新たなはじまり
鬼と姫の二人からこってりお説教をされた翌朝は何故か、ここ最近で一番いいタイミングで目覚めることができた。
四月はじまりのあの日のように空もよく晴れ渡り、再スタートを切るには最高の朝のような気がする。
――・――・――・――・――
「姫野さん、朝の点滴確認よろしくお願いします!」
「ああ、よろしく」
朝一番の点滴の確認で、いつもは避けていた姫野さんをあえて指名すると、姫野さんは怪訝な顔をしながらも点滴台までやってきてくれた。
声に出し、指示に照らし合わせながら、患者名、点滴内容と日にち、投与の時間とを二人で確認していく。
昨日間違えたビタミン剤の名前を読んだ後に「二分の一です!」と、はきはき言うと、面倒そうに姫野さんは俺を見つめていった。
「なんか今日はえらく張り切ってんね。ああ熱い、部屋の温度上がりそー」
小馬鹿にするように、パタパタと顔をあおぐ動作をする姫野さんを見て俺は笑う。
「間違えたくないから、気合入れてるんです」
その言葉に、ピクリと眉を動かして姫野さんは、ふんと鼻を鳴らしていく。
「さっきも自分の予定表の点滴欄にマーカー引いてたよね。またアタシに説教されて、インシデントレポート書きたくないから?」
首を横に振って、姫野さんの目をまっすぐ見つめながら堂々と答えていった。
「いいえ。ちゃんと患者さんを守って、元気に退院してもらいたいからです」
間違えて患者さんを傷つけるのが怖いなら、間違えないようにメモをしたり、意識付けの工夫をすればいい。
今日からはちゃんと、業務に振り回されずにちゃんと患者さん自身を看るんだ。
鼻息荒く、そう意気込んでいく。
じっと俺の目を見つめ続けて、無言のままな姫野さんは、俺の答えにどういう反応をするのだろう。
そう思っていると、彼女は柔らかく目を細め、満足そうに両方の口角を上げていった。
「ふーん。ま、いいんじゃない? だけどその暑苦しいテンションで夕方までもつのか見ものだけど」
「最後まで、もたせてみせますよ」
ここだけは負けるものかと不敵に笑い返す。
「じゃあ、もたなかったら次回の勤務で昼飯ラーメンおごりね。チャーシュートッピングのヤツ」
姫野さんのその一言で一瞬にして緊張感が途切れてしまった。
「え~まじっすか」
「ほら、集中! 半筒なんだろ」
楽しそうに笑う姫野さんを横目に、針を注射器にセットし、アンプルの中の薬液を吸い出していく。
半分の量を二人で確認する時に、注射器越しに姫野さんと目が合って、思わずお互いにくすりと笑っていったのだった。