女装令嬢の婚約破棄劇
初投稿です。よろしくお願いします。
わたし、否、僕はただいま窮地?に置かれている。
「アッシュハウンド公爵令嬢カーシー、あなたにはこの私オーキッド・ディレ・マクギリアンとの婚約を破棄させて頂きたい。その上であなたを断罪させて頂く」
とまあ、こんな感じだ。
百歩譲って婚約破棄はわかる。いや、本来なら王家からの打診でもあるし、国の未来にも関わるから当事者だけで破棄なんてできないんだけれど。彼、第二王子だからそのあたりは気にしないでいられるんだろう。
それに『わたし』に愛想が尽きて可愛らしい少女に気がいってもしょうがない。僕もそうなるように仕組んだし。でもバカだとは思うのは許してほしい。思うだけだから。
令嬢と言われてはいるが僕はれっきとしたアッシュハウンド公爵家の嫡男、カーシー・アッシュハウンドだ。本来の公爵令嬢は双子の姉であるフランの方。フランは騎士団で僕の代わりに騎士をやっている。
ややこしいよね。わかる。僕だってなんでこんなことになっているのかって時々悩むんだ。自業自得なんだけど。
「婚約破棄の件は承知致しますが断罪とはどういうおつもりですか?」
「白を切るつもりか?あなたにはここにいるローズ嬢への命も落としかねない悪質な嫌がらせの容疑がある」
それにしても国際学園の卒業式という国内外とわず数多の重鎮が集う式典なのに生徒会長オーキッド第二王子はお馬鹿な宣誓するものだ。王家もとい国の恥さらしではないか。不敬罪だから口には出さないけれど。
話しの内容で分かるだろうけど一応アレ、『わたし』の婚約者。
「ローズ嬢、これへ」
壇上から招くように腕を差し出すと合わせるように一人の少女が彼の横に進み出る。その後ろをしずしずと三人の男子生徒が連れ添っていく。いずれも将来を約束された重鎮の子息たちである。
その中にフランの姿を見付け、思わず吹き出しそうになるのを咳で誤魔化した。不意打ちはやめてよ。
笑いを誤魔化している間に役者が壇上に揃ったようだ。今は卒業生代表による送辞の場面であるのに、愚かな茶番が開始されようとしている。
事の発端は三文小説にありがちな三角関係(笑)から始まる。
簡単に言ってしまえばオーキッド王子は『わたし』と婚約関係にありながら新入生のローズ・イェーツ伯爵令嬢に現を抜かしたのだ。
彼女は可愛い。ふんわりとしたハニーブロンズの髪、ぱっちりとした大きな翡翠色の瞳、影が落ちるほどの長いまつげ、顔はやや童顔で胸は大きく腰は細い。背も低くまるでお人形だ。隣にいる男性を持ち上げてくれるし、優秀な兄との比較で神経をすり減らしていたオーキッド王子は一目惚れしたというわけだ。
僕としては万々歳、なんだけど他人からみたら婚約者に浮気された哀れで滑稽な女として同情やら嘲笑やら浴びせられたってわけ。みんな暇人だよね。
女装した僕って自分で言うのもなんだけど可愛い。母親譲りのアメジストの瞳と手入れの行き届いた深紅の髪と白磁の肌は絶世の美少女と言って過言ではない。まあ立場や容姿のおかげで敵は多い方だったかな。
成長してからはあまり近付くと骨格や筋肉で男ってばれちゃうし、声変わりだってしたから極力声を出さないようにしてたら王子の反感を買ってしまったけどそんなのは知らない。
だって僕は婚約なんかさっさと破棄してしまいたかったから。男と結婚なんて絶対に嫌だ。
ただ僕が女装癖の変態だって誤解をされることだけは防がなくちゃいけなかったから面倒だったけど。今でこそこんなだけどローズ嬢に出会うまでは僕に入れ込んでいたしね。
僕が着々と王子との距離を開けていったので優良物件を狙った伯爵令嬢が隣に居座ったのだ。
公爵や侯爵の令嬢がいるにも関わらず伯爵令嬢たるローズ嬢が王子の心を射止めたのは単純に多くの少女を押しのけるコネと金と根性があったってだけだろう。公爵位であっても名ばかりで貧乏している家もあればイェーツ家のようにかなり金回りが良い伯爵家もある。
尻尾は掴ませないが黒い噂が絶えない家だ。
つまりまあ、そういうこと。
