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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
夏祭りの宿題編―I'm sick of…
93/162

M-3 『知っているか』

「痛い……足が(いて)えよ」

 街中の小さな縁日は、浴衣を着た客で繁盛している。

 邪魔にならないよう通路の隅にしゃがみこむ楓。日向も膝に手をついている。二人とも辛そうだ。

「靴擦れならぬ、鼻緒(はなお)ズレね」

 親指と人差し指の間が火傷したようにジンジンと痛む。近くのコンビニで調達してきた絆創膏を、アカネが貼ってくれた。

「わかったぞ」

 恨みがましい目で楓がうそぶく。

「浴衣の人にサービス券の謎。着慣れない恰好をさせて、歩けなくさせるのが狙いなんだ。タダ券を使わせないように」

「な、なるほど!」

「アホか」

 納得しかけた日向に、光がツッコミを入れる。

「鼻緒が擦れるのは、つま先重心で歩くからだ。かかと重心に直せ」

「いやいや、着物の所作(しょさ)は慣れないと難しいよ。二人とも大丈夫かい?」

 そう慰める田雲たぐも政宗まさむねは、縦縞の浴衣を粋に着こなしている。

 さすが剣道道場の若先生といったところか。楓や日向と違い、品格がある。きっと、こういうのは必然性がないと似合わないのだ。

 去年のプールといい、田雲と比べるどうしても劣等感を抱いてしまう。もうすぐ二十歳になる光と並ぶと、まさに似合いの男女で、日向はなお落ち込んだ。

「ほら」

 光が五枚綴りのサービス券をさし出す。

「私の分。あげるよ」

「いいんですか?」

「食べ過ぎでお腹壊すなよ」

「ありがとうございます!」

「ん」

 光の浴衣は、鮮やかな朝顔が咲きほこる黒地で、彼女の健康的な色気を引き立てている。アカネにセットしてもらった髪は、ゆるくウェーブがかかったアップヘアだ。灯篭(とうろう)で照らされた横顔につい見惚れてしまう。

