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3話

 1時間ほどして、事務員の女性が卯月と虹羽に声をかけてきた。

 どうやら支給品の準備が整ったようだ。1階に準備してあるので取りに行って欲しいとのこと。

 支給品……どのようなものが支給されるのか検討もつかないが、正直に言うと卯月は内心ワクワクしていた。

 宇喜多と一緒に過ごし、その間に彼から叩き込まれた射撃。その真価をやっと実戦で試せると思ったからだ。

 気分良く一階におり担当者から物品を受け取る。


(組織ではどんな銃が支給されているんだろう。そう言えば聞いたことがなかった。普通に考えてオートマチックか? グロッグ、ベレッタ、トカレフ……

あぁ、でも宇喜多さんのはリボルバーだし…)


 銃が支給される前提でそんなことを夢想していたが、しかし、組織からの支給品は思いのほか質素なものであった。

 能力多用時の鎮静剤1回2人分、白の軽乗用車の鍵1つ、懐中電灯2つ、硬質プラスチック製の特殊警棒1つ……卯月は差し出された支給品と、配給担当の女性職員との顔を交互に見て、『……ん?』と声に出しながら小首を傾げた。


「あの…、これ、本当に私たちへの支給品であってます?」


 卯月がおどおどと聞くと、女性職員はコクリと頷いた。


「実働の仕事に出るんですよね、私たち…その、銃…とか…は……?」


 卯月の言葉を聞くと女性職員は少し困った様子で『今回の支給品には含まれておりません』と返答した。

 まじか……あれだけ能力者を相手にする危険性とか、命が、という話をしておいて、支給品がコレか。

 なんというか、先ほどまでちゃんとした支給品を期待していた私がバカみたいじゃないか。

 卯月が行き場のない憤りを感じている最中、遅れてきた虹羽が支給品を漁り始めた。


「ファーすごいですなぁ、拙者、特殊警棒とか初めて触ったでござるぅ。

 卯月どの? この特殊警b……否、エクスカリバーなのですが拙者が装備しても?」


 卯月は深々とため息をついた。

 この男はもっとこう、真面目にスマートに生きてはいけないのだろうか?……いけないか。無理か。

 

 それはともかく、武器をどちらが持つか、だが…

  ……ん? そういえばコイツの能力ってなんだ?


「ねぇ、オタ……あなたの能力って何なの?」


 口に出してから、虹羽のことをいきなりオタク呼ばわりしたことに気付く。

 卯月は少ししまったと思ったものの、虹羽は『拙者の能力ですかぁー、むむむ、能ある鷹は爪を何とやらというのですがなー、卯月殿がどうしてもというのなら〜』とか言ってるし自覚あるみたいだし、まぁ問題ないだろう。


「拙者の能力はですな、俗に言うパイロキネシス……発火能力でゴザルよ。

 ただし、ただの発火能力と侮るなかれ……拙者の力量次第である程度は炎を操ることも出来る、とんでもファイヤーな代物なのですぞい」


 虹羽の答えを聞いて卯月は固る、彼の能力を聞き、理解するのに数秒の時間を要したのだ。

 そして、理解してから眉間を抑える。


(まじかコイツ…、超自然系能力者……?

 しかも、ある程度の操作も可能……、そっかぁ、まじかぁ…)


 能力……と、一括りしても、その中には幾つかの小分類が存在する。

 その中の一つを、宇喜多を含めた組織の人間は【超自然系】と呼んでいた。

 超自然系能力者とは、水流を操ったり、植物の成長を早めツタなどを操ったり、何もない空間から氷を生成するといった、自然界にあるものを操作することを主体とした能力だ。

 そしてそれらの能力は往々にて強力かつ、汎用性の高いものであり、能力者の力量一つで大化けするといって過言ではない。


 先ほど虹羽が口にした発火能力は、まさしくこれに該当する能力であり、宇喜多さんが私とコレを組ませた理由も発火の単純火力を期待してのものだろう。

 私の能力である未来視は言ってしまえば補助的な要素が強く、攻撃手段がない状態では、もし戦闘となった場合動きにくいのは確かだ。

 だからこそ銃が欲しかったのだが……ないものは仕方がない。


 卯月はジトッと虹羽を見ながら呟いた。


「で、何で"単純な戦闘力"であるあなたが、私を差し置いて武装しようとしてるの?バカなの?」

「バカとは失敬ですなー。拙者にもちゃんと戦略があってのことでやんす!!

