からぬ神に願った。