第三話
シンデレラの誕生日会がルヴェール城で催されるということを聞いたのは、先日、魔法の手鏡を使って当の本人と話していたときのことだ。
そのパーティーには、各国の姫へ招待状を出していて、シンデレラを筆頭とする保守派の姫たちはもちろん、敵対している改革派の姫たちにも送っているとのこと。
俺は、この大陸の各地を束ねる、姫君たちに出会ったことがある。
保守派では、魔法都市ノンノピルツに暮らすアリス。変わり者の楽しいこと好きの少女で、友達になって遊ぼうと誘われたことがあった。
パープルの大きなリボンが特徴的な、金髪のツインテール少女だ。
そして、俺にとってはある意味恋敵のような存在でもある、海底宮殿ウォロペアーレ城に住むルーツィア姫。
美しい人魚姫だが、どこか暗い内面を憂いを帯びた表情に見せる。
彼女はシンデレラのことを盲目的に敬愛していて、心なしか、俺がシンデレラと仲を深めようと考えているのを面白く思っていないような……、考えすぎだろうか。
改革派のリーダー的存在なのは、シンデレラの宿敵とも言える、城塞都市シュネーケンの王女、アンネローゼ姫。
その高慢にして自信に満ち溢れた姿には、一種のカリスマ性があるのは認める。民からの信頼も厚い姫だ。
漆黒の黒髪をなびかせ、赤いドレスを着こなす、女王のオーラを持つ人だと思う。
アンネローゼ姫の親友が、ルチコル村に住むリーゼロッテだ。
天真爛漫で可愛らしい少女で、赤いずきんの付いた衣装がよく似合っていた。
友達になれたら楽しい子だろうな、と初対面のときに思ったものだ。
最後に、アンネローゼを姐さんと慕う、鉱山都市ピラカミオンを束ねるラプンツェル。
勇猛果敢で姉御肌の女性で、昔はやんちゃしていたとの噂も聞いたことがある。
そのラプンツェルに慕われるのだから、アンネローゼ姫のカリスマ性もさすがといった次第だ。
とにかくまあ、敵対している姫たちが来るかは不明だが、その誕生日会には、なぜか俺も招待されたのであった。
俺が行くかどうかって?
その答えは決まりきっている。
好きな女性の誕生日会に招かれて、断る男はいないだろう?
こうして、誕生日会当日がやってきた。
さっそうと正装に身を包んだ俺は、予定の時刻よりも三十分早く、城に到着した。
「あれあれ~? キミ、シンデレラのとこの騎士になった子じゃん。このアリスの誘いを断って~」
全体的にふわっとしたドレスを着た金髪ツインテール、アリスのおでましだ。
にひひっとした小悪魔的な笑顔が警戒心を呼び起こす。
「久しぶりだな、アリス。先ごろは、君の騎士になるのを断って悪かった」
「別に気にしてないけど~。暇ならアリスと今から遊ぼっ!」
「あいにくだが、君と遊んでいたら、いつの間にか落とし穴にでも落とされて、シンデレラのパーティーに出られなくなりそうだから遠慮する」
「ひっどーい。アリス、そんな悪い子じゃないもん」
しくしく、と顔に手をやり泣き始める。もちろんウソ泣きである。
「あら。ダメですよ、殿方が女性を泣かせるなんて」
しとやかな声のする方を見ると、人魚姫、ルーツィアがそこにいた。
「いや、俺は別にいじめているわけでは……」
「そうだよーん。ウソ泣きだし~」
アリスがけろっとした顔で言いのける。
「もう、アリスったら。私はてっきり……。ごめんなさいね」
「ああ。気にしないで」
「優しいのね。アナタに惹かれるというシンデレラの気持ち、わからないではないわ……」
「えっ?」
最後の方は、消え入るようなか細い声で、俺は聞き返したが、ルーツィアはがんとして言い直してはくれなかった。
「みんなようこそ。本日は私の為に集まってくれて、本当にありがとう」
主賓の登場だ。シンデレラの凛とした声には、いつもながら惚れ惚れとする。
「シンデレラ、おめでとう! アナタの為なら、私、毎日だって会いに来たいぐらいよ」
ルーツィア姫が、シンデレラに熱っぽく話しかけた。その笑みは、心からの信頼に満ち溢れている。
「お誕生日おめでとう! アリス、今日はい~っぱいごちそう食べちゃうわよ!」
「もちろん。心置きなく楽しんでほしい」
シンデレラが、二人の姫君のことを心底大事に思っているのが、声や表情から伝わってくる。
なんていうか、女の友情ってやつもいいものだな。
「これで、保守派の姫たちはそろったな。果たして、彼女たちは来るのかな?」
「アンネローゼたちか。うん、来てくれたら奇跡と言ってもいいだろう。ただ、私は、こんな混乱の世界にあって、いつまでもいがみ合っていても仕方ないという心に従って、招待状を出した。どう動くかは、彼女たちの心に任せるほかない」
「そうだったのか」
世界の安定を願うシンデレラの思いを、強く感じた。
「そろそろパーティーの時間だ。主賓は行かなきゃいけないんじゃないか」
「うん……」
シンデレラが後ろ髪ひかれる様子で、その場をあとにしようとすると、
「お待ちなさい。客人が来ているのに、立ち去るのは無礼というものよ」
自信に満ち溢れた声の主は、……アンネローゼ姫だった!
