──見落──
小鳥の鳴き声が聞こえてくる。
向かいの窓からは柔らかい木漏れ日が差し込み、朝霧が窓に霜を作る。
研究室の中、天井から人形が吊るされた一角に、彼女は居た。
「で、出来たわ……これでついに完成よ……!」
少女の目の前には、巨大な人工子宮があった。
青い薬品の中には、下から管で繋がれている一人の女性の姿があった。
いや、それは精巧に造られているものの、生物ではなく人形である。
金色の長髪に長い睫毛。きめ細かい肌に細長い手足。すらりとした体躯は真っ白く、まるでアルビノの様な神々しい雰囲気を醸し出している。
人形ゆえに生殖器は存在しない。
しかし、物を食べて、自らそれを消化し、吸収してエネルギーにすることが出来るように設計されてある。
まぁ、つまり、便もするし物も食うのだ。
食べたものは動力になったり、ボディの修復に使われるよう魔術回路を組んである。
頭には自立思考できる疑似精霊を組み込むことで、自我や感情、思考、学習能力を付与。
「……完璧だわ」
少女は見惚れたように呟いた。
今まで造ってきた全てのドールは、どれも上手くいかなかった。
しかし今回は、そのどれとも違う精巧さだ。
それはもう完全に人間の域に達した人形とさえ言えた。
「……」
人形が目を開ける。
その瞳孔はきれいな蒼だった。
吸い込まれそうな、空の色だった。
「蒼。これから君の名前は蒼よ」
機械を操作して、彼女はアオを人工子宮から解放した。
「……Mein name ist……Ao……」
(……私は……蒼……)
透き通った声で、確かめるように呟く彼女。
その様子に私は感動して、しばらく動くことができなかった。
しかし、そんな高揚も長続きはしなかった。
私はよしと頷くと、早速彼女に命令を下した。
「じゃ、ここにあるレシピ通り、殺虫剤の分解薬作っておいてね」
レシピの書かれた羊皮紙を渡し、私は部屋をあとにした。
(ようやくこれであの白い奴を見なくてすむわ……)
部屋の前で伸びをした。
なんだか解放された気分になって気持ちがいい。
私はそんな感想を抱きながら、木漏れ日に揺れる廊下を歩き去った。
──そこまでは良かった。
うん。良しとしようじゃないか。
私がその扉に背を向けて、さてルノー君の寝顔でも見に行こうとしたときだ。
なぜかしら。
──背後から爆発音が聞こえてきたのは。
「!?」
急いで研究室へと走っていく。
──バタン!
勢いよく扉を開け放ち、中の様子を確認した。
まず目に入ってきた光景は、宙を舞う水滴だった。
なんの液体かはすぐにわかった。
──分解薬の素液だ。
黄色い液体が飛び散り、床を溶かす。
「何やってるの!?」
いつも背伸びして語尾につけていた『かしら』とかが外れているのにも気づかずに、私は叫んだ。
「申し訳ありません、マスター。手が滑りました」
貫頭着に素液が付着し、溶けて破れる。
蒼は飛び散ったそれを処理しようと、近くにあった雑巾に手を伸ばした。
「ストーップ!ストップストップストーップ!」
伸ばす手を捕まえて、無理やり制止をかける。
危なかった……。本当に危なかったわ……。
止めなかったら、さらに大惨事になっていたところだったかもしれない。
そうだよね……。
こんなの、生まれたばかりの赤ん坊にできるようなことじゃないよね……。
私はため息をつき、彼女を部屋の外へと追いやった。
「ここは私がなんとかするわ。だから蒼、少し外で待っていてくれるかしら?」
「……マスター、もしかして怒ってますか?」
頭を抱え、伝える私に、彼女は上目使いにそう聞いた。
相手の身長が自分よりも高いせいか、彼女はしゃがみこんでこちらを見上げるような形をとっている。
……なんか、腹立つ。
私は無意識の内にこめかみに青筋をたてながら言った。
「怒ってないから。さっさと部屋から出て行ってくれるかしら?」
「……命令受諾」
彼女はそういうと、しぶしぶという風に、そして申し訳なさそうに出ていった。
そして、蒼は扉の外で思った。
(やっぱりマスター、怒ってる……なんとかしないと)
余計なことを思う彼女であった。
一方でノスタルジアは思った。
(面倒くさがって初期設定を未設定で出したのは、流石に失敗だったわね……)
はぁ、とため息をつき、私は後片付けへと戻るのであった。
どんなに巧くできたものでも、最後の最後で油断してしまえば、どんな傑作でも欠陥品になりうるのである。
いい教訓を得たノスタルジアでした。