「なに?」

「あ……」

 首の後ろに手をやった日向は、照れ隠しに、別のことを話題にする。

「いえ、あの……ノートのイタズラ書きのことを考えていて」


『知っているぞ』――。

 光の講義ノートに残されていた、警告とも読み取れるメッセージの件である。 

「いくつか確認したいことがあるんです。落書きに気づいたのはいつの時点ですか?」

 光はしぶしぶと答える。

「……講義が終わって部室に戻ってからだ。お弁当を出そうと鞄を探っているとき、忘れたことに気づいた。講義室に戻って、開いたページにあの落書きがあった」

「ノートが開いていた(、、、、、)?」

「講義中に使ったまま開きっぱなしだったんだよ。後ろの真っ(さら)なページに落書きされていた」

 日向は人差し指を唇にやる。

「それ、光さんがノートを置き忘れてから取りにいくまでの間にされたものでしょうか?」

「は?」

「特別講義より前に書かれていた可能性もあるんじゃないかと」

「そんなわけないだろ!」

 不機嫌に拍車がかかった光が怒鳴る。

「いま大学は夏季休業中だぞ。講義があったのは、あの一日だけだ。夏休み前にされていたなら絶対に気づく」

「……ですよね。もうひとつだけ。光さんが講義室に忘れ物をするのはよくあることですか」

「ない。大学に入って、初めてだよ。あの日は、途中で席を離れて製図の実習をしたから」

 日向が白目をむきかけた。深い思考に入るときのクセだ。

 しかし――

「おぅい、水無月くん! くじ引きやろうぜ、豪華景品アリだってさ!」

 お祭りテンションの楓が誘いにくる。

「行けば?」

 まるで思考を妨げるように、光に背中を押され、日向はおずおずと歩き出した。


「さっきまで足が痛いって泣いていたくせに、元気なんだから」

 男子高校生を見送りながら、アカネがくすりと笑う。

「イタズラがどうのって。光ちゃん、何かあったの?」

 田雲が穏やかにたずねる。

「あのね先生――」

「野巻」

 光は親友を止めて、逆に田雲に聞く。

「仕事が終わるの、ずいぶんと遅かったな。日曜日なのに」

 部活動のため土日も勤務する教職員は少なくないが、田雲が顧問を務めている救護部はそこまで熱心に活動していないはずだ。

「今日のはイレギュラーなんだよ。実は、転勤が決まってね」

「転勤?」

 光は驚いて目を見張る。

「黒志山高校に勤務して四年目だから。そろそろかな、と覚悟はしていたんだけど」

「転勤って、どこへ? どうせ市内だろ」

 タカをくくっている光に、田雲は弱ったように微笑んだ。

「いいや。遠方になりそうなんだ」

「遠方……」

 光はアカネを見るが、眉一つ動かさない。すでに知らされていたのだろう。田雲と交際しているのだから当然か。

 エンドレスに流れていた祭りばやしのBGMが途切れる。と、そのとき、

「助けてください!」

 楓が転びそうな勢いで走ってきた。

「楓くん、そんなに焦ってどうしたのよ」

「水無月くんが、くじ屋のオッチャンと揉めてるんです! 今にもケンカしそうで」

「何やってんだ、あいつ」

「いいよ、アタシが行く。ここの縁日なら顔が利くし」

 父親の会社が祭りを共催しているという社長令嬢がウインクして、楓と現場に向かった。


 細々としたオモチャとゲームソフトが並ぶ店内で、ガタイの良い店主と日向が対峙(たいじ)していた。

「ああん?」

 すでに店主はケンカ腰である。対照的に、日向はひょうひょうとした様子で、

「お祭りは今日が最終日なんですよね。悪い話じゃないと思いますが」

 いったいどういう経緯(いきさつ)か。

 眉根を寄せるアカネに、楓が説明する。

「特賞がニントンドースイッチなんです。水無月くん、欲しかったけど品薄で手に入らなかったらしくて、アタリが出ていないなら残りのくじを全部買うって。そしたら、オッチャンが怒りだして」

