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4話

 そこら中に穴の空いた冷たい床に、風の吹き抜ける壁、天井からは雨漏りが酷く、雨の日は濡れないように丸くなるので精一杯だった……ここを彼女は知っている。

 そして、彼女は、これが夢であることも理解していた。


(……あぁ、この夢か)


 彼女……卯月が微睡む意識の中で呟いた。

 

 一日一食。いつの間にか、毎日同じ食事が扉の前に置かれ、最低限の世話をしてもらえる空間……そこが記憶の中で一番古い彼女の住処だった。


 父・母は……否、多分これがそうなのだろうという人はいた。

 とはいえ、彼らは特に理由もなければ彼女の前に姿を表さず、一ヶ月二ヶ月姿を見ないことはザラであった。確かに生物として彼らは親であると理解はしていたが、しかし、彼女が顔も声も覚えてはいなかったのは当然のことだったし、ソレを親というものと認識するには無理があっただろう。


 父は……どうやら私の持つ能力を気味悪く思っていたらしい。

 私が見る未来は辛く悍ましい物だった、それをバカな子供だった私はツラツラと喋ったのだ……私の話したものが現実になるにつれ、私はひとりになって行った。


(どうやら私は悪い子らしい)


 そう彼女が初めて思ったのは物心がついたころだった。


『気味の悪い子だ』


 この言葉を呟いたのは誰だったのか。

 ……今となっては判断できないが、その言葉こそ私が思い出せる、初めて人からかけられた言葉であった。


 ただただ虚ろで、生命活動だけ行う、そんな無為な時間を沢山過ごした。

 幸運だったのは、この頃私は有意義な夢を見ていたことだ。


 夢見ていたのはパソコンを操作する未来の私。

 それを見て真似るようにして知識を身につけた。

 そして、その夢を見ているうちに私も実際に触ってみたくなった。


 まずはパソコンを手に入れなきゃな……


 幸運なことに外に出ることは難しくはなかった。

 バレたら折檻はあったが、ソレほど厳しいものではない。

 私は夜な夜な外に出て、不法投棄されたゴミの山からパソコンのパーツになりそうな……使えそうなモノを調達し夢の模倣をする。


 初めて完成させたパソコンは、正直完成とは言い難い不恰好なものだったが、しかし心の底から嬉しかった。

 そのパソコンを家の近くの無線LANへと勝手に接続する……そのとき私の世界は広がった。私の虚ろな世界に色がついたのだ。


 夢で見た知識と技術を元にいろいろなことをした。

 悪いこともしたし、きっと多分、いいこともした。


 年月が経ち、どうやら父と母の間に私の妹ができたらしいと、外で誰かが話しているのが聞こえた。

 その妹はきっと父の望む力を持っているのだろう、だとしたら幸せな家族に私はいらない。

 それに、殺さずに、放置せずちゃんと世話をしてくれた……こんな私にここまでしてくれている、この家にこれ以上迷惑かけれないと思ったし、単純に外への憧れも強かった。


 そして、この頃から夢の中に時折、見知らぬスーツの男の人が現れるようになった。

 その人と未来の私はすごく楽しそうだったのを覚えて居る。

 もしかしたら、私の能力が良い未来を見せて居るのか?……だとしたら、これは未来に起こり得ることなのだろうか? この人はこの世界の何処かに居るの?

 会いたくなった。


 もしかしたら、この力の変化のことを父に話せば、私を受け入れてくれるかもしれない。

 ……という思いは、このときにはもうなかった。


 この頃にはある程度、外の知識を得ていたし、出てみたいとも考えていたし、ある程度技術で食べていく目処もついていた。

 綿密に計画し、実行に移す準備を整える。


 寝床、金、外部の情報……

 揃えなければならないものが沢山あり、現状の生活の不便さ、自身の基礎体力の壊滅的な低さも踏まえて、万全に準備するまでに結局数年を要した。

 

