──休眠──
ある日、少年はいつもの通り、本を読みながら椅子に凭れていた。
広すぎるこの屋敷には、彼以外誰もいない。それが少し、少年には寂しく思えた。
「ん~~っ」
外は森の木々で日の光はあまり差さず、湿気もたまりやすいし埃は多い。本棚はちゃんと掃除しなければ黴が生えるし、日光に当たらなければ不健康で死ねる。
なんとも立地の悪い事である。
そこで彼はあることに思い至った。
「木の間隔を広げてみようか」
しかし、どうやってそれをするのか。
俺は指を顎に当てて、しばらくの間黙考した。
そうだ、せっかく魔法が使えるんだ。木の間隔を広げずに、太陽の光を浴びる方法を考えよう。
思い至ったが即に行動した。
手にはペンとインク、羊皮紙を持ち、アンティークな木の机の上で、式を書き上げていく。
彼はノスタルジアの魔女(witch)だ。
しかし魔女と言えど、使える魔法は少ないし、魔女を名乗るものの、悪魔や精霊、天使との交渉、干渉経験は無し。箒に乗ったことも無ければ、魔女術なんてちょっとした呪い程度しか扱えない。
彼の使う魔法は独特だ。
何せ一人で、独学で学んだものが大半を占めるし、あの緑の目の人から教わった魔法と言えば、色の見方と特別な薬の作り方くらいなものだ。
彼の魔法は、魔力は使うことは当然として、天使や悪魔からはその力を借りずに行う。
彼は色を使って、そこに意味を与えることで魔力を付与し、それを扱うのだ。
「これでいいかな。あとは集光盤とそれから──」
必要なものを探しに、外の倉へと歩きながら少年は呟いた。
倉を開け、中へと足を踏み入れる。
「──時よ、私の大事な集光盤のあった時間へと戻れ」
左手を矛の形にして掲げる。そしてそれを、瞑目した状態から半時計回りへとそれを回し、呪文を唱えた。
捜索の概念が付与された影色のそれが、魔力を少年に与える。
(……倉の一番奥の引き出し、二番香炉の隣)
魔力がそれの位置を指し示す。
ここの倉は広い。高さはだいたい彼の十人分はあるし、奥行きだってそこそこある。その両隣には棚がところ狭しと並べられており、それそれに名前がついた札が貼られてある。
ただまぁ、それすべてを覚えることはできないために、彼は魔法を使って物を探すのだが。
(毎日掃除しているとはいえ、埃っぽいのは勘弁してほしいな……)
ふと使用人が欲しくなる少年であった。
俺は一番奥の棚から集光盤を取り出すと、そそくさとその場をあとにする。
「あ、そういえば昨日の注文がまだ終わってなかったな……期限はあと二日だったか……備品の買い出しのついでに、材料も揃えておこうかな」
そう呟くと、彼は屋敷の研究部屋へと入っていった。
扉の装飾は華やかで、どちらかと言えば多少ファンシーな雰囲気なのに関わらず、その部屋の内装は無骨そのものであった。
一見、何に使うのかわからない蒸気機関や歯車、試験管やフラスコ、薬品棚が並べ立てられている。
しかし、そんな中にも、天井から作りかけの人形がぶら下がる、何も知らない人から見ればホラーにしか見えない一角もある。
……正直に言って、詐偽である。
「えーっと木炭木炭……あれ、木炭どこに置いておいたっけ?昨日はここら辺に収納していたんだが……」
仕方ないと思いつつ、手慣れた風に捜索の魔法を使う。
「……机の引き出し、一番奥……あったあった」
彼は表面上の整理整頓は得意なのだが、どうにも引き出しの中の掃除は不得意なようだった。
そうして彼は魔法道具を組み立てていく。ネジやハンマーは使わない。薬品はそんなに必要ない。必要なのは形と色、そして光の位置だけである。
そうしてできたそれは、彼によって屋敷の展望台へと運ばれていった。
最後に角度を調整して、呪文を書いた札を敷けば完成である。
──直後、暗い展望台が光に満ちた。
今まで全体的に木葉で遮られていたそれは、光を取り戻した。
まるで、天の梯子である。
「ん~~っ!上手くいった!」
取り付けられていたベンチに腰掛け、伸びをする。
温室となっている展望台の草花が、元気を取り戻したように緑を映やす。
これで魔法薬に使う植物の生産スピードも効率も上がった。
「しばらくここで寝ていようかな……」
少年は大きなあくびをすると、そう言ってその場で横になった。
今話もお読み頂き、誠にありがとうございます。
次話をお読みいただけたことに、本当に光栄に思っております。
さて、今回のお話はどうでしたでしょうか。
この章では、彼の暮らす屋敷を中心に、ほのぼのとした、時に過激な日常ライフを描こうと思っています。
これからの彼の活躍が、ご期待に添えるものになるよう努力致しますので、どうか優しい目で見守ってやってくださると嬉しいです。
もしよければ、ブックマーク、感想、その他ご指摘等々ありましたら、何でもよろしいので書いてくださると嬉しいです。
それでは、また次回お会いしましょう。
以上、記角麒麟でした。