でも放ったらかしという訳にもいかない。『わたし』は王子の婚約者、伝統あるアッシュハウンド公爵の娘であり、学園の令嬢の頂点に立つ者。身の程知らずの伯爵令嬢にほんの少しお灸をすえてやらないといけなかったりする。
それに彼女は王子だけでなく、宰相子息、元老院議長の孫、騎士団元帥子息にも近寄っている。ちなみに騎士団元帥はアッシュハウンド公爵であり、その子息はとういうと、そういうことになっているフランなので僕としては非常に面白い。
フランは父親譲りの紅玉の瞳と切れ長の目元、スッと通った鼻筋に僕と同じ艶やかな深紅の髪の中性的なイケメンだ。身内の贔屓目なしにすごくカッコいい。少し低い声は数多の女性を腰砕けにする破壊力で、夜会では常に女性に囲まれている。未だ婚約者もいないので次期公爵の妻の座を狙った水面下の戦いが繰り広げられている。ローズ嬢もその一人である。肉食すぎやしないかな。
結構面白いんだけど迷惑しているフランはかわいそうだし、他の面々の婚約者であるご令嬢から苦情が出ているので面倒だけれど王子にもローズ嬢にも注意しなくてはならない。風紀を保つためである。
取り巻きの皆さんと一緒に婚約者のいる高貴な方へみだりに近付いてはいけませんとか、むやみに触れ合ってはいけませんとか言ったっけ。あとはちょっとした嫌がらせとか、ローズ嬢のことは私が認めたのだから口を出すなとかほざいた王子へのストレス発散のための正論まくし立てくらい。
僕に二人を引き離す気が無かったので本当に軽いことだけだったはずなのに、いつの間にか学園内では『わたし』がローズ嬢を疎ましく思うあまり命すら奪おうとしているだのという不本意な噂が広まっていた。
そしてオーキッド王子含むローズ嬢の取り巻きが公式な場で断罪などという茶番をしでかそうとしているのである。
鏡を見れないけど、確実に僕の目は死んだ魚の目をしている。
本当にこいつ等はバカだな、と。
「一応申し上げますが、悪戯に関してなら身に覚えがあります。しかしながらローズ嬢の命を奪うような悪戯には覚えがありません」
僕が彼らの言う罪を否定すると、王子は真っ赤な顔で唾を飛ばしそうな勢いで怒鳴った。
汚いなあ、もう。
「悪戯などという生易しいものではない!私物の破損から始り、数人で囲い込み精神的な嫌がらせ、暴力、男子生徒を雇った暴行未遂などの罪状が報告されている!!」
「暴行未遂?」
それは初耳だ。我が家の家訓は騎士団と同じく高潔さを美徳としている。女性に無体をしようなどと騎士の風上にも置けない行為は絶対にしない。
端的に言えばアッシュハウンドはフェミニスト集団であるのだから。
「確かに彼女の教科書やノートにいたずら書きをしましたし、私の友人たちと日頃のはしたない行為に対して忠告させていただいたこともあります。しかし暴力や暴行未遂とは?詳細をお聞かせくださいませ」
「罪を認めたな!であれば早急に婚約破棄を認め、二度と我らの前に姿を見せるな!国外追放を言い渡す!!」
一部の行為を認めただけでこれである。さらに言えば罰が重すぎる。暴行未遂ならば謹慎半年が関の山だ。国外追放など国家転覆を狙った反逆者と同じ罰になる。
惚れた弱みにしてもちょっと熱が入りすぎじゃなかろうか。周りを見てみれば王子の剣幕に皆ドン引きだ。
「熱くならないでくださいませんか。わたしは暴力と暴行未遂については認めておりませんし、詳細を聞かなければ補足も反論も出来ません。それでは裁判もどきのこの場で貴方が司法を疎かにするという愚行を晒しますよ」
「チッ、相変わらず可愛くない女だ。詳細など私の口から言うなど穢らわしい!」
舌打ちなんて柄が悪いな。仮にも王子であるのにどこぞの不良のようだ。
それに可愛くないのは誉め言葉です。
「それでは私が引き継ぎます」
「宰相ご子息のエリン様なら安心ですね」
オーキッド王子とローズ嬢の後ろに控えていたエリン・マッケンジーは神経質そうな線の細い青年だ。あまり外に出ていないような青白い肌は不健康で眼鏡に隠れている隈もひどい。家の期待に応えるためか睡眠時間を削って勉学に励んでいるらしい。それをローズ嬢が癒したのだとか。
どんな言葉をかけられたのか分からないが理詰めが好きな奴ほど単純な言葉にコロッと落ちてしまうらしい。確かにローズ嬢は頭が足りない言葉を使う時があるがチョロすぎではなかろうか。
