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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
彼女がサンタクロースを殺すはずがない―Who was Santa Claus?
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C2-3 鏡のなかは不確定

「腑に落ちないって……なにがです師範代?」

 話が落ちつきそうだったところに物言いが入り、楓が不満げにたずねる。

 光は腕組みをしたまま言う。

明郷が(、、、)婚約者を(、、、、)殴った(、、、)こと(、、)だよ」

「だからそれは、創平川の事件のせいで」

「違う。そうじゃない」

 腕組みをほどいた光は、両腕を上げて、木刀をかまえる動作をみせた。

「殴った、ということは、相手を『見た』ということだろう。

 明郷ほどの実力があれば、木刀を振り下ろす瞬間に、相手が婚約者と気づいて攻撃を止めることも出来たはずだ」

「いやいや……そこに戻っちゃいます?」

 かんべんして、といわんばかりに楓が、

「さすがの明郷さんも動転していたら手元が狂うかもしれないでしょ。それに、正面から殴ったとは限りませんよ。背後からだったのかも」

「明郷が背を向けている人間を易々(やすやす)と攻撃するとは考えづらいけどな。そもそも婚約者なら後ろ姿でわかるものじゃないか」

「雷宮先輩はどうですか。日向くんがサンタコスをしていたら後ろ姿でわかりますか」

 カナがいたずらっぽく上目遣いをした。

 光はすぐ答えようとしたが、ふと黙り込み、首をかしげた。

 サンタ帽子のポンポンも一緒にかたむく。

 ()るような視線を当てられ、日向は、うっ、とたじろいだ。

「サンタクロースの衣装は大きめでダブっとした作りだな。体型が隠れていたら判別できないかもしれない」

 一般的に、サンタクロースの衣装はふくよかなイメージで作られている商品が多い。

「じゃあ、やっぱり無理ないですね。明郷さんが婚約者と気づけなかったのも」

 楓が強引に結論づける。

 光は、まだ納得がいかない、といった表情だ。


「あの、でも、なんていうか。自宅に木刀があるなんて、さすが剣道家ですよね」

 重くなった雰囲気を、カナが軽くかき混ぜた。

「光さんも防犯用に木刀を置いてるよ」

 日向も軽い調子でいう。反して、光は真面目な調子で、

「防犯というよりは、訓練のためだ。素振りをなまけると腕力が落ちるから。精神統一にもなるぞ」

「さすが先輩。日向くんも少し見習って……」

 あ、と小さく悲鳴をもらしたのはカナだ。

 皆に注目されたことを恥じるように頬を染める。

「ごめんなさい。記事に、ちょっと気になる箇所を見つけて」

 カナは日向のシャーペンを手に取り、ゆっくり文章をなぞった。


『~通報したのはアパートに住む女性(20)で、座って身支度をしている際に、サンタクロースの恰好をした不審な人物が室内に潜んでいるのに気づき~』


「ここに登場する〈身支度〉とは何でしょう――?」

 突拍子もない問いかけに、ほかの三人はあ然となる。

 数秒のち頬杖をついた楓が、

「身支度といえば、着替えだろう」

「私も最初それを連想したんだけど。着替えって、普通は立って(、、、)するものじゃない? でも、ここには『座って』とあるの」

「私も立ってする派だな」

 光が同意をしめす。

 そうかぁ? と異論を挟んだのは楓で、

「オレはベッドに座ったまま着替えるけど。水無月くんは?」

「布団のなかで寝たまま着替える」

「本当にだらしがねえなお前はよ。なに、女子は立って着替えることが多いの?」

「私の場合、座るのは靴下とかタイツを履くときくらいかな。

 何をいいたいかっていうと、私が座って(、、、)おこなう(、、、、)身支度(、、、)として連想したのは、着替えじゃなくて――化粧(メイク)なんだ」

 カナは紅茶のカップを両手でつつみ、一呼吸おいてから続けた。

「明郷さんがメイクをしていたなら、手元に絶対に無ければいけないものがありますよね」

 光が、はっとしたように結んでいた唇をあけた。

「わかった――()だな?」

 こくりとカナが頷いた。

「紅茶が冷めちゃいましたね……」



 カナはいったん立ち上がり、全員の紅茶を淹れ直した。

 アッサムティーの薫り高い湯気がたちのぼるリビングで、話が再開される。

「栗川さんが明郷さんのアパートに潜んでいたことからして、その日、二人は会う約束をしていたのだと思います」

「クリスマスイブだしな」

 面白くなさそうに楓。

「明郷さんは、デート前にメイクをしていた。たぶん、そのとき(、、、、)です。サンタクロース姿の〈不審者〉が鏡に(、、)映りこみ(、、、、)、彼の存在に気づいた」

「なるほど」

 弾んだ声をあげたのは日向だ。

 明郷忍がどのような状況で不審者に気づいたか、ずっと考えていたからだ。

 というか、彼女は実際にそう証言したのではないか。『座って身支度』とは、やけに詳しい描写だし。

「鏡を見ずに化粧をする女はさすがに聞いたことがないな」

 光は紅茶をすすり、思案顔になる。

「メイクじゃなくて着替えでも同じだったろうよ。あれだけ身なりに気をつかっていた明郷が、人に会う前に、鏡で姿を確認しないなんてあり得ない」