「……来てくれたのか」
シンデレラの瞳に、心なしか喜びの色が見えた。
「アンネ姐さんが行くっていうからさ。アタシも来てやったぞ」
ラプンツェルがひょいと顔を出す。
「あたしも来たよ!」
リーゼロッテも元気に姿を現した。
「これで各国の姫、全員がそろったな」
俺は、半ば信じられない気持ちでつぶやいた。政治的な集まりではなく、今回の催しは、あくまでもシンデレラの生誕を祝う会だ。
敵対している姫君たちにも、世界の安定を願う思いがあったのだろうか。
「誤解しないでちょうだい。私たちはあくまで、各国の代表として来ているの。招待状を受け取って無下にするのは、国を治める者として恥ずべき事よ。民への知らしめ……そうね、敵対国にも慈悲の心を見せる代表者、としての姿を見せるのも大切なこと」
アンネローゼの毅然とした言葉に、俺は納得し、シンデレラはわずかに憂いの表情を見せたが、すぐにいつものきりっとした顔に戻った。
「理由はなんであれ、来てくれたことに感謝する」
差し出した握手の手を、アンネローゼは一瞬見つめて、それからさっと握手をかわした。
友情ではなく、信頼もまたほど遠い。この二人の和解の日は、いつか来るのだろうか。
ともあれ、その日、一日を使って、城では豪勢なパーティーが開催された。
民人は歌い、シンデレラの崇高さを称え、ごちそうがみんなに振る舞われた。
酒にほろ酔いになった俺は、酔いをさまそうと、城内の片隅に座っていた。
宴もたけなわ、今日は各国の姫君たちにも一斉に会えて、気分が高揚しているのが自分でわかる。
「楽しんでいるか? ウィルガルド殿」
シンデレラが、そこに立っていた。
「ああ。おかげさまで。今日はいい日だ」
「隣、座ってもいいかな」
「どうぞ、お姫様」
酒の入ったグラスを片手に、陽気に言った。
「私の為に、人々が集ってくれたこと。祝ってくれること。本当に、感謝している」
「みんなわかってるさ。アンネローゼだって、ああは言っていたが、心底嫌いなら、来たりしないだろう」
「そうかな。……そうだと、いいな」
麗しき姫の心は、どこか遠くを見ているように感じた。
それが少し寂しかったから俺は、
「世界の平和も大事だけどさ。今日は君が主役の日だ。一日ぐらい、羽目を外せよ」
そう伝えて、グラスをひょいと彼女に向けて上げた。
毎日を、城の安定と、世界の探求と、民の為に捧げるシンデレラ。
今日ぐらいは、目の前の俺のことを、見てほしかった。
「ありがとう。貴方がいてくれて、私は本当に救われているんだ……」
シンデレラは、手にした自分のグラスを、カツン、と俺のグラスに軽く触れさせた。
「誕生日おめでとう。我らが姫君の前途に、祝福あれ!」
「それは貴方もだ。ウィルガルド殿の冒険の日々に、幸いあれ」
そうして、俺たち二人は、同時に笑った。
屈託のない彼女の笑顔。
これを守る為なら、俺はいつだって、頑張るさ。
これが、俺、騎士ウィルガルドのちょっとした、だけどかけがえのない日々の話だ。
暇つぶしにでも、聞いてくれたならありがたい。
それではお互い、良き冒険を!
完