現場確保
休憩からあがったあとはまた、忙しい時間が始まっていく。
一人で食事が出来ない方の食事介助をしたり、下膳していったり、点滴の落ち具合はどうか見に行ったり、トイレまで一緒に歩いて行ったり、車椅子の移乗を手伝ったりと、休む暇なんてなく身体はフル稼働だ。
ちらりと時計を見ると、あっという間に時は過ぎていて、もうあと五分で細貝さんが休憩から戻ってくるという時間になっていた。
ふとナースコールの音が聞こえ、廊下にあるプレートが赤く光っていることに気付き、スイッチを消して声を上げた。
「706行きます」
「お願いします」
こちらの様子を見ていた背の高い長倉さんはそう言ってナースステーションに戻っていく。
男性部屋である706号室に入ると、小林さんが気まずそうに笑っていて。
「浅葉君、悪いんだけど。それ拾ってくれる?」
視線の先はベッドの下に向けられていて、そこには真っ黒なテレビのリモコンが一つ落ちていた。
小林さんは腰の骨が折れていて、起き上がることが出来ないためナースコールを鳴らしてきたのだろう。
「大丈夫です。はい、どうぞ」
それを拾い上げると、小林さんはしわをさらに深く刻ませて嬉しそうに笑った。
「忙しいのにすまないね、ありがとう」
「いえいえ。また落ちちゃったら言ってください」
そう話して微笑み、ホッとした気持ちでカーテンを開けて出ていくと、目の前には驚きの光景が広がっていた。
反対側のカーテンの隙間から佐藤さんがチョコレートのお菓子を机の上に大量に置いて、それをむさぼるように食べていたのだ。
佐藤さんは太ももの骨を折って入院中の方で、血糖値が落ち着き次第、手術をするという予定だったのに。
あんなに大量にチョコを食べていたら、血糖値が高くなってしまうのもうなずける。
こんなことをしていたら手術なんて、いつまでたってもできるはずないじゃないか。
慌てて俺はその現場に足を踏み入れていった。
――・――・――・――・――
それからしばしの時がたち、706号室、いや……病棟中に広がるほどの怒号が響き渡っていった。
「大きな声が聞こえたのですが、どうされました!?」
尋常ではない声の大きさに、慌てた様子で細貝さんが706号室に飛び込んでそう問うていった。
「どうしたじゃねぇよ!」
細貝さんの問いにそう声を荒げていったのは恰幅のいい高齢男性、佐藤さんだった。
「申し訳ございません、何があったのか教えていただけないでしょうか?」
その声にふん、と佐藤さんは鼻を鳴らし怒りをあらわにしていく。
「この坊主が俺の棚を勝手に漁りはじめていったんだよ!」
「浅葉君、それ、ホント?」
細貝さんの言葉に俺は静かにうなずいていった。
「佐藤さんの机にお菓子が広がっていて、それを回収しました。他にもお菓子があるんじゃないかと、棚を開けました」
「浅葉君……」
あちゃー、という声が聞こえてきそうな様子で細貝さんは顔を歪めていく。
「お荷物に勝手に手を触れてしまい、申し訳ありません」
細貝さんは俺の脇腹を肘で小突いて来て、慌てて俺も頭を下げていった。
「すみません。出過ぎたまねをしてしまいました」
「いいよ、看護師さん忙しいんだろ。帰ってくれよ」
佐藤さんは布団を頭までかぶって、俺たちのことを完全にシャットアウトしてしまっている。
「でも……」
明らかにその態度は『いいよ』という態度ではないし、不快にさせてしまったことが不安で仕方がない。
どうにか弁解しようとそばに寄ろうとしたけれど、細貝さんは俺の腕をつかみ小声でこう言っていった。
「浅葉君はちょっと部屋出てて」
困ったような情けない顔を浮かべると、細貝さんはにこりと笑い『任せて!』とでも言うように大きく胸を叩いていった。