 決行当日、迷いや不安といったものに押しつぶされそうになっていた私を奮い立たせたのは、やはりあの夢であり、夢の中に登場するスーツの男性だった。


『■■、遅かったな』

『遅くないです、時間通りです』


 どこか幸せそうに会話する未来の光景が私をあと押した。


 外に出て少ししてから、某掲示板で謎のハッカーの噂を知った

 その噂の中、いくつかは実は私の仕事で何というか照れ臭かったけれども、自分のした仕事ではない眉唾なものも多かったのを覚えてる。

 そして、何人かのスレ民がそのハッカー……私をこう呼んでいた。


【卯月】


 この名前について調べてみると、確かに私がした仕事もこの【卯月】がしたことになっているが、どうやらこの名前自体は自分の生まれる以前から存在したようだ。

私の仕事が目立ったせいか最近になって少し話が大きくなって掲示板等を騒がせているようだが…

 

(この名前にしよう)


 丁度、自分の名前を決めようと考えていた私にとって都合の良い名前だった。

 しかし、私の中で何故かその響がしっくりと来るものがある。なぜだろうか?


 私の名前が卯月となった。


 このころから夢のリアリティーが増した。

 夢に現れるスーツの男性と、その傍にたつ自分……正直、憧れた。

 なら私は、この夢に至れるように、この未来にたどり着けるように生きてみようか?


◆◆◆


 車体がガタンと揺れる、その振動で卯月が被っていたブランケットがずり落ち、彼女も目を覚ました。

 今まで、なにやら夢を見ていた気がするけど……

 卯月は眠気まなこを擦りながらウィンドウの外を見やる。


 そこは、先ほどまで卯月達が居た高天市たかあましの市街地では見ることのできない、鬱蒼と木が生い茂る、薄気味悪さすら感じる山道であった。

 道路の舗装もあまり行き届いていないようで、先ほどから車体がガタンガタンと揺れ、卯月のその小ぶりなお尻が何度も浮き上がる。


「ちょっと、オタ!?

 もっといい道なかったの?」


 運転席に座る虹羽は、ヘッドライトの先、車一台分の道を器用に走行させながら。


「おや卯月殿、お目覚めですかな、おはヨーグルッペ」

 

 とか、呑気なことを呟いた。

 その言葉を聞いて卯月は自身が寝て居たことを思い出す……不覚だ。


 バックミラーに映る虹羽のまゆが困ったようにハの字になる。


「あー、道なんですがな、ちと無理ですな。

 拙者もグーグレ先生で何度も検索したんですがな、上も下もこの道しかござらんなぁー南無」

「……まじか」

「ざっと、あと30分くらいですかなー」


 虹羽の答えに卯月はぐったりと座席に背を預けた。

 こんな振動がまだ続くの?……無理。


 ネットサーフィンしてたら絶対酔うし、他にすることなんてないし、卯月は暇で仕方なかった。

 卯月は何かを諦めた様子でそっと瞼を閉じる。

 彼女はしばし思案する。

 これからの車内、無為に過ごすより多少コミュニケーション取っておいた方がいいか?


 卯月にとって虹羽は面倒な足枷でしかない。

 しかし、彼と組むことになってしまい、女上司も気にしているかもしれない仕事、どんな些細なヘマもしたくなかった。

 卯月は渋々といった様子で彼とコミュニケーションを測ることを決意する。


 この私が、他人とのコミュニケーションを、自ら、決意した。

 ……宇喜多さんが聞いたらあのポーカーフェイスを崩すに足る話だろう。

 卯月は内心ニヤリとしたり顔をしたが、表面に出ているのはぎこちない笑みだ。


 なぜなら、ここ最近……と、いうより、実は、生まれてこのかた、宇喜多とあと一人くらいしか、まともにコミュニケーションを取ったことがない。


 業務的な会話や、女上司にしてようなその場その場に必要な受け答えならまだしも、”他愛のない会話”などましてや”自分から会話を振る”なんて考えたことすらなかった。


 故に卯月は、今更ながら会話の切っ掛けを掴めずにいた。


(なんて話しかければいいの?

