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不良娘

作者: 束田慧

 高校生の娘が万引きで逮捕された。

 初犯だったため起訴猶予となったが、普段からの非行を咎められて退学。それからは働くでもなく遊び歩き、家に帰らないことが多くなった。

 帰ってきても口喧嘩ばかり。妻は毎晩のように泣いている。なのに、俺は何も出来ない駄目な父親だ。

 娘は、いつからこうなってしまったのか……いや、本当は分かっている。全ては俺のせいだ。

 分かっていても、今更どうすることも出来ない。後悔は散々してきた。時間を巻き戻せるのなら、戻りたい。娘が産まれた、あの日に。


 そんな益体のない願いを抱きながら、三年の月日が流れた。今日は娘の誕生日だ。

 最後におめでとうと言ったのはいつだったか。二十歳になるこの日、俺は可愛い一人娘と祝杯をあげることも出来ない。

 妻は毎年、ごちそうとプレゼントを用意することを欠かさなかった。いつも、つんけんしながらも実は嬉しがっていたことを、俺は知っている。

 だが、去年と一昨年は帰って来すらしなかった。今年も……日付が変わるまであと五分。冷めたごちそうを見ながら、妻は溜息を吐いてからゆっくりと腰を上げた。


 今年も駄目だったか……。諦めかけたその時、玄関の戸を開く音がした。

 食器を持ちかけていた妻はそのまま固まっている。そこへ現れた娘が、ぶすっとした顔をして言った。


「片付けないで。食べるから」

「……手、洗ってきなさい」


 妻の声は震えていた。事情はどうあれ、帰ってきてくれたんだ。嬉し涙の一つも出るだろう。

 俺も泣きそうだ。

 行儀良く手を洗ってきた娘は、妻の向かいにどかっと座った。涙目になりながらも微笑みを浮かべる妻に対して、相変わらずぶすっとしている。


「勘違いしないでよね。私は帰ってくる気なんてなかったんだから。あいつが帰れって言うから……」

「あいつ?」

「な、なんでもない! そんなことより早く食べよ!」

「はいはい」


 あいつというのが誰のことなのか、何となく察しは付くが、自分から言い出さないのなら詮索することもなかろう。

 そう思ったのだが、用意していたシャンパンで出来上がってしまい、結局自分から話してくれた。

 やはり、恋人が出来たらしい。父親としては、どんな男なのか非常に気になるところだが、帰してくれたところを見ると、それなりに好青年なのだろう。

「今度連れてくる!」と言った時の表情は、心の底から幸せそうだった。


 数日後、やって来た恋人は、思った通りの爽やかな青年だった。だが、それとは別に、心の奥に引っ掛かるものがあった。


 どこかで見たような……?   


 それから、彼は何度か遊びに来たが、まるで記憶に蓋でもされているかのように、思い出すことは出来なかった。

 悪い記憶……なのだろうか? 懸念もあったが、誠実な彼の姿を見ているうちに薄れていった。

 ほどなくして彼は結婚の挨拶をしに来、俺は賛成も反対も出来なかったが、妻はずっとその気だったようだ。

 あれよあれよと結婚の話は進み、相手のご両親が初めて我が家に来たその日。


 突如、記憶の蓋が開いた。

 彼によく似た母親。彼女は、娘が産まれたあの日に俺が助けた女性に違いなかった。

 あの時、自分の命と引き替えに人助けをし、そのせいで妻と娘を不幸にしてしまったと、ずっと後悔してきた。

 助けたのは間違いだったのかと苦悩してしまう自分が嫌で仕方がなかったが、今ならはっきりと言える。間違いではなかったと。


 何故ならば、あの時彼女は、身籠もっていたのだから。

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