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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
彼女がサンタクロースを殺すはずがない―Who was Santa Claus?
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C2-1 クリスマスの悲劇

「もうウンザリなんだよ……クリスマスが近くなると、不自然にそわそわする男たち。ふだん何の努力もしないくせに急に恋人とクリスマスを過ごしたいとか無理だろ。お前らに奇跡は起こらないから。なあ水無月(みなづき)くん?」


 と、空野そらのふうは嘆くのであった。

 話をふられた水無月日向(ひなた)は頷いてみせるが、視線はテーブルに広げた参考書に落ちたままだ。


「intense。激しい、強烈な。comprehensive。包括的(ほうかつてき)な。abandon。置き去りにする、捨てる。それからええと」

「センター試験は来月か。今さらジタバタしても無駄じゃね?」

「……空野くんはいいよね、もう推薦決まってるから」


 どすん、と屋根雪の落ちる音が振動とともに響いた。

 よく晴れた冬の午後。高校三年生の師走(しわす)である。

 指定校推薦が決まって余裕のくせに、わざわざ受験生の家に押しかけて、勉強の邪魔をしなくてもいいじゃないか。

 日向は恨みがましい目で楓をにらむ。

 楓は、リビングの片隅にあるクリスマスツリーをぼんやり眺めていたが、

「いや……実は、聞いてほしい話があってさ」

 その真剣な表情から、さっきまでの下らないグチは本題でなかったことがわかる。

 日向はようやく参考書から顔をあげた。

「話って?」

「知らないかな。ほら今日の地方紙で――」

 もどかしげに楓が告げたとき、玄関のインターフォンも来客を告げた。

 はいはい、とまるで我が家のように出ていく楓を、日向はあわてて追いかける。



「どうして空野がいるんだ」

 雷宮らいきゅうひかるは、凛々しい瞳を大きくしたのち不機嫌顔になった。

「スミマセン……なんだよ。師範代と約束していたのかよ」

 楓が意外そうにぼやく。

 無理もない。今日は12月26日。

 恋人たちのイベント、クリスマスは過ぎた。その言いぶりからするに当日を避けて訪れたのだろう。

「水無月のお母さんに招かれたんだよ。夕食でもどう、って」

 コートの(ぼたん)を外しながら光が答えた。

「うちのクリスマスパーティーは、毎年二十五日を過ぎてからなんだ」

 日向が補足する。

 デパート勤めの母がこの時期に忙しいのが理由だ。ちなみに父母と弟の陽太は買い物に出かけており、夕方まで戻ってこない。

「ふうん」

 楓はつまらなさそうに、

「すっかり親公認のお付き合いってわけですね……って、師範代! な、なんて恰好をしているんですか!?」

 うっかりコートを脱いでしまった光が、しまった、という表情をした。

 彼女は赤いベロア素材のワンピースという服装である。胸元のリボンに毛糸のポンポンがあしらわれている。

 あきらかにサンタクロースの衣装(コスチューム)だった。


「それコスプレですよね!?」

 鼻息荒く追及してくる楓に、光は照れくさそうに口をとがらせた。

「……去年のクリスマスに、日向が、サンタコスプレが好きって聞いたから」

「願いを叶えてあげたってわけですか! 師範代こういうとこ妙にノリ良いですよね」

 軽い口笛を吹きならす楓。

 日向は感動するとともに「そんなこと言ったっけ?」と思ったが、もちろん口に出さない。光に恥をかかせることになるからだ。クリスマスの悲劇は避けたい。

 色めき立った楓はさらに、

「彼氏の家にコスプレでやって来るなんて、さすが師範代」

「アホか。皆が帰ってくる前に脱ぐよ」

 着替えが入っているらしいトートバッグを光は指した。彼女が動くたびに胸元のポンポンがいたずらに揺れる。

「じゃあ、わざわざ水無月くんに見せるために着てきたんですか? どれだけ破廉恥なんですか、アナタたたちは!」

 爆笑した楓に嫌らしい目つきで交互に見られた。

 頬をひきつらせた光が、容赦なく楓の上着を玄関ホールに放り投げる。

「――空野。用がないなら帰れ」

「ああっ乱暴だな相変わらず!」

 上着を拾って戻ってきた楓は、ちょうどよかった、とひと息ついて、

「師範代にも関係する話題なんです」

「何のことだ」

これ(、、)ですよ」

 パーカーのポケットから取り出したのは、地方情報誌の記事を切り取ったものであった。



 クリスマスの悲劇――婚約者宅で男子大学生が死亡


 24日午前10時ごろ、T区赤志山(せきしやま)のアパートで男性が死んでいると110番通報があり、同区内の大学生栗川(くりかわ)雅師(まさし)(21)さんが倒れているのが見つかった。栗川さんはすぐに病院に運ばれたが、間もなく死亡が確認された。