 良い天気ですね…… お世話になります(します)…… お仕事頑張りましょう…… ご趣味は…… 最近どうですか……

 ……だ、だめだ…… 検索したい……)


 卯月が思考に耽っていると、ふと、寝る前に虹羽が言ったあるフレーズが引っかかった。


『なぜ、この世界に足を踏み入れちゃったのですかなー』


 彼女が微睡んでいるときに彼の言ったセリフだ。

 今にして思えば卯月としても虹羽の存在は不可解だった。

 彼は、なんというか外見や性格や口調はどうあれ、組織に……実働に在籍するにしては普通・・に卯月には映ったのだ。何というか、似つかわしくないなと。

 

 組織に保護されているのは分かる、しかし、いくら汎用性の高い能力だったとしても自分の命を危険に晒すのは何でだろうか?


 卯月もよくわかってないのだが、実働に居る人間は宇喜多や女上司に見出された以外に、皆何かしらの理由があると聞いた。

 たしかに、実は実働の仕事をこなす報酬だけでも多額だったりはするし、組織やその関連団体で融通が利いたりするらしい。

 ただ……たったそれだけの理由で命を危険に晒すのか?


 卯月は正直、宇喜多の役に立ちたい一心で実働に入ることを希望していた。

 しかし、目の前で車を運転する男からは、組織への忠誠も宇喜多への恩があるようにも見えなかった。

 いや、寧ろ、そういったもの以外の理由で働くのが普通なのだろうか?

 

 ……そうだ、なんで組織に入ったのか、実働に在籍しているのか聞いてみよう。

 会話の切り出しにしては悪くはない話題だろう。


「ねぇ……オタはどういう経緯で組織に入ったの?」

 

 卯月が自然に……引き攣った笑みを浮かべ、ワントーン声の調子を狂わせながら聞くと、虹羽は『うーん、そうですなぁ』と唸り始めた。


 あれ……もしかしたら聞いちゃいけない話だったか?

 卯月の額に嫌な汗が流れる。

 理由はわからないが言いにくいのかもしれない……不味った。


「あ、えーと……言いたくないならぁ……」

「拙者はですな」


 虹羽が急に喋り出し、卯月は咄嗟に出そうとしていた言葉を噤む。

 急な出来事であったから、他から見たらみるからに挙動不審だろう、しかし虹羽は聞いていなかったのか気にしていないのか、特段そこに突っ込むことはなく続ける。


「駅前で献血受けてる時に、血液検査で能力者ってことが解って、組織に保護された感じなんですな。黒服の人に囲まれて拉致られた感じー」

「けつえきけんさ? あーー」


 卯月は虹羽の言った単語を口の中で反芻する。

 血液検査……そういえば組織の資料の中に気になる記述があったのを思い出した。

 

 組織の行う能力者の捜索は、大きく分けて2種に分類される。

 一つ目は【探知能力者】の使用。能力者の中には少数ながら、『能力者を見つけ出す能力・能力者と一般人を区別する能力』を持つ者が居り、その人たちが交代制で能力者捜索を行う方法だ。

 この探知能力者の情報は組織……能力者を保有する全ての団体にとって極秘事項であり、その詳しい情報は卯月にも知らされていない。また、彼等にも一定の使用条件のようなものがあるらしく、一気に日本全体を探知すると言った手段はできないらしい。おそらく今回の仕事で能力者を見つけ出したのは彼等の仕事だろう。


 二つ目は【血液検査】である。

 探知能力者の観測結果とは別口で、専門家が装置を用い、血液から能力者を判別する方法である。

 この時用いられる装置には、【超現実石グレイプニル】といった特殊な鉱石が組み込まれており、その鉱石には理由は不明ながら、いかなる能力をも抑制する効果がある。

 故に能力者である以上、一定量のグレイプニルが存在する空間での能力使用は困難であり、多量の暴露で死に至る可能性がある。

 しかしながら、グレイプニル自体が非常に希少性の高い鉱物であり、その入手ルートが女上司のみであることと、安定した加工方法が確立されておらず失敗すれば効果を失ってしまうことから、現状の組織が保有し使用しているものも最小1m弱の原石のままである。