 ほらぁ、卯月殿もどうせ強い能力をお持ちなのでござろう?

 拙者が後衛魔法職としたら、卯月殿は前衛戦士職系能力と見ましたぞい。

 さすれば!! 現状、某より攻撃力と防御力の高い卯月殿が武器を装備するより、基本攻撃の火力がゴミな拙者が装備するのは自然の理りでわ……ヘグシュ!!」


(しまった、手が出た)


 唾を飛ばしながら早口で自分理論を展開する虹羽に耐えきれず、卯月はその強く固めた右の拳で、虹羽の脇腹を殴っていた。

 しかもかなり深く。


「理屈が通ってない…後衛なら近距離用の武器は必要ないでしょうに…。

特殊警棒を装備した私が前に立つ、それで問題ないでしょ?」


 卯月は虹羽が落とした特殊警棒を拾う。

 特殊警棒は驚くほどしっくりと手に馴染み、しかし、思ったよりはるかにズシリとした重みがあった。

 この重さで人を殴れば、あたり場所によっては殺害することだって可能だろう。

 何度か素振りをしてみる。


 ビュン………と、いう小気味のよい風切り音が鳴る。

 近接戦闘は苦手だけども、武器の一つでも装備していれば多少の役にたつかもしてない。

 

 超自然系能力者は汎用性に優れ、組織の利益的に考えても自分より生存が優先されるべきだ、ならばこれを持って前線に立つのは私でいい。


 卯月は特殊警棒をたたみ、こっそりと服の袖に忍ばせた。

 本来ならば銃を忍ばせる予定の場所だったが……銃がないのだからまぁいいだろう。


「卯月殿はひどいでゴザルゥ……」


 虹羽が涙ながらに訴えてくるが無視し、残された支給品に視線を向ける。

 二つあるものは各々が持つとして、問題なのは車だろうか……

 卯月は自動車の運転免許など持ってはいない、今までも……これからもきっと取りに行こうとすら思わないだろう。と、いうことは現場までの送迎に人がつくのか?

 いや、これは運転しろってことか?……むぅ。


 などと考えながら卯月が鍵をつまんで、どうしたものかと眺めていると、隣から虹羽がそれを掠め取った。

 卯月が不服そうに虹羽を睨むが、彼はそんな視線に気付く様子はなく、なにやら車の会社名を呟いている。


「へぇー、車も支給されるのですな。

 ここはやはり拙者のウルトラスーパーなドライビングテクをご披露せねばなりますまい」

「オタ……まさか、運転できるの…?」


 虹羽は得意げに鼻を鳴らす。


「モチのロン、ですぞ。

 拙者こうみえても、多趣味でして広く浅く、インドアはもちろんアウトドアやスポーツも嗜んでおるのですぞ。ドライブもモチ趣味としております、故に運転にはいささか自信があるのですな!!

 休みの日など……今はずっと休みみたいなものですがな、車飛ばして海見に行ったりしたでござる」

「へぇー……誰と?」

「お一人様に決まってますぞ」


 虹羽の先程までの勢いは何処へやら。

 卯月の一言で、思い出したくないことでも思い出したのか、急にシュンと大人しくなる。

 卯月は内心面倒だなと思いつつも、先程の虹羽のセリフ内で気になることがあったため……なんとなく大方の予想は付いているのだが、質問をしてみることにした。


「虹羽さん……普段なにやってるの?」

「……大学生でゴザルよ、一応」


 虹羽の答えに卯月は小首を傾げる。


「ん?大学?学校でしょ?