 通報したのはアパートに住む女性(20)で、座って身支度をしている際に、サンタクロースの恰好をした不審な人物が室内に潜んでいるのに気づき、部屋にあった木刀で殴ったと証言している。

 栗川さんは、赤い帽子、赤い上着とズボン、白い靴下を身につけていた。

 なお女性は、栗川さんと交際関係にあり、婚約していたことを認めている。

 赤志山署では現在あらゆる方面から捜査を進めている。


赤志山(せきしやま)プレス 12月26日付発刊】



 赤志山プレスは、地区住民に無料戸配(こはい)されている生活情報誌だ。

 広告が紙面の大部分を占めるが、地域のイベントのほか、事故や事件が掲載されることもある。


「この〈二十歳の女性〉って、明郷(あけさと)(しのぶ)さんなんですよ」

 いつもは落ち着かないしゃべりをする楓が、めずらしく、慎重に述べた。

 聞き覚えのない名に日向は首をかしげるが、光は、一見してわかるほどに頬を紅潮させた。

「明郷って、あの明郷か」

「はい、あの明郷さんです」

 どうやら二人の共通の知人らしい。

 日向は(いぶか)りながらも、「誰ですか」とたずねる。

「昔、剣道の地区大会で師範代と優勝を争っていたライバルだよ」

 なるほど剣道つながりか。光と楓は同じ道場の師弟なのである。

 光は大げさに首をふって、

「ライバルなんかじゃないよ。私が負けるほうが多かった」

「少なくとも周りはそう認めていましたよ。負けるにしても僅差(きんさ)だったし。明郷さん、モデルみたいな高身長の美女で人気高かったなぁ」

「明郷は外見だけでなく、姿勢や(かた)が綺麗だった。クラシックバレエを習っていたことも影響しているだろう。袴や防具も見惚れるほど美しく着装していた。剣道は高校で引退したようだがな」

 光も一目置くほどの存在らしい。彼女がここまで誰かを褒めるのはめずらしい。

 そんな女性(ひと)がいたのか、と日向は感心し、テーブル上の記事にあらためて注目する。


 二十四日、クリスマスイブの午前。

 自宅アパートで身支度していた女性――明郷忍は、サンタクロースの恰好をした不審な人物が潜んでいるのに気づき、木刀で攻撃した。

 この豪胆(ごうたん)さは、さすが剣士といったところか。よほど打ちどころが悪かったのか、男性は死亡してしまった。

 ところがである。その男性というのは――彼女の婚約者(、、、)だったのだ。

 彼女を驚かせようとイタズラ心で部屋に潜んでいたのか。不幸な事故としかいいようがない。


「今朝、中学時代の同級生から聞いたんです。オレ、ショックで……」

 とりあえず誰かに気持ちを吐きだしたかったのだろう、楓は辛そうに童顔をゆがめる。

「空野がそこまで落ち込むなんてめずらしいな。まさか、ストーカーまがいのことをしていたんじゃないだろうな?」

 光が鋭く問いただす。

 ミーハーで気の多い少年はあたふたとして、

「違いますって! オレが見習いをしている社会人劇団の公演を、明郷さんがよく観にきてくれるんですよ。ほらっ」

 スマホを操作して画面をみせる。


あけさと『こんにちは。夏季公演の最終日、お客様は入場料はかかりますか?』

空野楓 『最終日は感謝公演なんで入場無料ですよ! 何人でも引き連れてきてください!!』

あけさと『わかりました。お誘いしてみます。ありがとう(スタンプ)』


 光が低くうなった。

「意外なつながりだな」

「明郷さんの婚約者が演劇好きで、影響を受けたらしいです。彼も路上パフォーマンスなんかをやっていて、クリスマスにライブがあるとか言ってたような。明郷さん自身も、うちの劇団で客演してくれたことがあるんですよ。バレリーナの役で」

 過去のやりとりを思い出しているのか、楓はどこか遠い目をしている。

「明郷さん――。クールな外見に反して、とっても純真なんです。だって、中学に入るまでサンタクロースを信じてた、なんていうんですよ。

 そんな彼女がサンタクロースを殺しちゃうなんて悲しすぎるでしょ。何か特別な理由があったんじゃないかって、オレは思うんです」

クリスマス後に、クリスマスに関するエピソードでした。本日から28日まで4話完結予定です。

ちなみに、なぜ光が今年サンタのコスプレをすることにしたかは去年のクリスマス特別編に詳しいです(^^)

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