 血液検査では、グレイプニルが組み込まれた装置に採取した血液を設置し、その反応を観測することにより能力者と非能力者を区別する。

 とはいえ、献血に偽装して行われているなど初耳だが……


「卯月殿も血液検査でござる?」


 虹羽が聞いてくるが、卯月は小さく首を振る。

 そして、自分が組織に保護されたときのことを思いだし、小さくため息を吐いた。


「私のは、その、割とバイオレンスだったから……」

「ヒェー、怖いですなー」


 虹羽は戯けた様子で笑うが、卯月にとってあの日の出来事は忘れたくても忘れられない類のものであり、正直、血液検査で発見され黒服に包囲されたほうがマシだ。


「それで、オタはなんで実働にいるの?」


 小さい力でこめかみを抑えながら聞く。

 虹羽はここでも少し唸った。


「いろいろ理由はあるのですがなぁ、やはり一番の理由は金ですな」

「……お金?」


 卯月は、金という単語を聞き至極不思議そうに首を傾ける。

 彼女にとって、金銭は然程執着に値しないものであり、それを得るために命を危険にさらすなど、やはり理解に苦しむ内容であったのだ。

 まぁ、一般的な価値観として金銭が重要なのはわかるのだが……やはり、なんというか、多少の落胆のようなものはあった。


 一拍おいて、卯月はもう一度聞く。


「本当にお金のために命を危険に晒すの?」


 それを聞いた虹羽は一瞬キョトンとし、スゥッと息を吸い込み捲し上げる。


「あったぼうよ!! やはり、若いうちは稼いでなんぼですからな。

 グッズ買うのも、虎穴にはいるのも、課金するのも、フィギュアかうのも、聖地巡礼するのも、握手会いくのも、パソコン揃えるのも、飯を食うのも、家賃払うのも、行きもしない大学の学費払うのも、全部全部お金あってのこと……拙者は、拙者の貢いだ金で推しが幸せになるのならば、それだけで命をかける、そんな男でござる!!」

「大学はいけよ」


 あまりにも予想の斜め上を突き抜ける俗物的な回答に、呆れを通り越してツッコミまで入れてしまった、不覚だ。

 卯月はジトっと、虹羽を睨むが、彼はそれから誰も聞いてもない推しの話しをし始めている。


(なんなのコイツ)


 卯月は考えることをやめ、コミュニケーションをはかることをやめ、座席をゆっくりと倒した。


◆◆◆


 それからしばらくして車はゆっくりと停車した。

 卯月はゆっくりと身体を起こし、フロントガラス越しにヘッドライトに照らされて見える建物を確認する。

 それは、赤いレンガで作られた二階建ての西洋風の建築物であり、壁面に蔦が生い茂り、所々壁が崩れかかって居り、庭には雑草が生い茂っているものの、本来は立派なお屋敷であることが窺えた。

 しかし、そこから漂う空気は異質なものであり、森のなかで薄暗いことと、山の湿ったジメジメした匂いのせいでもあるのだろうが、その雰囲気は心霊スポットのようであった。


 卯月はその外観を見て、緊張とも恐怖ともいえる感情に押されていた。

 気概はある、しかし、それとは別に喉が乾き呼吸が乱れる。心臓の鼓動が早くなるのを自覚した。

 

 虹羽がバッと卯月の方に振り返り、強張った表情を浮かべ、屋敷の方をプルプルと震える人差指で指す。


「え、まじで、これに入るんでござる?

