表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
バレンタイン回想録―My lost 27days
87/162

V-4 H2O殺人事件【推理編】

「まずは、目撃者に話を聞いてみることをオススメするよ」


 犯人(推森)に勧められるのも変だが。

 午後四時三十分――犯行後ほやほやの『事件現場』を出ようとしたところで、莉麻がきびすを返した。


「確認したいことがあります」

「どうぞ。高校入試満点だった東雲さん」

「満点じゃありません295点です。――ええと、被害者のHくんは、水溶性宇宙人だそうですが。どの程度の水量で溶けてしまうのでしょう? 致死量を知りたいのですが」

 まるで毒のようだが、Hくんを死に至らせたのは『水』である。

 推森は企むような表情を見せた。

「どんなに微量だろうと、彼にとっては致命的だ。一滴浴びただけで絶命する」


 

挿絵(By みてみん)



 日向はあらためて観察する。

 びっちょりと濡れたジャージの上下、吸水しきれず水たまりができた床……一滴どころじゃない、溢れるほどの水が在るではないか。

 だが、と推森は口ごもって、「僕はそれを知らなかった……ということにしておこう」と微妙な言いわけをした。

「では――ここにある水は全量、推森先輩が運んできたと」

「ああ。水溶性宇宙人が溶けて水になった、ということもない。Hくんは、蒸発するように消滅したのだから」

 死に様のフィクション性にもほどがある。

 なにせ被害者は宇宙人。例外が多すぎる、というか例外しかない。


 気を取り直して――。

 まず、階段の踊り場へ向かうことにした。犯人がたどった順路通りに。七条原のガイドに従ったのだ。


挿絵(By みてみん)



 ダンス同好会が夢中でステップを踏んでいる。

「ラスト違う。タッタッタ、じゃなくて。タッタタだよ、ほら」

「こうすか」

「違う。それじゃ、タッタータだ」

「お取込み中失礼。お仕事ですよ」

 七条原が近づくと、兵隊のように姿勢を正した。踊り場の隅に、同じコーラのボトルが二本ある。まさかあれで買収されたのか?

 オレンジ色のTシャツを着た男子が、ちっす、と日向に手を上げた。

楢崎ならさき。何踊ってるの」

「変ダンスだよ」

 ちなみに彼――楢崎と日向は、バスケ部を辞めて新しい同好会をち上げたという共通点がある。日向の後ろに引っ込んでいた莉麻が「いまさら?」とつぶやいたの逃さず、楢崎が舌打ちした。

「うるさいな。黒志山小のダンスクラブに、振付教えてくれって頼まれてんだよ」

 振付師といい目撃者といい、色々と頼まれる同好会だ。

 七条原に視線で促され、日向は本題に入る。

「ダンス同好会は何時(いつ)からここで練習してるの?」

「三時四十五分から」

 ハーフパンツのポケットから、メモを取り出す楢崎。

「四時頃に推森が階段(ここ)を上がっていって、その後に、『Hくん』が来た」

「推森はひとりだった?……誰かと一緒だったとか」

「ない。独りだった」

「推森がここを通ったのは一度きり? 何度か往復したということは?」

「俺たちが奴を見かけたのは一度きりだ。下りてきてもいない」

「推森とHくん以外、ここを通った人は?」

「お前らだ」

 楢崎はカンペから顔を上げて、「二十分頃か。七条原さんと水無月と、水無月の新しい彼女と」

 なあ、と後輩らしき青Tシャツの男子とうなずき合う。犯行現場を訪れたときのことだろう。

 ニヤけた顔を向けられた莉麻は、彼女だなんて、と金魚みたいに口をぱくぱくさせている。日向は咳払いして、

「推森は何か持っていなかった?」

「ぴーっ!」

 幼稚すぎる口笛が乱入した。

「それはNG質問です、水無月くん。答えそのものでしょうが!」

 ダメだぞぉ、と額をこづかれる。やっぱり変な人だ。他に質問がないなら次行きましょう、と現場を切り上げられた。


 四階に戻る。いつもは賑わう図書室も、今日は書架整理のため閉まっている。

 第二の目撃者――廊下の奇術同好会は、二人がかりでトランプタワーを作っていた。

「手先の器用さと、集中力を高める訓練だよ」

 シルクハットを被った男子が教えてくれる。ツインテールの女子が勢いよく前に出て、

「事件のことだよね? さあさ、なんでも聞いてプリーズ」

 とのことなので、さっそく伺うことにした。尋問開始。

「推森が予備室に入ったのを見かけましたか?」

「はいはーい! バッチリ見たよ。モリモリ(推森のことか)の十分後くらいかな、『Hくん』が入るところもね。それから間もなく、断末魔だんまつまの叫びが聞こえて……あれは恐ろしい悲鳴だったわ!」

 さすが、ショーをメインに活動する奇術同好会。カンペに頼っていない。

「推森先輩は予備室から出ていませんか?」

 先輩をまったく信用していない問いかけをする莉麻。

「出てないね。……えっ、もう終わり? ほかに聞くことないの?」

 目撃者から逆に責められ、日向は少し考えてから廊下の奥を指す。コンピューター実習室の方だ。

「向こうからは誰も来ませんでしたか?」 

「だぁれも!」

 ツインテールはガッカリした様子で、勢いよくかぶりを振った。

 風圧でトランプタワーが崩れる。あぁあ、とシルクハットも膝から床に崩れた。廊下の隅に、見覚えのあるコーラのペットボトルが二本ある。コーラ買収説はこれで確実となった。



 驚くべきことに、そう驚くべきことに――有益な情報はほとんど得られなかった。

 目撃者なんて必要だったのか、と思うくらいだ。予備室に戻ると、推森は机で居眠りをしていた。ぷぴー、という鼻詰まりぎみのいびきが聞き苦しい。


「東雲さん」

「なんでしょう、水無月先輩」

「何か考えない? 推理クイズが好きでここに入会したんでしょ」

「……別にそういうわけじゃ」窓辺にもたれる七条原をちら見して、「勧誘にきた七条原さんが面白すぎて、つい」

 そんな理由で!?

