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ノスタルジアの魔女  作者: 記角麒麟
ノスタルジアの魔女
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──食卓──

「……」


 静かな寝息を立て、彼は眠る。

 その顔は、まるで天使のごとく無邪気で子供じみた寝顔だった。


「……」


 見つめながら、少女は思う。

 ずっとこの顔を見ていたい。

 しかし、そんな願いも届くことなく、朝は訪れるのだ。

 日の光が窓から差し込み、外の霧は一層に濃く映し出される。

 霧に揺れて淡い光を放つそれは優しく、その寝顔を照らした。

 外の森では鳥が鳴いていた。

 その囀りを合図にしたかのように、彼はむくりと目を開く。


「……ナンシー?」


 寝ぼけ眼で呟くルノー。

 以前まで教会に属していた彼だが、今やすっかりそんな様子はない。

 自分から止めていったのだから。

 理由は、彼女と暮らすため……と、以前聞いたが、どうにも未だに信じられない。


 私は、おはよう、ルノー君と返して、彼のベッドから降りた。

 一緒に寝ているわけではない。

 毎朝こうして、彼女は彼の様子を見に来ているのだ。

 彼女からしてみれば、彼は兄の様な存在だ。

 しかし、その優しさが好きで、彼を愛しく思っている節もある。

 一方において彼の場合、彼女は手のかかる妹の様に思っている。

 そこに恋愛感情はないのだが……。

 どうやら、ノスタルジアの方にはそれがあるらしい。


「今日の朝食は何かしら?」


 洗面所へ移動しながら、少女は彼に尋ねる。


「そうだなぁ……ベーコンエッグでもしようか。簡単に……それに、パンもあるし……」


 答えながら、二人は歩く。

 部屋から洗面所までは距離がそこそこある。

 部屋から部屋まで移動するのに、それがちょっとした散歩になる程度には。

 朝食や今日の日程等について話し合っていると、どうやら掃除中らしいジャージ姿の蒼と出会った。


「おはようございます、マスター。それと代理」


「おはよう、蒼。君の髪はいつ見ても綺麗だね」


「おはよう蒼。こいつの言うことは必要外無視していいのよ。どうせ上っ面だけなんだから」


「酷いなぁナンシーは。もしかして拗ねてる?」


「煩いのよ。そういうことはもっと大人ダンディーになって言うことかしら」


 朝から騒々しい挨拶を繰り広げる二人。

 置いてけぼりにされた蒼は、どうやら不服そうである。

 しかし彼女は笑顔を崩さない。

 彼女には第一にマスターを幸福にするという仕事があるからだ。

 疲れる仕事だ。彼女はそう思う。しかし、そんな彼女の癒しは、少女の幸福であった。

 なんとも皮肉な仕事と性格である。


「それじゃ蒼。頑張るのよ」


「かしこまりました」


 こうして蒼との挨拶も終えて、二人は洗面所へと向かう。

 顔を洗い、歯を磨き、風呂に入る。毎日同じように洗い合い、体についた泡を流して湯船に浸かる。


 湯船に浸かる習慣は、ノスタルジアとノスティが一緒に暮らしていた頃からのそれだった。今でもルノーと連れ添ってその習慣は続いているのである。


 湯船に肩まで浸かりながら、白くなってきた髪を眺める。

 ……私はこの髪の色が嫌いだ。

 だから、髪の色を黒く染めていた。


 私の髪の毛は染色が落ちるのが早い。

 もう髪染め用のインクは底をつきかけている。


「はぁ……」


 ため息をつきながら、彼の肩に頭をのせた。

 湯船に使っていると、こうして首をもたげているのも怠くなる。


「のぼせてきたのか?」


「少しだけね……」


 彼はそうかと呟くと、少女を抱っこして湯船から上がった。

 これもほぼ毎日の出来事である。

 最初のうちは恥ずかしかったのだが……つくづく思う。馴れというのは本当に恐ろしい。