 冗談キツイですぞー、まじで、絶対こわいの出るやつですやん。

 とりあえず拙者、オカルトとかナンセンスなものは信じない方向で生きてきたので、こういった見るからに出そうな空間とは縁遠い人なのですな、うん。

 ですからココは一つ卯月殿だけ行っていただいて……」

「……い、いいけど、ここで一人で留守番する方が怖いと思うよ、それでも残るの?」

「例えどんな苦難が待ち受けようともお供するでござる」


 未だ緊張や恐怖はあるものの、虹羽の狼狽した様子を見て、卯月は少しだけそれらがほぐれるのを感じた。

 卯月は身につけた特殊警棒を、何度も確認するように握りしめる。

 そこにあるのは、ずっしりとした重い感触。その鈍器の重みは、しかし、卯月の心を落ち着かせるのにはちょうど良かった。


(しっかりしろ、私。

 オタを守った上で、能力者を捕獲し、夜野幸造の手がかりも掴む、絶対に最高の状態を報告してみせる)


 深く深呼吸を一つする。


「オタ、行くよ」


 卯月の言葉に虹羽はぎこちない笑みを浮かべ、そっと、ヘッドライトを切り懐中電灯を灯した。

 懐中電灯の明かりが、そんなに大きくはない範囲を照らし出した。そこに見える空間はどうも頼りなく、周囲の闇がそれに比例するように恐ろしく感じる。

 卯月は自分の懐中電灯も灯し、車のドアを開け地面に足をつけた。


 地面は少し湿っているようで、ぬかるんでおり泥で靴が汚れ、すこし歩きにくさを感じる。

 卯月は不快感を感じながらも屋敷の玄関に向かって歩を進めた。

 彼女の後ろから、慌てた様子で虹羽が追いかけてる。


「うぁっと!!」


 後ろから響く大きな声に、心拍数が急に上がり、何事かと卯月は驚いて振り返り特殊警棒を構えた。

 

 そこには大股を開いて転けかけている虹羽の姿があった。

 彼はなんども息を吐き『セーフ、セーフ』と呟いている。

 卯月は辛うじて転けていない彼のそばまで行くと、そっと特殊警棒で突いた。


「うぎゃす!!」


 ドテンっ!!……と、いった効果音がつきそうな感じで虹羽は地面に倒れた。

 

 まったく人騒がせな。

 卯月は少し怒りながら、踵を返し玄関へと向かう、そして……


「へぁっ……!!」


 なにかに躓き転けそうになった。

 卯月は、虹羽の二の舞になるまいと踏みとどまり、何事かと懐中電灯で足元を照らす。


 そこには車の轍があった。

 泥が固まってしまっており、草が生い茂って居ることもあり、注意して歩かないと本当に転けてしまいそうだ……まぁ、転けそうになったのだけど。

 よく見ると、周りの草も踏み倒されて居るようで、変な折れ方をしているものも見受けられた。


「車?……こんな山奥に?」


 懐中電灯で周囲を照らすが、周囲には卯月たちが乗ってきた車以外見当たらなかった。


(ここ数日の間に誰かが車で来た……?)


 卯月はその考えに至り思案する。

 

(端末を用いて、近場の監視カメラをハックして、こっちの方角に来た車を特定してもいいのだけど、ちょっと時間かかるな……多少時間かかるけどバックグラウンドで動かして解析させとくか?

 しかしこんな森の中に監視、防犯用のカメラなんてあるのか?あったとしても恐らく遠すぎるか……)


 卯月は端末に伸ばしかけていた手を止めた。

 

(……実働の仕事が優先だな)


 卯月が真剣な面持ちで轍を睨んでいると、のっそりと虹羽が起き上がり、恨めしそうに卯月を睨んだ。


「ひでぇですぞ、せっかく踏みとどまったのにぃー」

「変な声出して驚かせたアンタが悪い」

「そんなー」


 そんな雑談をしていると遠くの方からエンジンの駆動音がきこえた。

 まるで森が泣いているかのように聞こえるそれは、徐々に近づいて来ており、遠目からでもヘッドライトの光が大きくなって来ている。

 卯月は瞬時に身構え、警戒しながら車の影に身を隠す。虹羽はキョトンとし、何事か理解していない様子だったが、卯月の様子を見てそれに続いた。

 

(こんな時間に、こんな場所に一般人?それとも……)