 ずっと休みって、長期休暇とかってこと?」


 卯月の言葉を聴き終えると虹羽は急に胸を抑え始める。

 その姿は、どこからどう見ても大げさな、芝居かかったものだった。


「く、くそぉう、持病の大学に通いたくない病が……

 こんなところで再発するなんて、ちくしょうそろそろ単位ヤベェってのに、でもうんコレは仕方ないでゴザる、また来月から通い始めるでゴザる」

「いや、行けよ」


 卯月の的確なツッコミと同時に虹羽は床に崩れ落ちた。


 時計を確認すると、まだ21時までには時間があった。

 この場で時間を潰すには少し長く、どこかに出るにしても微妙な時間。内心、早く出たい気持ちも有ったが宇喜多が21時と言ったのだ、卯月にはそれをことさらに破ろうという発想はなかった。

 しかし彼女も、若干の手持ち無沙汰を感じてはいた。


「そういえば、ここの二階には実働の控え室があるんだっけ……」


 ふと、そんなことを思い出す。

 仕事に出るまで時間があるのなら、そこに行ってみるのもありかも知れない。

 

 卯月は悩む……

 このオタを誘うべきか?

 

 彼女は内心、一刻も早くこの男から離れたかった。

 正直、一緒に居ても落ち着かないし、必要以上に接触するメリットも感じられない。

 しかし、これから一緒に仕事することになってしまった人を無下にできないよなぁ、という葛藤があった。


(もうやだ、めんどくさい、宇喜多さん……)


 卯月が困っていると、虹羽はスマホの画面を見てから鍵を握りしめた。

 虹羽はそそくさと残りの支給品、自分の支給分をジーンズのポケットに押し込める。


「すまん、卯月殿。

 拙者、車の準備をしてくるでござる。しからば、御免!!」

「は!?

 え、い、いってら…っしゃい?」


 卯月の返答もほどほどに虹羽は車をとりに、地下のガレージに繋がる階段を駆け下りて行った。


◆◆◆


 卯月はひとり二階へと続く階段を登る。

 登りきってすぐにその扉はあった。すりガラスの扉の中央には、可愛い字体で【ひかえしつ】と書かれた板が下げられている。

 卯月は、その女の子らしい文字をまじまじと見ながら、先ほどエレベーターで会った二人のことを思い出した。

 そういえば、あの二人はこの階で降りたんだっけ?


 すぅっと嫌な感覚が背中を撫でる。


(そうか、そうだよなぁ。

 控え室だもん誰か居るかもなんだよな)


 そんな当たり前のことに今気付く。

 できれば、あの二人と出くわすのだけは止めたい。何を噂されてるかわからないし……

 

 全くの他人であれば無視を決め込めばいいのだが、さっきのこともあるし、そうもいかないだろう…

 そうだ、誰か居たらそっと閉めよう、そうしよう。

 卯月は深呼吸を一つし、中に誰もいないことを祈りつつ恐る恐る扉を開けた。


 内装は、中央にゆったりと寛げるソファ、壁際にコーヒーやジュースの入ったドリンクサーバーと大型液晶テレビ、カーテンで仕切られた仮眠室、窓際にこの施設をよく使う部隊員のプライベートデスクといった具合だ。

 

 どうやら幸運にも誰かが居る様子はない。

 念入りに仮眠室も覗いてみたが誰も居なかった。

 卯月は安堵のため息を吐きデスクの方へ向かう。


 いくつかのデスクには既に誰かの私物あり、本や筆記用具が整理整頓されたデスクと、ファンシーな可愛い雑貨の置かれたデスク、お化粧道具がたくさん置いてあるデスクに、トレーディングカードやアニメキャラのフィギアの置かれたデスク……これはあのオタのデスクか、ぽいな……が有った。

 

 卯月はその中で、どの私物が置かれたデスクとも隣接しない、離れた場所に腰を落ちつけ臥せる。

 臥せながら考える。なぜ、宇喜多は逃げるように出て行ったのだろうか?

 卯月の知る宇喜多は、あのようにしてあからさまな態度をとったりする人間ではない。と、いうことは本当になにか大事があるのか?