「たしかにそうかもなぁ」

 楓までもが賛成したので、日向はあせった。

 光と会うとき、服のボタンを掛け違えたり、前後を間違えたり、といった失敗がままあるからだ。今回の事件は自分向きじゃないのかもしれない。きっとそうだ。


「でも、鏡で見えていたってことはさぁ――」

 のんびりと構えていた楓が、すっと青ざめる。

「明郷さんは、婚約者の(、、、、)顔が見えて(、、、、、)いた(、、)んじゃないか」

「ん?」

「つまり、これって……正当防衛を(、、、、、)装った(、、、)殺人事件(、、、、)ってこと……?」

「はあっ!?」

 楓のとんでもない思いつきに、カナが悲鳴をあげる。

 さっきまでの仮説が反転してしまった。

「そ、そんなこと言ってないよ!」

「やっ、でもっ、鏡で見えていたってことはそういうことじゃ」

「ちょっと待ってよ、楓くん」

 掴みかからんばかりの勢いで迫ってくる楓に、カナが涙目で日向に助けを求める。

 つられて楓も殺気立った目を向けてきた。

 なぜ自分が責められる……?

 理不尽を感じつつも、日向は説明する。

「明郷さんが鏡に映る〈不審者〉に気づいたとしても、栗川さんと認識できたとは限らないよ」

「どうしてだよ。映ってんだろうが」

「鏡に映る像って、わりと不鮮明なものだろ。角度とか明るさとか。よほど好条件がそろわないと、誰かまでは分からなかったんじゃないかな」

「サンタのコスプレをしていたなら、顔もよく見えなかっただろうし」

 さらに光がいう。

 興奮したように呼吸を荒くしていた楓は、やがて落ち着きを取り戻していった。

「……そう、ですよね」

 だよな、と呪文をかけるように何度も繰りかえす。

 最後にわざとらしく大声でいった。

「鏡にぼんやりサンタクロース姿の不審者が見えたらそりゃ驚くわな! これは正真正銘の正当防衛だ」



 空野楓の言葉をきっかけに、会話はとりとめのないものに移った。

 そもそも事件のことを持ち出したのは楓だったし、日向も、いつもの好奇心が発揮されなければ静かなものだ。

 レースカーテンの外が薄暗くなって、掛け時計を見上げると、午後四時になっていた。

 そろそろ家族が帰ってくる時間だ。

 カナを(一応楓も)パーティーに誘ってみたが、

「家族の食事会だから」

 と二人とも慇懃(いんぎん)に辞退した。

「話に付き合ってくれてありがとうな。なんかスッキリしたよ。受験が終わったら旅行でもしよう」

 んーっと大きな伸びをして、楓は晴れやかな表情で去っていった。

 お役に立てたなら何よりだ。


 二人きりになったリビングで、光はほうっと疲れたように吐息した。

「着替えてくる」

 トートバッグを手に日向の部屋へと上がっていく。

 日向は赤一色の後ろ姿を見つめていたが、あわてて追いかける。

「ま、待って!」

「なに」

 サンタ帽子を脱ぎかけていた光は怪訝(けげん)な顔をする。

「その恰好、僕のためにしてくれたんですよね」

「……べつに」

「嬉しい。ありがとうございます」

 せっかくだからもっと見たいな、と耳元にささやくと、光は弱ったように、

「お母さんたちがそろそろ帰ってくるだろう」

「まだ大丈夫ですよ」

「…………」 

 抵抗されると思ったが、光は、あきらめたように着替えを止めてくれた。

 いつもはあまり見られない羞恥の表情が色っぽい。

 日向は近づいてその頬をやさしく包みこんだ。

 ゆっくり顔を近づけていく――


「ひなた?」


 まるで時が凍ったみたいに。

 日向の動きも表情も止まってしまっている。

「――さっき、光さん何て言いました」

「は?」

「『サンタのコスプレをしていたなら、顔もよく見えなかっただろうし』って。あれはどういう意味ですか?」

 頬を挟まれたままの光は唇をとがらせる。

「日向が話したとおりだよ。鏡の像は不鮮明だって」

「そうじゃなくて――何か別のことを伝えたかったんじゃないですか?」

 本人も深く考えていない、無意識の発言だったのか、光が首をかしげている。

 日向は一歩下がって、上から下まで恋人をじっくり眺めた。

「僕がもしサンタになるとしたら、光さんと同じ格好はしません」

 そりゃそうだろ、と光は苦笑いして、

「これは女性用なんだから」

「はい。男性用、というか一般的に、サンタの衣装といえばどんなアイテムが連想されますか」

「どんなって……」

 光の答えを待たずに、日向は彼女の手をひいて一階に戻った。

 暗いリビングでクリスマスツリーのライトが自動点灯していた。照明も点けずに、テーブルに広げられたままの記事へと直行する。

「見てください。発見当時の栗川さんの服装についてです」


『~栗川さんは、赤い帽子に赤い上着とズボン、黒い靴下を身につけていた。~』


「サンタクロースの衣装として、何かが(、、、)足りない(、、、、)と思いません?」

 日向はなにやらスマホを操作して画面をかかげた。

 サンタクロース、衣装、画像、と検索ワードが打ち込まれている。

 眉根をよせていた光が、あ、と漏らした。ほとんどの商品画像に、それ(、、)は、あった。


「そう――真っ白な『()(ひげ)』ですね」

今日中に最終話を更新予定です。

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