 卯月は警戒しつつ、やってくる車両の到着を待った。


 その車は速度を緩めず、卯月たちが乗って来た車両の真横に停まった。

 車は、車高を低くした黒のミニバンで、車体の下から7色のライトの光が漏れている。カーオーディオの音は車からダダ漏れであり、流れている音楽はとても騒がしいものであった。

 ミニバンから流れる騒音が止まり、ヘッドライトが消えると、運転席から男性が出てくるのがわかった。


「おい、ついたぞ、降りてさっさと肝試しいこーぜ」


 運転席から出て来た人物が後部座席に声をかけると、後ろの扉が開き2名の男女、助手席から女性がひとり降りてくる。

 

 卯月はその様子を見て内心焦りを感じていた。


(え、なんで? 民間人? 部外者? え、うそ……)


 卯月は深呼吸を一つし、心を落ち着けてから車の影に隠れつつその風貌を確認する。


 ミニバンから出て来たのは総勢四人。

 運転席から出て来た茶髪の青年と、助手席から降りて来た長髪の小柄な女性、あとは後部座席から出て来た二人……メガネの痩せ型の青年と、ぽっちゃり体型の女性の計四人だ。

 卯月は、その四人に不快感を示しつつ、警戒しながら思案する。


(なんなのこの人たち?

 ……肝試し?

 こんなときに? 勘弁して……)


 卯月はめまいを感じつつ大きくため息を吐く。

 肝試し? もしかしたらこの屋敷、心霊スポットか何かなの?

 だとしたら、先ほどの轍も説明がつくな……定期的に民間人が出入りしているのかもしれない。

 頭が痛くなって来た。


「なんなのですかなぁ、あのDQN共。

 まじあれ、リア充? 拙者の嫌いな人種共でござる」

「オタ、黙って。考えてるから」


 この状況どうするべきか……民間人に組織の存在が露見するのは論外。警告して引き返させる?……駄目だ、オタと喋るのにも苦労している私が、あんなリア充の化身みたいなのと? 笑えない。


 卯月が頭を抱えていると、茶髪の青年が懐中電灯をこちらに照らす。


「おい!!そこ、誰かいんのかぁ!?」


 茶髪の青年が警戒した様子で声を荒げながら近づいてくる。


(た、畳み掛けて来たぁ……)


 やばい、完全にこちらに注意を向けている……まぁ、乗って来た軽四もあるし当たり前か。

 混乱する脳をフル回転させ、卯月はそっと呟いた。


「こうなった以上仕方ない、民間人に組織の仕事なんて言えるわけないし、かといって隠れ潜む訳にもいかなさそう……仕方ないから、あの人達と一定の距離をとりつつ仕事、する」

「デジマっ!?

 拙者、あのような方々と接するのは宗教上の理由でちょっと……」


 卯月は虹羽を鋭く睨む。


「ワガママ言わないで、私だって本当に苦肉。あと、あんまりふざけてると宇喜多さんに報告するよ?

 一字一句完璧に正確に」

「こ、この、チクリスト!! ウッキーの手先!! 小悪魔!! 二次元クオリティ!!」

「……とりあえず、宇喜多さんをよくそんな風に呼べるね?

 報告されたくなかったらオタが対応する、早く。肝試し来たとか言えばいいから」


 卯月が冷たい笑みを浮かべながら急かすと、虹羽は引き攣った笑みを浮かべながら茶髪の少年の前に姿を表した。

 卯月も肩を落としながらそれを見守りながら、虹羽の後ろに隠れるように続く。


「す、すいません、で、ゴザルゥ。

 ついつい、習性的な問題で隠れ潜んでしまって……いやぁ、デュフフ、まじ不審者。

 拙者たち、ここに肝試しに来たのですがな、決して怪しいものではないので通報だけはやめてクレメンス」


 虹羽が冷や汗を垂らしながら口早に喋ると、茶髪の青年は見るからに不機嫌そうな顔をし、懐中電灯の光を虹羽の顔に向けた。


「あ? なんなのアンタら?」

「いや、あの、その、だから、えっと……今、財布には小銭しか入ってない感じでして。

 いやいや、カツアゲ違う!! 違うのですぞ、うん、頑張れ我。

 いや、その、だから拙者たち肝試しに来た感じでして……」

「はぁ?」

「ごめんなちゃい!!」


 虹羽がいきなり謝りだした。

 卯月がギョッとして虹羽の顔を見上げると、彼も冷や汗をダラダラ流し、顔を引きつらせていた。

 咄嗟に助け舟を出す。


「う、うちのオタが挙動不審ですいません!!