「ああ……」

 アカネは頭を抱えて、日向の浴衣のそでを引く。

「野巻先輩! 僕スゴイ発見しちゃいました。くじ箱の重さからして、残り百枚ありません。一回三百円だから、三万円でニントンドースイッチが手に入るんですよ!」

 普段は無垢で透明感のある瞳が、めずらしくギラギラしている。

 受験勉強で相当ストレスが溜まっていたに違いない。日向はさらに首をかしげて、

「どうして断るのかわからないなぁ。もしかして、最初からアタリが入っていないとか?」

「ああん?」

 聞き耳を立てていたらしい店主がついに怒号を上げた。

「おいっ、あんまりいい加減なこというと――!」

「スポンサーの野巻の娘ですけど」

 アカネが素早く間に入る。店主の赤ら顔がゆるむ。

「友達が無理をいってゴメンなさい。ほら、水無月くん早くクジを引きなさいよ」

 促された日向は三百円払ってくじを引く。景品はスーパーボールだった。

「外れた……」

「仕方ないでしょ。ほら、お客さんが並んでいるじゃないの」

 いつのまにか、不安そうな子どもたちが周囲を取り巻いている。アカネは店主を一瞥(いちべつ)した。

「本当に、特賞のアタリが入っているのよね?」

「ええ、ええ! もちろん!」

「お騒がせしました。行こう」


 人の波に流されるように、三人は縁日を奥へとすすむ。

「すみません。調子に乗り過ぎました」

 ようやく我に返ったらしい、日向がうつむいたまま謝る。

「いいのよ。たしかに怪しかったわよね、今のくじ。パパに報告しようかな」

 行き止まりに稲荷様が祭られている。

 ほこらの前で、中年男が少年たちに手品を披露していた。

「五枚のカードから、一枚を選んでね。声に出さなくていい、心の中で思うだけでいい。ようく見て、覚えるんだよ。いいね?」

 よく響くが、どこかうさん臭い感じの声だ。

 男の手のなかにカードが閉じ込められる。次に開かれたときは、五枚から四枚に減っていた。

「ごらん。君の選んだカードが消えているよ」

 一枚、二枚、三枚、四枚……。全てのカードが開かれると、半信半疑の様子だった少年たちが歓声を上げた。

「すげえ! マジでなくなってるよ!」

 楓も鼻息を荒くする。

「ペップさんっ!!」

 手品が終わるのを待ちかねていたようにアカネが叫ぶ。マジシャンは白い歯をむいて驚く。

「のっ、野巻社長のお嬢さん!?」

「こんなところで何をしているのよ?」

「それは……ええっと、手品の腕を磨こうと思いまして」

「だったら正式な場でやりなさいよ。営業許可取っていないでしょ」

「勘弁してくださいよぉ、賭け事はやってませんから」

 中年男が女子大生にひれ伏す。

 振り返ったアカネが、楓と日向に紹介する。

「ペップさん。会社のイベントで、たまにパフォーマンスをしてくれる大道芸人」

「マジシャンと呼んでほしいなぁ」

 一般客に紛れ込むつもりだったのか、ペップさんも浴衣姿である。

 ここでずっと手品ショーをしていたのだろう。下駄の足は鼻緒ズレの跡は見られない。

「でも不思議だったなぁ、さっきの手品。どうやったんすか?」

「マジシャンは種を明かさないんだよ」

 興味津々の楓に、ペップさんがちっちっと舌を鳴らす。勿体ぶった仕草だ。

「くれぐれも詐欺紛いの行為はしないようにね」

「わ、わかってますってぇ、お嬢さん」

 アカネはペップさんに苦言を呈し、楓と日向に追いついた。


「七時五十分か。もうすぐ花火大会が始まるね」

 豊平川沿いの花火大会がここから望めるのだ。そのせいか客足がますます増えていた。

 帯のくずれを気にしながら、アカネが前を歩く。

 最初に別れた地点に着くが、田雲と光が見当たらない。

「行き違いになったのかな」

「二人でどこかにしけこんだんじゃないだろうな」

 余計な詮索(せんさく)をした楓が、日向とアカネに睨まれる。楓はおどけて、

「ずっと聞きたかったんだけどさぁ。水無月くんって師範代と二人のときどんななの? ひかる、って呼び捨てしてるのか」

「そりゃそうでしょ恋人同士なんだから。たぶん今夜も……浴衣似合っているよ、光」

「日向もステキよ」

 なぜか男女逆転して演じるアカネと楓。

「このまま抱いてしまおうか。どれ、帯を解いてやろう」

「やんっ! やめてください、お代官様ぁ」

「っ、勝手な想像しないでください!!」

 日向の本気の怒りが伝わったのか、寸劇は幕を閉じた。

 演劇二人組はそろって苦笑いする。

「ごめん。やり過ぎたね」

「冗談だって……おい、待てよ」

 ずんずんと先を歩く日向を、楓が呼び止める。

「水無月くん――おい、“しっぽ”付いてんぞ!」

 尻尾?

 わけが分からず立ち止まると、腰に細長い紙片がまとわりついた。帯の結び目に引っ掛けてあったらしい、簡単に抜ける。

「なんだこれ……?」

 アカネと楓が寄ってくる。

 五十センチほどの紙片には、不自然な折り目があった。それだけでなく、薄く文字が書かれていた。奇妙に崩れた筆跡で、



挿絵(By みてみん)



『知っている()』――と。

 三人は思わず顔を見合わせた。

久々の実写でした。ぎょっ、とさせてしまったら申し訳ありません(^^;

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