この国の将来は大丈夫なのだろうか。
「無駄口は要りません。まず暴力についてですがローズ嬢の証言によると貴方から呼び出しがあり人気のない教室で二人きりになったとたんに頬を殴られたとのことです。驚き倒れた彼女を貴方は何度も足蹴し、殿下には相応しくない。これ以上付きまとうのならばもっとひどい目に合わせると告げ出ていったそうです。その後、ローズ嬢の姿が見えないと探されていた殿下が倒れていた彼女を発見し、保護したという経緯です。
次に暴行未遂に関してですが、先の件から一週間経った頃にローズ嬢宛に貴方名義で呼び出しの手紙が届きました。これに関しては彼女を危険から守る為にと側にいた殿下や私も確認しています。我々は止めましたが彼女は貴方ときちんと話しをしたいと一人で指定の場所へ向かいました。しかしその場に貴方はおらず、複数の男子生徒がローズ嬢に襲いかかりました。しかし危機を感じていた我々が駆けつけたことにより未遂に終わりました。襲った男子生徒に聴取した所、貴方の名前が出てきました」
早口でまくし立てるから少々聞き取りにくかったが概要は分かった。
「そうですか。ローズ嬢を殴ったのは私で間違いないのですか?」
ありがちなシナリオである。
しかし結構穴がある杜撰なものだ。
「そ、そうです!夕方でしたが貴方のその髪色を見間違えるはずがありません」
今まで男に任せきりだったローズ嬢がここで初めて口を開いた。声は震え、まるで小動物のように男の影に隠れている。
僕が目を向ければ肩を震わせ、王子の服を掴んだ。
不敬罪にも抵触しそうな行為でも当の王子はデレデレと締まりのない顔で彼女の頭を撫でて落ち着かせようとし、ローズ嬢も笑顔でそれを受け入れ王子たちに見えないように勝ち誇った顔を向ける。
一瞬前まで震えてたくせに切り替えの早いことだ。
「そうですか。しかしそれはわたしではありません。わたしに変装した誰かでしょう。この髪なので印象付けるのは簡単です。それに暴行未遂に関してもローズ嬢に手紙を送った覚えもありません」
「ふざけるな!ここに動かぬ証拠の手紙があるのだ!」
呆れながらも話を進めれば甘い時間を奪われた王子がまた怒鳴ってきた。そんな大声でなくても聞こえているよ。
証拠という手紙は粗末な紙であり、どのような事情であっても公爵家が使うようなものではなかった。紙も筆跡もお粗末すぎて話にならない。
これはアッシュハウンドを侮辱しているのだろうか。そろそろ心の広い僕だって頭にくるんだけど。
「その字はわたしのものではありません。オーキッド王子、あなたには何度か直筆の手紙を送っているのですが検証はされていないのでしょうか。それにその紙には我が家の家紋の透かしがないようですが?貴族はどんな些細な手紙だろうと家紋の透かしが入った紙を使うのが常識です。わたしの名前があるのに透かしがない手紙はおかしいとは思わなかったのでしょうか」
「お前から贈られる面白みのない手紙など残しているはずないだろう。こちらには証人もいる。お前が何を言おうと罪は覆らないぞ!」
「手紙がなくとも試験の答案なり書類なり筆跡を確認できるものはいくらでもあります。それより女性の命の危機があるのならばそれなりの機関へ通報し捜査を依頼なされてはいかがですか。あなた方は独自の調査をして状況証拠だけでわたしを犯人だとおっしゃいますが、今すでにわたしに論破されるお粗末さです。例えわたしが犯人だとしても断定できる証拠は何一つなければ罪は問えないのですよ」
「っぐ、ぬぅ……!」
僕の言葉に二の句が告げない王子は怒りの形相で睨み、ローズ嬢も勝ち誇った顔が崩れ憎らしげに顔を歪めていた。
ここで僕は追い打ちをかける。いい加減茶番に飽きてきた。
「そもそも、わたしがローズ嬢に殿下に相応しくないなどと言うはずがありません」
「口ではなんとでも言えるだろう。お前は私の寵愛がローズに移ったのが煩わしくて犯行に及んだのだろう!嫉妬に狂った女のなんと醜いことだ!」
その言葉、そっくりこのまま返したいこのバカ王子。恋は盲目とはいうものの自分の都合の良いようにしか考えられない頭だ。