 私たちも、その、肝試しに来たんです。そうしたら思いの外怖くなって……躊躇してたらみなさんが来て。

 ほ、ほら、不法侵入(?)とかあんまり人に見られたくなかったので、つい隠れちゃって」


 卯月は咄嗟に当たり障りのない嘘を吐く。

 組織の存在は秘匿されるべきものであり、民間人に知られるわけにはいかない、本来ならバレないように隠密作業したい所だが……しかし、それが叶わないならアドリブで虚を演じて相手を信じさせるしかない。


 それにしても我ながら名演技ではなかろうか?

 心臓がバクバクいってるし、喉もカラカラだけど……うん、気にしない、私頑張った。


 茶髪の青年は訝しむように卯月を見ていたが、虹羽のほうに視線を向けて、吐き捨てるように呟いた。


「けっ……ん、だよ。先客がいんのかよ、そういうのマジ萎えんだよなぁ」


 卯月は苦笑いを浮かべた。

 虹羽も、内心ほっとしたのか、おどおどした様子で笑っている。

 

 その様子を見て、茶髪の青年が警戒を解くのが感じられた。

 後ろの三人の様子をうかがう。

 もう一人の、メガネの青年がこちらを気にしているようで近づいて来ている。残り二人の女性は一見して、こちらには意識を向けず談笑しているように見えた。

 

「ワタル、どうしたの?」


 メガネの青年が聞くと、茶髪の青年……ワタルと言われた青年が面倒くさそうに答える。


「マモル聞いてくれよ、先客がいたんだよ、マジありえねぇだろ?」


 マモルと呼ばれた青年は卯月を一瞥すると、一瞬キョトンとした様子で見て、優しげな笑みを浮かべワタルを宥め始めた。


「まぁまぁ、心霊スポットなんだから肝試しの先客だっているよ。

 お互いに気にせずに行こうぜ、な?」

「……マモルが言うなら仕方ねぇが。

 おい、ナツキ、ヨーコ!! さっさと肝試しいくぞ」


 ワタルは渋々といった様子で承諾し洋館の玄関へと向かう。

 マモルも卯月に一回会釈してからワタルに付いていった。

 残った二名の女性(話の流れから、ナツキとヨーコか)も合流し、ワタルは扉に手をかけつつ動作を止め、卯月の方に振り返る。


「おめぇら肝試しなら二階から回れよな、俺らは一階から回るからよ、邪魔すんじゃねーぞ?

 つーか、怖えなら怪我する前に帰れや?」


 少し声を低くして吐き捨てるワタルに、卯月は苦笑いを浮かべる。

 

(え、怪我とか心配してくるあたり、実はいい人なのか?

 でも、ガラ悪いし、怖いし……)


 虹羽をちらりと見る。

 虹羽は萎縮してしまっており、まともに話せそうにない……卯月は仕方なく口を開く。


「わ、わかりました、二階ですね。

 お互い良い肝試しにしましょう。はい、怪我しないように頑張ります」


 ワタルは、卯月の返答に鼻を鳴らすと、他三名を引き連れて洋館へと入っていく。

 卯月は、民間人の乱入等不足の自体に頭を抱えそうになりながらも、その後少ししてから虹羽を急かし洋館へと足を踏み入れた。


「……良い肝試しっていったいなんでござる?」

「う、うっさい、キリキリ歩く」


 洋館へと足を踏み入れた際、卯月の視界が大きく歪んだ。

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