 体を拭いて髪を乾かす。

 使用するのは、ノスティの手作りドライヤーである。

 未だこの時代には開発されていないものだが、何せ彼女のことだ。

 世界の真理を見渡し、操れる彼女は、時間旅行だって雑作もない。

 これも未来に行って、作り方でも覚えてきたのだろう。

 この屋敷にはそういったものがごまんと溢れている。

 焦げのつかないフライパンとか、シャンプーやコンディショナー、トリートメントに泡の石鹸。洗剤に専用の包丁。ホームベーカリーに電気ストーブ。人工子宮もそのうちの一つだったりもする。


 本当に得たいの知れない人だ。

 この眼をもってしても、よく見れない所がある。


 二人は服を着ると、それぞれの場所へと向かった。

 ルノーは厨房へ、ノスタルジアは居間へ。

 書庫にある本は、先月全て読破したので、もう読むものもない。

 もう一度読みたいと思うようなものも今はないし。

 消去法的に、彼女は居間でまったりとすることにした。

 居間にはこたつと電気ストーブ、加湿器つき乾燥機がついたエアーコンディショナーが完備されてある。

 冬場まったりするには最高の場所だ。

 しかし、ここもちゃんと掃除しなければ黴が出る。

 なんせ外は霧が出ているのだから。

 ……まぁ、それも全て蒼に任せているし、別に良いだろう。


 と、そんな風にゴロゴロしていると、メイド服に着替えた蒼がやって来た。


「……」


 彼女は無言で何かを取り出すと、机の上に置いた。

 どうやらミカンのようである。

 底の深い皿に、適当に盛られたミカンの山から、私は1つ手に取る。


「1、2、3、4……だいたい12個くらいかしら……」


 ヘタを取り外し、中の筋を数える少女。どうやら中身の房の数を数えていたらしい。


 彼女は上体を起こすと、片手にミカンを持ってコロコロと転がした。


「ねぇ蒼~」


「なんでしょう、マスター」


 蒼は一心不乱に中の白い筋を取り除くことに集中しているらしく、こちらには目を向けない。


「日本ってさ、ものの数えかたにいちいち単位つけるでしょ?」


「らしいですね~」


「でね、今思ったんだけど、この中身の房ってどう数えるのかなーって」


「普通に一房、二房じゃないでしょうか?」


「ん~。それだと安易すぎる気がするんだよね~」


「安易、ですか」


 漸く白い筋を全て取り終えると、彼女はそれを一口に口に含んだ。

 丸呑みである。

 その光景を見た彼女は、唖然と口を開けたまま静止した。


「私、ミカンを丸呑みする人初めて見たわ……」


 感想を述べるノスタルジアに、蒼はそれをごくりと呑み込んで答えた。


「私人じゃありませんから」


「いやいやいや、そういう問題じゃないわよ……」


 首を振って、剥き終えたミカンの房を手に取る14歳の少女。

 と、そこに湯気のたつお盆をもってルノーがやって来た。


「お、ミカン。蒼が持ってきてくれたのか?」


 こくこくと頷く蒼。


 ……なんだか、負けた気分がしてきた。


 最近なんだかルノーが蒼に甘い。

 そしてこの彼女の反応。

 私に対する扱い。

 ……どうにも癪に障るところがある。


「ルノー君。口開けて」


 彼女はそう言うと、ミカンを一房千切って、彼に突き出した。


「いいよ、自分で食べても」


「いいから、口を開けなさいよ!」


 断る彼を無視して、少女は彼の口にそれを押し付ける。


「わかった、わかったから……あむ……ありがとう、ナンシー」


「どういたしましてなのよ!」


 満足そうにそう言って、彼女は腰に手を当てた。

 それが、彼女たちの今日の始まりだった。

 平和っていいですよね~。……はぁ。羨ましい……。

 ルノーが羨ましい……。

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