僕が王子の寵愛を欲しているようなセリフに鳥肌が立つ。
「この際はっきり言いますが私が殿下を愛したことなどありませんし、殿下から寵愛を受けたことも気持ちの良いものではありませんでした。ましてや嫉妬に狂うなど絶対にありえません。ローズ嬢への忠告ははわたしの立場からしかたなくしたことです。貴方の愛とやらがローズ嬢に移してくださったことに小躍りした程です」
まあ、いたずらに関しては完全に私情だけど。
ちょっとくらい憂さ晴らししたかったっていうか、うん。
「そんなことを言ってまで殿下の興味を引きたいのですか!私への嫌がらせならまだしも殿下への不敬は許しません!潔く罪を認めて殿下を開放してください!!」
「いい加減にしてくれないか」
本当に煩わしい、花畑の頭だ。開放してほしいのはこちらだというのに。
もう猫を被る余裕すらないほど、僕は怒っていた。声色をとりつくろえずに低い声が出る。
ガツン!とヒールを踏み鳴らし、壇上を睨み付ける。怒りを顕にした僕に王子とローズ嬢はビクッと肩を揺らした。
「僕が悪かったと思っていることに関しては先程認めましたが聞いていなかったのですか。謝罪が欲しいのであれば謝ります。この際国外追放も受け入れたってかまいません。しかし暴力と暴行未遂は僕は無関係だ。アッシュハウンドたるこの僕が、守るべき女性に対して手を上げることなどありません。犯罪者は別ですが。
そもそもなぜ僕が男に惚れる女性に嫉妬しなければならないのですか。殿下にまるで興味などありませんし、そういった誤解を与えることをしましたか?僕は婚約を受け入れてから今日まで殿下から伝えられた好意に頷いたことなど一度たりともない。僕なりに精一杯殿下から嫌われようとしてきたし、ローズ嬢との仲を取り持とうとさえしてきたというのによくも見苦しい茶番を披露してくれたな。アッシュハウンドが女性に暴行したなどと侮辱するのも大概にしろローズ伯爵令嬢!!」
言ってやった。けど後悔はしていない。
もうネタばらしをして帰りたい。というかネタばらししたから帰りたい。
フランも頭を抱えているよ。
「な、何を言っているのだ。まるで意味が分からんぞ」
「落ち着きなさいカーシー。それでは皆さんに伝わりませんよ。きちんと一から説明しましょう」
僕の豹変ぶりに狼狽している王子を見かねたフランが壇上から降りて僕の横に膝をつく。
「オーキッド殿下、カーシーの無礼をお許しください。私も共に罰を受けましょう」
「フラン、妹だからといって庇い立てする必要はない。今回の件はお前も苦労したろう、兄弟だからと責を追及しない」
苦労は貴方にもかけさせられたんだけど、分からないよなぁ。
僕らの秘密を知らなければ。
フランが僕を見る。僕も見つめ頷き返す。
潮時だ。すべて話そう。
「いいえ殿下、この件とは別に我々は貴方に謝罪しなければならないことがあります。その後、弟ならびに私への罰を慎んでお受けします」
「フランは関係な………待て、弟だと?聞き間違いか?」
王子が繰り返した言葉に会場がザワつく。
記者がものすごい勢いで走り書きをしている。明日の一面は決まりだね。
音楽が止み、すべての意識が僕らに向けられている。
「わたくし、フランは女の身でありながら男と偽り騎士団は入り、弟カーシーは女と偽り殿下と婚約してしまったことをここにお詫び申し上げます」
今日一番のざわめきが会場を波のように広がっていく。
騎士団一の美男子が女だった事実、学園一の美少女が男だった事実はとても受け入れられることではないだろう。
「な、はあ!?フランが女でカーシーが男!?で、では、俺は十二年間も男を婚約者としていたのか!?」
「ちなみに弟は男色ではありません。国外のお方ですが婚約者もおります」
これ大事。
今この場で男と宣言していても、否、してからの方がより嫌な視線を感じる。
変態の股間を蹴り上げたい衝動に駆られる。
