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2、お見舞い


 やあ、全国のボーイズエンヅガールズ。僕は銀乃イアルだ!


 入学式の日、遅刻しないように急いでいた僕は、なんと忘れ物をしてしまい家に向かって走る女の子と街角でごっつんこ☆







 全治三か月の怪我を負って病院のベッドの上でブレイクタイムな毎日だぜいえーい。

 まあ不幸中の幸いだったのは相手の子に怪我がなかったことかな……。お、噂をすれば。


「銀乃さーん。面会希望の方がきてますよー」


「はーいどうぞー」


 ガラガラリ


「ごめんなさい、今日も来ちゃいました……ご迷惑じゃなかったですか?」


「だいじょーぶのーぷろぶれーむ。ちょうど暇してたところだし。いらっしゃいドラ子ちゃん」


「はいっ!」


 そう言って差し入れの紙袋を机に置きながらベッドの傍らにある丸椅子に腰かけるのは、灰色でつやのあるドラム缶、ドラ子ちゃん。


 あの日僕と衝突した女の子だ。


「ドラ子ちゃんの方はどう? 傷……凹みの方は」


「銀乃さんに比べたら大したことないですよ~。蓋閉めてお風呂に入れば元通りですし!」


 そう言ってドラ子ちゃんはにっこりとはにかむ。


 あの日、正気に戻ったドラ子ちゃんは三十メートルほど走っていったところでUターンして、自分の携帯で救急車を呼んでくれた。

 医者曰く、その一瞬の判断がなければぽっくり逝ってたらしい。

 ドラ子ちゃんマジメシア!


「いや~にしても」


「? なんです?」


 ドラ子ちゃんが紙袋からリンゴを出して器用に剥いていく姿を見ながらつぶやく。


「ドラ子ちゃんってほんと可愛いよねえ」


「っ?! ちょっ、銀乃さん! 今指ザクッといきそうになりましたよ!! ザクッポロんですよ!!」


 ひゅんっさくっ


 俺が言った瞬間ドラ子ちゃんは思いっきり動揺して手元を滑らせ、握っていた果物ナイフが俺の鼻先二センチくらいをかすめて壁に刺さった。


「あはは、ごめんごめん。でも嘘とかお世辞じゃないよ?」


 そう言ってドラ子ちゃんに果物ナイフを壁から抜いて返す。

 相手に刃を向けないように刃を握って返したら手からトマトジュースが垂れてきたよ。


「もうっ……銀乃さんったらいつもそんなことばっかり。そんなに軽く女の子に可愛いとか言ってるとほんとに好きな方ができたときに相手にされなくなっちゃいますよ?」


 そんなふうに文句を言いながらぷいっと向こうを向いてしまった。

 向こう向く前にちらっと見えた、赤い頬が原因だろうな。


「まあ真面目な話ドラ子ちゃんには感謝してるよ。あの日からほぼ毎日お見舞い来てくれてるし、こうやって世話焼いてくれるし」


 ドラ子ちゃんのリンゴを剥く背中に話しかける。


「俺一人だったら今頃孤独死しちゃってたよ多分」


 イアル18歳。父は世界中の化石の発掘を手掛けるカセキホリダー。母親は海外に活動拠点を置くロックミュージシャン。実質一人暮らしの俺には、ぱっとお見舞いに来れる身内がいないのだ。


「ドラ子ちゃんが来てくれるから、今の銀乃イアルがあると言っても過言じゃないね!!」


「流石に過言です。ほら、剥けましたよおりんご」


 そう言いながらドラ子ちゃんは皿に八等分して切り分けた薄紅色に染まるリンゴをベッドのサイドテーブルに置いてくれる。

 そのリンゴと同じようにドラ子ちゃんの頬もうっすらと薄紅色に染まっていた。


 可愛い。


「ありがとういただきます。うん! うっすらと鉄錆の味がする、おいしいリンゴだね!」


「ありがとうございます。リンゴ農家をやってる祖父が毎年送ってくるんですよ。うちだけじゃ食べきれなくて。」


 テラテラと俺のケチャップが光る果物ナイフを拭きながら、俺の言葉にドラ子ちゃんが自分のことのように顔をほころばせる。


「いやあ! リンゴの旬は冬だった気もするけど甘くておいしいや! 煮てもいないのにコンポートみたいにトロトロでお得だね!」


 今日は花子ちゃんの住まう場所で夜通しパーリナイ決定だな!



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「もう四月も終わりだねえ」


「ですね……」


 病室の窓から夕焼けに染まりゆく空を二人してボーっと眺める。


「どう? 学校の方は」


「っ……ええ。楽しいですよ」


 若干ドラ子ちゃんの声が揺らぐ。


――? 学校でなんか嫌なことでもあったのかな。


「楽しいんです……楽しいんですけど」


「けど?」


 窓の外を眺め続けながら先を促してみる。うーん。ドラマのワンシーンみたいでいいね!


「この楽しさを、私は銀乃さんから奪ってしまってるんですよね……」


 いつしか震え声は明確な泣き声に変わっていた。


「ドラ子ちゃん……?」


 ベッドの上で振り返ると、ドラ子ちゃんはうつむいて震えていた。


「授業を受けていても、友達と話していても、遊んでいても。これは私が銀乃さんから奪ってしまったものなんだと考えると私……」


「……」


「こうやってお見舞いに来てるのだって私の罪悪感を少しでも減らすためかもしれないんです。そんな自己中心的なドラムおんななんです。わたし」


 ドラ子ちゃんの頬を銀色の滴がつたう。

 それは二筋の流れとなってドラ子ちゃんの体を流れていった。


「ふふっ」


「銀乃……さん?」


 俺の唐突な笑いにドラ子ちゃんが顔を上げる。


「大丈夫。そんな綺麗な涙を流せる君ならそんなこ「面会終了時間五分前です~」


「あっ、それじゃあ私今日は帰りますね。また明日」


 ドアをチラリと開けて声掛けをする看護婦の言葉にドラ子ちゃんが丸椅子から立ち上がる。


 ……なんか叫びたい気分だ。


 ドラ子ちゃんが横スライド式のドアを開けて出て行く。

 寸前で振り返った。


「銀乃さん」


「なんですドラ子さん」


「学校……楽しみますね」


「うん」


 言いたいことはしっかり伝わったかな。


 今度こそ軽く会釈しながらドラ子ちゃんが出て行く。


 その後ろ姿を見ることができるなら……。

 こんな入院生活も悪くないとおも『ピンポンパンポーン。面会終了時間です』


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