第二話
朝日が窓の外から差して、カーテン越しに俺のまどろみを邪魔する。
ベッドからのそのそと起き上がると、ふわ~とあくびをした。
神聖都市ルヴェールで宿をとって生活を始めて、かれこれ二ヶ月は過ぎただろうか。
蛇口をひねり、冷たい水で顔を洗って目を覚ます。
鏡の前で、ショートのクラウドマッシュの銀髪を整えた。
先日、ルヴェールのクエスト協会に行ってくれとシンデレラに頼まれたので、今日はそれをこなすことにしよう。
各地のクエスト協会では、姫からの依頼や、住人たちからの依頼が掲示され、基本的に自分の気分でその日の冒険の内容を決める。まあ俺の場合は、シンデレラへの想いがあるので、姫の依頼を優先する傾向はあったりするが。
騎士である俺の任務は、主に三つあり、一つ目が拠点であるルヴェールを警護すること。二つ目が世界各地の住人の依頼を受注して、助けること。三つ目が、いばらの塔シピリカフルーフの調査だ。
いばらの塔。それは呪いの蔓延した、入る者を拒む力を持つ、この世界の混沌の元凶とされる。
聖女いばら姫――名前をルクレティアと言う――が、先代から世界の均衡を保つ力を継承する前に呪いにより倒れ、今もいばらの塔のどこかで眠っていると言う。
シンデレラは、親友であり忠誠を誓ったルクレティアを救う為に動き、対抗しているのが、白雪姫――城塞都市シュネーケンの王女、アンネローゼだ。
アンネローゼは、ルクレティアの腹違いの妹だが、そのカリスマ性をもって改革派を率いて、姉ではなく、自分が世界の統率者になろうとしている。
この世界では、主にこの二人の掲げる理想のどちらかに従い、民は生きている。もちろん、中立派として生きる道を選択する者たちもいる。
そんな中で、保守派のシンデレラの騎士になることを俺が選んだ理由は、……とてもとても単純な理由からだ。
……聞くか?
…………うん、一目惚れだ。
初めてシンデレラと出会ったときの衝撃。
ブロンドの長い髪が、風に舞っていた。絢爛な髪飾りの方がかすむほどに、美しい髪。
エメラルドグリーンの瞳の奥から、気高さと強さ、そして深い慈悲の意志を感じた。
正義を体現する、青で統一した衣装に身を帯びた、正真正銘のプリンセス。
その美しさに、俺は一発で惚れこんでしまった。
彼女の外見も、内面も、ど真ん中で好みだったのだ。
軽薄と笑ってくれるな。
人が人に仕えるのに、これ以上の強い絆があるだろうか。
恋。
それが、俺が彼女に仕える最大の理由だ。
文句は受け付けないぞ。
「っしゃー、ゴールドゼリルー発見! 絶対倒す!!」
いばらの森ロゼシュタッヘルを探索中に、超絶、金を落としてくれる魔物に遭遇した俺は、がぜんやる気を出した。
黄金色のぶよぶよとしたゼリー状のそいつは、俺に倒されてたまるか、とばかりに攻撃をしかけてくる。
辺りは巨大ないばらの木々が生い茂り、うっそうとして陰気な場所だ。
そんな中で光り輝くピスラ! 金!
姫に頼まれたクエストで、魔物を一定数以上退治する仕事を請け負っている俺にとって、こんなラッキーは逃がすわけにいかない。
俺の手持ちのメイン武器は、一番強いのが剣で、盾も装備している。予備には、回復スキルが使えるメイス……が定石のようだが、性格的にメイス向きじゃないと思って、手に入れたときに武器強化の素材にしてしまった。
よって、予備の武器には双剣を使用している。敵に毒の状態異常を食らわせられる武器もあったりするので、わりと便利だ。
「食らえっ! ポイズンカッター!!」
さっそく、攻撃を素早く当てられる双剣に持ち替えて、剣技をお見舞いしてやった。
ちなみに、剣技のスキルを使うには、体力を消耗する。魔法なら魔力。何事も、勝利の為にはトレードオフを引き受ける覚悟が必要だ。
俺の攻撃を食らった金ぴかゼリルーは、毒状態になり、それと同時に消滅した。
後に残ったのは、大量のピスラ。
「やったぜ!」
ほくほく顔の俺である。
「ハロハロ!! ウィルガルドさん、もうこの辺の魔物なら楽勝ですね!」
妖精エインセールが姿を現した。戦闘時には、離れているように指示していたのだ。
「まあな。この調子で強くなって、いばらの塔もガンガン上がっていけるようになりたいもんだ」
「そうですね。ルクレティア様の救出に向けて!」
その言葉に、俺は力強くうなずいた。
藍色を基調とした、美しいルヴェール城に到着した俺は、シンデレラとの謁見の間にやって来た。
白と青の大理石が敷き詰められ、敷かれた敷物も青色。
彼女のテーマカラーとでも言うべき青には、清潔感と信頼、誠実さと知性を思わせる。まさしくシンデレラにふさわしい。
「よく来てくれた、ウィルガルド殿」
澄んだ通る声で、シンデレラが笑顔で迎えてくれた。
「ああ。ここに来るのはしばらくぶりだな。魔法の手鏡に頼りきってしまって、直に会うのは何年ぶりだろう」
「……何年というほど前ではないぞ。確か、三日前にも会っていると思うが」
「冗談だ。なんかすまん」
生真面目な彼女には、冗談が通じない。まあそんなところも可愛いと思う。
「冗談か。やれやれ、貴方にはかなわないな」
別に怒るわけでもなく、ふっと息を吐く。
その美貌を前に、かなわないと本当に思っているのは俺の方だ。
心の中で、どれほど彼女への恋慕の想いを抱いていても、本人を前にすると、恋心などみじんも抱いていないように振る舞ってしまう。
シンデレラの高潔さは、俺のある種の邪な感情など、こっぱみじんにしてしまうのだ。
「今回も、私の依頼したクエストを無事達成してくれたな。貴方のことは本当に、頼りにしている」
「お安い御用だ。シンデレラ、俺は君の騎士なんだからな」
「……ありがとう。私は、他のどんな騎士よりも、貴方のことを信頼しているよ」
「えっ」
それは、思ってもみなかった言葉で、俺は、心の中がドキドキと高鳴る感覚を覚えた。
「……すまない。忘れてくれ。私は皆にとって、公平の立場であるべきだ。ただ……貴方のカーマインの瞳に見つめられると、つい胸の内をさらけ出してしまう」
いつになく戸惑った表情の彼女を見て、思わず抱きしめてしまいたい衝動を、必死に抑えた。
「それだけ信じてくれているんだろう? 光栄なことだ。ありがとな。また来るよ」
クールぶった顔を作って、俺はその場を立ち去った。
城から出た俺が、ニヤニヤニヤニヤしていて、エインセールに不気味がられたのは、言うまでもない。