「オーキッド殿下が初めて我が家を訪問された日、私達は久しぶりに会う王弟殿下を驚かせようと服を入れ替えていました。王弟殿下への挨拶より先に殿下に出会ってしまい、カーシーに婚約を申し入れ、私達はそれを悪戯の延長だと誤解し受け入れたのです。後に私達の入れ替りに気付いた父が破棄を申し出ましたが王弟殿下は初めて興味をもった異性が同性だったとしれば殿下のお心が深く傷付いてしまうと心配され、成人を迎えるまではそのままでいてほしいと」
バカな、と震えた声が聞こえた。
本当にバカバカしい話だよ。
「では……それならば、まさか俺がカーシーに告白するたびに叔父上が爆笑していたのはまさか、」
「まあ、はい。王弟殿下は面白いことがお好きなので」
わなわなと震える王子がいっそ哀れである。
不毛な王子の愛情や僕の態度など、あの人は全て知った上で心底楽しんでいた。
悪趣味にもほどがある。あの人の道楽のせいで僕ら姉弟の勉強や稽古は二倍になったのだから。
「やあやあ!ついに真実を知ってしまったね、可愛い甥よ!」
ニコニコと笑いながら現れたのは、礼装のボタンがはじけそうなほど恰幅のいい男性。
彼こそが全ての元凶である王弟殿下、アルトリウス・ド・マクギリアンその人である。
「カーシー名義で出された手紙やローズ嬢への暴行事件の犯人に関しては私の方で調べさせてたからあとで資料を確認してね」
一瞬、鋭い眼光をローズ嬢へと向けるがすぐに人の好い笑顔になる。
やっぱり犯人はローズ嬢の自作自演か。
「叔父上はこのことをご存知だったのでしょう!?なぜ男と言ってくれなかったのです!いや、そもそもフランやカーシーが言ってくれればすぐにでも婚約など破棄していたものをッ」
「私たちは王弟殿下に口止めをされていましたので」
「お前に言ったら面白くないだろう」
真顔で答える二人に僕はなんとも言えない感情を抱く。
面白いというだけで男と婚約しなければならなかった僕と王子が哀れだとは思わないのか。
思わないよなぁ、この人は。
今だって甥の慟哭を楽しそうに聞いている。
「いやな、卒業までにお前が気付かなかったら教えるはずだったんだ。カーシーにだって婚約者がいるんだから当然だろう。パーティーの後にちょっと部屋でお話しする予定だったさ。お前が早まったりしなければこんな大勢の場でネタバラシをするつもりもなかったんだよ。はっはっは」
叔父の言葉にとうとう膝をついてしまうオーキッド王子。
控えていた護衛の騎士たちが壇上の者を連れて行った。
これにて茶番はおしまい。
僕も晴れて自由の身だ。
「では陛下からの沙汰を言い渡す」
改まったアルトリウス殿下に僕たちは居住まいを正す。
「カーシー・アッシュハウンドと隣国のアネモネ第一王女との婚約をここに発表する。それにともないフラン・アッシュハウンドを騎士団から除隊、騎士団団長ランタナ・カーターとの結婚を認め、その者をアッシュハウンドの次期当主とする。以上」
その宣言に会場は盛大な拍手と歓喜に包まれた。
その後も多少のゴタゴタはあったけれど僕もフランも結婚して幸せに暮らしている。
オーキッド王子は不名誉な評判が広まったがローズ嬢と結ばれ、政治に一切関わらず離宮で暮らしているそうだ。
「おとーさまー」
可愛い可愛い娘が狩ったウサギを片手に駆け寄ってくる。
「見て見て!これあたしがとったの!」
「素晴らしい獲物じゃないか。その年で上手に弓矢が使えるなんて天才だよ!」
愛娘を抱き上げてほめていると、娘が走ってきた方から声がかかる。
「なに言っているのよ。この国じゃ当然よ」
彼女こそ僕のお嫁さん。今日の成果であろう熊を背負ってやってきた。大物だ。
この国では女性も狩りに出かける。王族では珍しいが彼女は狩りが好きで、先週も彼女が狩った鳥の料理に舌鼓を打ったばかりだ。
この国にも僕の女装姿が広まっているので、王と王妃は性別を間違えて生まれてきたとよく冗談を言われる。
けれど僕は彼女が生き生きと好きなことをしている姿が好きだ。
彼女の手料理もおいしいし、止める理由はない。
「お義姉さまにお子ができたんでしょう?精のつくものを送って差し上げたくて張り切っちゃった」
「赤ちゃん楽しみなの!だからあたしも頑張ったよ!喜んでくれるかな?」
「もちろんだよ!さっそく手配しよう!いや、いっそ渡しに行こう。久しぶりに会いたいからね」
ああ、僕は幸せだ。