 数分思案したが、納得のいく回答が出て来ず、このことについて考えるのは保留とした。

 卯月が頭を起こす。


 ……はっ、とした。

 

 一瞬の出来事で急に心拍数が上がるのを感じる。

 卯月の目の前にはいつの間にか、喪服のような黒いドレスを身に纏い胸元に白い花のブローチを付け、顔をヴェールで隠した長身の女性が座って居たのだ。

 

 この女から溢れる優しげな雰囲気に、気をぬくと心を許してしまうそうになる。

 しかし、それは一種の人間が持つ才能のようなもの、宇喜多が持ち合わせるソレとは違う、魔性とも呼ぶべきものであった。

 

『あらあら、起こしちゃいましたぁ?』


 どことなく間延びした。

 おっとりとした口調で女は喋る。

 

 卯月は、目の前の女に緊張しつつ警戒しつつ、ゆっくりと起き上がりそのヴェールをみる。

 漆黒のヴェールは、女の顔上半分を見事に隠し、かろうじて笑みを浮かべる口元だけを露わにして居た。

 

(……なに、この人。

 実働の人? いや、あまりにも、違いすぎる)

 

 虹羽や、先程エレベーターで遭遇した二人など、実働の人間をざっと思い浮かべるが、それとは比べ物にならない、ただならぬ雰囲気を感じた。

 卯月は、微笑む女から視線を外す。

 この人……卯月には思い当たる人物が一人だけいた。


 その人物とは、組織を支えるツートップの片翼……経歴本名全てが不明の通称・女上司だ。


 組織は主に、宇喜多と女上司この二人の人物によって運営されている。

 組織の基本目的である、能力者の保護や隠匿、適切な治療や研究、支援。組織とその関連団体、組織が保有する地下収容施設【蟻の巣】の運営、敵対団体への対応は分担協力し合い。

 宇喜多は、組織に出資するスポンサーの獲得や、その警護や相談を主とした活動を。

 女上司は、日本の国防への秘密裏な能力の使用協力、能力者の能力を無効化する特殊な鉱石の確保を主とし活動している。


 この二名が組織を支えるツートップであり、組織内の影響力を二分している。

 そして宇喜多はもちろん女上司の方も相当ヤバイ能力の持ち主らしい。

 

 生唾を飲む、目の前に居るこの人物こそが……おそらく女上司だ。

 卯月は初めてその人物に合うが、直感的にそう思った。

 ……女上司へと視線をあげる。


「あの……女上司…さん?…ですか?」


 卯月が問うと、女は笑みを浮かべる口角をさらににっこりとあげ、調子の狂った感じで手を叩きながら、間の抜けた声色で『ピンポン、ピンポン、大正解です☆』と答えた。

 その声に卯月はビクッと身体を強張らせた。


(なんなのこの人!?)


 卯月は未だに警戒していたが、女上司は小首を傾げ不思議そうにしている。


『……あっ!! もしかし寝起きで御機嫌斜めです?』

「い、いえ、すこし臥せって考え事していただけです」

『あらあら、そうなんですかぁ?

 オロロロ……じゃぁ、どちらにせよ私はお邪魔虫さんだったんですねぇー、ちょっぴりメチャクチャショックです☆』


 女上司は、言葉とは裏腹にちっとも落ち込んだ様子を見せず、気楽な調子で喋る。

 その様子を見ている内に卯月は内心の異様な緊張が、まるで氷の塊をお湯で無理やり溶かすように、解けていくのを感じた。


 とはいえ、いきなり現れてこのテンションである……卯月はなおも困惑の表情を浮かべていた。


「その、女上司さんはどうしてここに?

 あの、休憩とかですか? お邪魔だったら私移動しますよ?」

『だーめ。宇喜多さんの所に新しく可愛い女の子が入ったと聞いてー、私見に来ちゃったんです。

 そうしたらぁ……なんということでしょう!!

 とても、とても、可愛い卯月さんが居るじゃあないですかー

 これは、女上司ポイント高いですよ〜

 だから、卯月さんがここから出て行くとー、本末転倒なんですよねー』

「な、るほど?」


 理由はよくわからないが、おそらく新しく実働に入った人間を見に来たのだろう。卯月はそう思うことにした。


(宇喜多さんも、なんだかんだ言って自分と同格の人には、私が実働入りしたこと連絡してくれてるのか?)


