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ノスタルジアの魔女  作者: 記角麒麟
ノスタルジアの魔女
9/31

──午後──

「──殲滅宣告エキストです、代理」


「うっ……また敗けた……」


 同日の昼下がり。

 午前中にすべての仕事を終えたルノーと蒼は、居間でなにやらボードゲームをしていた。


「何してるのかしら?」


「あ、ナンシーお帰り。今さ、蒼と殺戮西洋将棋デストロイチェスをやってたところなんだよ」


「……何、その物騒な盤上遊戯ボードゲーム


 腰を下ろし、こたつの中に脚を入れる。

 霜焼け寸前だった脚が、その魔性の温もりに復活を与えていく。


 目を机上に移すと、そこにはチェスのボードが乗っていた。ただし、普通のそれとは違う点が一つあった。


「……何で、キング取られてるのにゲーム続いてるのよ?」


 そう、なぜか両者ともにキングが場外にいるのだ。

 普通ならばキングが撃ち取られたところで、このゲームは終了するはずだ。

 なのになぜ?


 首をかしげ、怪訝な顔をする私に、蒼はこう回答した。


「マスター、勘違いしてます」


「勘違い?」


「はい」


 言うと、蒼は盤上を元に戻した。


「これは、チェスではなくてデストロイチェスです。アレとは別物のゲームです」


「……つまり……相手の駒をすべて場外送りにするというルールなのかしら?」


「その通りです。どうですかマスター。私と一戦」


 ……なるほど、キングを撃ち取るだけでなく、相手を全滅させなければならないというルールね……。


「わかったわ。でも一戦だけよ」


 私はそう言うと、彼女の対面に座り直した。












 数分後。


「──殲滅宣告エキストです、マスター」


 私は敗北した。

 普通、チェスは王さえ取れば勝ちとなる。しかしこれは、全部とらなければ勝ちにならない。

 一見、普通より簡単だと思いきや、存外それより難しいものだった。

 一度やってみればわかると思うが、戦略の広がりが凄すぎる。

 王さえ守ればいい訳でもないからな……。

 いや、頭が疲れた。


 私はどさりと床に転がると、ため息をついた。


「……貴女って、こんなに頭良かったかしら?」


「仕事のお陰で、超思考演算能力が開発されましたから」


 何、その能力……。


 私は伸びをして床に寝転んだ。

 頭使いすぎて、もう怠い。


「ナンシー風邪引くよ?」


「んぅ……」


 気だるげに答えて、そのまま夢の世界へ歩み寄ろうとする。

 今日は疲れた。

 主にさっきのアレのせいだ。

 考えすぎて怠い。


「ルノー、私夕飯が出来るまでここに居るわ~」


「だからダメだって。ほら、温室に干してるアルラウネがあっただろ?様子見てくれば?」


 アルラウネとは、マンドレイクの根っこの事だ。

 外皮を剥いで糸に吊るして乾燥させたものを、水やワインで煮出し、すと不妊薬が作れる。

 根っこは世界最古の痲酔薬だったらしい。

 因みに調合法は残念ながら知らない。

 麻薬としても活用できるらしいが……私はそんな危険なことはしない。


「そうね……昨日、娼婦さんから不妊薬の依頼が入ってたしちょうどいいわね」


 この時ルノーは、何でそんな人と知り合ったんだと思ったが、何か訳があるのだろうとあえて聞かないことにした。


 少女はナメクジのようにこたつから出ると、二、三回伸びをしてその部屋をあとにした。











 展望台に上り、周囲を見回す。

 陽光の差し込むその部屋は、少し霜が出ていた。


「……はぁ」


 私はため息をつくと、窓拭きを開始する。

 放っておけば黴になるし、黴になると胞子を撒き散らしたりする。

 その胞子が気管支なんかに入ったりすれば、結核とかになるかもしれない。

 ──いや、それは勝手な妄想か。

 でも、黴が無い状態というのは、あって損はしない。

 あったら逆に損をするだろう。


 私は魔法でそれを終わらせると、温室の方へと歩み寄った。


 干してあるアルラウネを確認すると、糸を吊るしている竹の竿から一つずつ解いていく。

 全て取り終えると、シルクの敷かれた木箱の中に入れた。


「ふぅ」


 箱を閉じて、息を吐くノスタルジア。

 気温が低下していたため、少し表面が濡れていたので苦労した。

 一つ一つ丁寧に拭いて箱の中に収める作業は時間がかかる。


 私はそれを抱えると、一階の研究室まで持って降りた。

 因みに、展望台があるのは地上四階である。


 研究室に入ると、大鍋とコンロを用意した。


「あ、赤ワインが無かったわ」


 仕方ないと思い、水で代用することにした。

 大鍋一杯に水を入れ、火にかける。


「面倒だし、魔法で一気に沸騰させよう」


 左手を突きだし、くの字を宙に描く。

 ルーン文字のカノだ。

 ルーン文字というのは、内容が曖昧だ。

 なので、その曖昧さを使う度に意識して変えないといけない。

 カノのルーンは松明の火。

 灯りという意味でもしばしば使ったりするが、今回はそのまま火という意味で使用した。

 コンロの火が強くなる。


「暑い……」


 彼女は扉を開けて、酸素を入れ換えた。

 そろそろ煮たったかなと思ったところで、アルラウネを投入。

 火を沈静化させるために、イサのルーンを描いた。

 イサのルーンは、縦の棒の形をしている。

 意味は氷。

 冷めゆく気持ちや停滞等を表すルーンだ。

 しかし、これも意味はやはり曖昧である。

 氷なのだから、当然冷やすこともその能力のうちだろう。

 閑話休題。

 火は小さくなり、適温でそれは維持され続けた。


「……あれ、これどれくらい待つんだっけ?」


 近くにあった本のページをパラパラとめくり、答えを探すが、書いていなかった。


 ……ま、いっか。


 私は諦めて、それを煮続けた。


 最後にそれを漉してできたものを瓶に積めた。

 だいたい50本くらい作ると、私は後片付けを始めた。

 まあ、あるだけ作って売ればいっか。くらいの心情だった。

 世の中にはプラシーボ効果というものがある。

 実際にはその効果のない薬でも、そういう効果があると思わせて飲ませると、実際にその効果が表れる……みたいな感じだったかな。


 瓶にラベルを貼り、机の上に置く。


「そういえば、ラベルに使うテープもそろそろ切れかけてたわね……」


 薬品棚の引き出しを見ながら、私は呟いた。

 明日、依頼達成のついでに買ってこよう。


 と、そんなことを考えて、私は伸びをした。

 気がつけばもう日は傾き、オレンジ色の光が窓から差し込んできていた。


(もうこんな時間なのね……)


 一日が終わるのは早い。

 ひとつの仕事に一日かかっていたら、効率が悪いかもしれない。

 ふとそう思う。

 掃除や片付けは、ルノーや蒼に任せているとはいえ、それでもやはり手が足りない気がする。


(住み込みでメイドか執事を募集しようかしら?)


 顎に手を当て、考える。


「ま、それもまたいつかしようかしらね」


 呟き、私はその部屋を後にした。

※マンドレイクの根っこ(アルラウネ)には毒があります。

 ちゃんと薬剤師の指示にしたがって生成しましょう。

 また、この物語はフィクションです。

 真に受けないでくださいね?

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