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日常

作者: 気が向けば空

 目が覚めた。

 僕はいつも通りの時間にいつも通りの日常を迎えた。

 まず僕の朝の行事はお世辞にも美味しいと言えない父の朝ごはんを食べることである。そこに父の姿はない。

 朝ごはんを食べた僕は学校に向かう。


 道中必ず会う猫ががいる。

 猫の名前やどこから来たのかは知らない。

 でも毎日会うものだから名前をつけようと思い考えたところ、三つ目の角のあたりにいるのでミツカドと名付けた。

 僕のセンスなんてそんなものだ。

 そのまま学校に着きいつも通りの時間が過ぎていく。

 聞いているようで聞いていない授業を繰り返し繰り返し、給食を食べまた授業を繰り返しそして帰る。

 そしてミツカドと会う。


 しかし、その日ミツカドはいなかった。

 ミツカドと名を付けたが実際はミツカドと戯れたことも無くただいつも見るだけの仲だ。

 少なくとも僕はそう思う。

 この時僕は気付いた。ミツカドがいないという日常の不快さを。

 どうしていないのだろう。普通の人はそれで考えを終えるだろう。

 しかし、僕は許せなかった。ミツカドに対してそう思うのではない。

 いつも決まっているミツカドがいないという現実に腹が立った。


 ミツカドがいつも出てくる角のあたりに小さな穴があった。

 いつもミツカドがいるから気づかなかったが猫1匹が通れるほどの穴である。

 なるほどミツカドは毎朝、毎夕この穴から身体を出していたわけだ。


 しかし今日はいない。

 ミツカドを探そうにも穴に入ろうにも入れないではないか。

 気を揉んでいると後ろから知らぬ背の高い老人と子供が声をかけて来た。


「猫を探しているのか。」

「そうです」

「あの猫はいつもあそこにいるのか」

「そうだと思います」


 そう言うと老人は満足そうに微笑み隣の子供に何かを耳打ちした。

 すると子供はニコニコしてこう言った。


「あの猫が見えてると言うことはお兄ちゃんは気付いたんだね」


 何を言っているのかさっぱりだ。

 僕の頭は少し混乱しつつも取り乱してると思われたくないので足早に家に帰った。


 家に着くといつも通り晩御飯を食べる。

 ラップされている冷凍食品の寄せ集めだ。

 父がいつも作ってくれているが、父と晩御飯を共にしたのはとうの昔。いまは何の仕事をしているのかもわからない。

 母がいなくなってから父とは全く会わない生活をしていた。

 まあそれも淋しいかと言われればそうはない。


 なぜなら『いつも』そうだからだ。


 いつも…

 いつもと言うのはいつからなのか。不思議な思った途端窓から


 コンッ


 音がした。


 そこにいたのはミツカドだった。

 いつもは無愛想に僕を見ているミツカドだが、その時は違った。

 ニヤニヤとしていた。少なくともそう思うような顔だった。

 ミツカドは僕が気付いたとわかったかのように、窓から離れ家の前の道路に出て僕を待っていた。


 その時は何の疑いもなくただミツカドについていかなければならないという、漠然とした使命感にかられ家を寝巻きのまま飛び出しミツカドについていった。


 道中、ミツカドは時々僕を振り返っては跡をついてくるようにして進んでいた。

 しかし不思議なことに車も人も通らない。

 いま何時なのかわからないが、晩御飯を食べていた時間ということはそう遅くないはずである。


 そして三つ目の角の穴の前に立ち止まり、ミツカドはニンマリとした顔でこちらを見ている。ニンマリとしているように見えるのではない。

 人間のように目も笑い口の形も半月のような口をしている。


「入れ」


 ミツカドの顔を見て不思議に思っている中突如聞こえた。

 ドスのきいた低い声だ。


「入れ」


 どこから言われているのかわからないが、入らないといけないと感じた。


 すると昼間見た穴が大きい。いや、大きくなったのではない。自分が小さくなっているような錯覚である。

 そしてミツカドはその穴に誘うように僕をジロジロと見ては進む。


 入るしか道がなかった。そもそも不思議なことばかり起こっている。いま引き返してももう遅い。絶望感に苛まれながらも進むことを決意した。


 穴の中に入った途端奥の方に今まで見たことのない光を見た。

 ミツカドは迷わずその光に進んでいく。

 そしてその光の正体が分かるほど近づいて立ち止まった。


 光の正体はドアである。

 ドアが発行しているのである。

 そしてミツカドがじっとこちらを見つめている。


「我は普通のものには見えない。普通のものでないものにしか見えない。いつも通りの生活を送っているから気づかなかっただろう。」


 突然あのドスのきいた低い声がした。

 そして声の主がミツカドとわかるまで時間はかからなかった。


「話してる…」

 僕はボソッと独り言を言った。


「我が見えるということは君はこのドアを潜らなければならない。我は一匹であり一匹ではない存在。見えるべくして見えるものなり。そしてその姿を見たものに対して案内をするのだ。


 今日の夕方老人と子供に会ったろう。あれは我の友人であり同じようなものだ。我は君が見ていることに気づかなかったが、我が他のものを案内している際に穴を覗いていた君を彼等は見て声をかけたということだ。


 そして君のことを知りここまで案内したのだ。」


 僕は猫が話しているという不思議よりも、話の内容が全くわからず混乱していた。

 猫は一つ息を吸ってまた話し始めた。


「混乱するのも無理もない。気付くのは始まりであり、終わりでもある。君は君の日常を繰り返していた。しかしそれはいつも同じ日を繰り返しているだけなのだ。


 つまり君は既に肉体を離れているのだ。


 意識だけがいつもの日常を幻想しあたかもいつもの日常を過ごしているという錯覚だ。

 時という概念はここにはない。

 しかし、君は気付いてしまった。

 日常の崩れに。

 自分が幻想した日常の崩壊は、君が事実を知るべき時が来たことを暗示している。


 そう。君は死んだのだ。」


 そう言われた僕は思い出した。

 そうあの日もいつもと同じだった。

 そして晩御飯を食べて寝ようとした時父が帰って来て私を殴り始めたのだ。


 理由なんてないいつものことだ。そしてその父の存在を頭から消して日常を送ろうとしていた。


 そう死んだのだ。殴られて死んだのだ。

 別に悲しくも何もない。

 しかし、冥土というのは本当にあるのだな。

 何故か全てを理解できた。気がした。


「このドアを通ればまた新たな生を受ける。

 このままの日常を過ごしたいというのであればそのまま家に帰ればいい。今回のことは忘れて今後我は見えないであろう。

 好きな通りを選べ」


 僕は迷わなかった。


 布団に入り眠りについた。


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