 そう思うと少し嬉しくなった。

 女上司がニッコリと笑う。


『そういえばぁ〜

 卯月ちゃん、これからお仕事なんですねぇ?

 私も期待しちゃってるので、がんばってくださーい』


 その発言に卯月は驚き、先ほどまでの嬉しさとは一変、引き攣った笑みを浮かべながら答えた。


「は、はい、がんばります……」


 女上司はなにやら満足げに頷いて居るようだが、卯月の内心は冷や汗だ。


(……と、いうことは今回の仕事は女上司さんも気にしてるのか。

 ますます、宇喜多さんに恥をかかせられないな、責任重大だぞ)

 

 自分を拾ってくれた宇喜多と同じトップの人間。

 奪い取ったとはいえ、宇喜多の仕事をミスすることは、彼の影響力を下げる結果となるだろう。

 そうなれば、必然的に女上司の影響力が強くなる。そうなることを卯月は不安に思った。


『……■■ね』


 女上司の口元が動いたが、思考を巡らせていたせいか、卯月にはよく聞き取れなかった。


「すいません…、もう一度言って…」

「卯月殿、こんな所にいたのですな、お待たせしたでゴザル、時間がきたのですぞ!!」


 いきなり虹羽の声がして振り返ると、扉から彼が入ってくるところであった。


「す、すいません、女上司さん騒がしいのが……あれ?」


 女上司の気分を害したかと思いとっさに謝るが、先ほどまでそこに居た女の姿は忽然と消えて居た。

 まるで夢でも見て居るかのような気分に襲われる。

 卯月が呆然として居ると、虹羽が心配そうに声をかけてきた。


「どうしたのですかな?」

「あぁ、その、さっきまでここに……」


そこを指差して、女上司が居たこと、忽然と姿を消したこと、夢幻の類いのようだったことを、虹羽に話そうとした。


「……いや、なんでもない、時間なんでしょ、行こう」


しかし、そんな話をしても仕方がないし、深く考える必要はない。今は他にやるべきことがあるはずだ。

そう思って、部屋の扉へ歩みを進める。


(女上司さんのことは……今はいい。

 仕事のことだけ考えろ、私)


 ふと、女上司が座って居た椅子をみる。

 人が座って居た痕跡など、無いように見えた。


◆◆◆


 支給された車は、よくテレビとかでCMが流れている、コンパクトで見た目が可愛いやつだ。

 色は白色で、外観も手入れが行き届いており、見た目は新車のようである。

 虹羽は座席調整やら、ブレーキの感覚やらタイヤやら色々と小まめに調整したと言っていたが、卯月には何が違うのか分からなかった。


 運転中、卯月は後部座席に陣取り、一人デバイスを開きネットの世界に身を投じる。

 運転手である虹羽の運転は、なかなかどうにも丁寧なものであり、振動も少なくスムーズなものであった。

 卯月は小気味好い車の振動に負け、徐々に瞼がおりてくるのを感じていた。


(やばい……このままじゃ寝ちゃう)


 頬をぺちぺちと軽く叩き、眠気を飛ばす。

 宇喜多さんならともかく、こんな昨日今日あった人の運転する車の中で寝りたくないし、そんなすぐに信用したりなんかしない。

 寝るなんてことはありえない。


「卯月殿? 眠いんだったら寝てもいいのですぞ?」

「子供扱いしないで、眠くないし大丈夫」


 そんな会話をして十分も経たないうちに、卯月は健やかな眠りについていた。


「おやおや、まだ高天市たかあましも出てないのですがな……」


 虹羽はコンビニに車を停め、持参して来たアニメキャラのイラストが描かれたブランケットを卯月にそっとかけた。

 

「卯月殿はまだ子供でござろうに……なぜ、この世界に足を踏み入れちゃったのですかなー、ただ保護される道もあったでしょうに」


 虹羽は誰に聞かせるでもなく呟いたつもりだったが、しかし、何かの拍子に起こしてしまったのか、卯月がブランケットを頭までかぶりながら答えた。


「私は宇喜多さんの役に立ちたいの、ただ……それだけ」


 虹羽は少し驚いたが、すぐに卯月の方から規則正しい寝息が聞こえて来たので追求するのをやめた。

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