 あきれ顔になった日向に、じゃあ考えつくままを述べますよ、と前置きして莉麻はいう。

「犯人は水をどのように運搬したか?

 仮説1・〈学習机〉を利用した。ほら、あの物入れ部分に水を溜めて、机ごと運んだのです」

「それは俺も考えたけど。あのジャージ、全身ずぶ濡れだろ?

 物入れに何リットル水が溜められるか知らないけど、ジャージ上下と床を水浸しにするまでの量にはならないと思うよ。何度も往復すればクリアできるだろうけどさ……」

 推森を見かけたのは一度きり(・・・・)、とダンス同好会が断言している。

 彼らが踊り場で練習を始めるよりも前に、運搬していた、という可能性は除外しておこう。それじゃあ、推理クイズにならないから。

「仮説2・〈ロッカー〉を利用した。中のコピー用紙を取り除いて、水を溜めれば良いのです。ほらバッチリ」

「水量的にはバッチリだろうけど、一人で運ぶのはまず無理だね」

 推森は独りだった。これもまた証言されている。

 めげずに莉麻は続ける。

「仮説3・これが本命です。そもそも犯人は道具を使っていない、事前に大量の水を飲んでおき、自らの胃袋(・・)で運んだ。胃から逆流させた水を吹きかけて、被害者に攻撃したのです。――ご存知ですか? 胃袋は何倍にも拡張するんですよ、個人差はありますが」

「まったく隙がない推理で感服かんぷくするけど、絵的にツラいね」

 可憐な見た目の天才(?)少女は、むぅ、と唸って、ボブカットになった髪を撫でる。

「水無月先輩は何かお考えが?」

「うん……〈氷の器〉で運んだ、という方法を思いついたけど」

「氷。溶けてしまえば痕跡は消え失せるというわけですか。――しかし、どうでしょう?

 あれだけの水量だと、それなりに大きな器が想定されます。犯行時刻は四時十分。私たちが現場を訪れたのは四時二十分。わずか十分で器が溶けきるとは考えづらいのでは?」

 暖房の設定温度を高くしたら可能かもしれないが、黒志山高では、生徒にそこまでの権限は与えられていない。


「ときに水無月先輩。お願いがあるのですが」

「ん?」

「私と……手を繋いでみてくれませんか?」

「なぜ今ここで!? 推森と七条原さんいるよ!」

「だからです」

 莉麻は目元をピンクに染めている。

「おふたりとも良く知った仲ですし……それに部室(ここ)は……私にとって慣れ親しんだ場所なのでリラックスできるというか……」

 お願いです、と薄い唇を結んで目をつむる。

「わたしのことはどうかお気になさらず。ヒーッヒーッヒーッ」

 七条原の引き笑いが炸裂した。楽しんでいる……! 

 日向はわしゃわしゃと頭を掻いた。これも二十七日間契約に含まれるのだろうか?

 光の顔が頭をよぎったが、手ぐらい良いか、と考えなおす。汗ばんだ手のひらをズボンで拭って、莉麻の手を握った。

「ぎゃあー! なっ、なんでいきなり恋人つなぎ!?」

 うっかりしていた。

 光と手を繋ぐときは、最初から問答無用で恋人つなぎだったので、つい指を絡めてしまったのである。

「ごめん、間違えた!」

「間違えたって……彼女さんと? この前(・・・)みたいに?」

「この前とは? 詳しくプリーズ」七条原が身を乗り出してきた。「聞き逃せないねぇ」寝ていたはずの推森も起き上がる。

「私のはじめてが台無しに……うぅ」

「あーあ」

 さげすんだ視線が痛い。完全なアウェー状態に、日向は急速に気持ちが冷めた。


 そもそも、この推理クイズは、東雲莉麻をかけた戦いなのである。

 クイズに解答できなければ、莉麻は推理研に戻る。それだけのことだ。負けたことを知られたら、星住と宇井川は怒るだろうが、やっぱりそれだけのことだ。


「……んん?」

「なんですか鬼畜の水無月くん」

「その呼び方はやめて欲しいな。――推理研にもうひとり男子部員(・・・・)っている?」

「…………」

 沈黙してしまった七条原の代わりに、莉麻がこたえる。

「はい、在籍しています。はにわくんっていう一年生で……塾で部活を休みがちなので今日もそうだと思っていたのですが。知り合いですか」

「いや、いるかどうかも知らなかった」

「じゃあ、どうしてわかったんです」


 大したことではない。

『宇宙科学研究会だか何だか知らないけど、自分の他は女子ばっかり入れてさ、カルトなハーレム作らないでくれるかな』

 果たし状を持ってきたときの、推森のセリフだ。

 男子部員が日向だけの宇宙研を、彼は、‟ハーレム”と揶揄やゆしたのだ。しかし、推理研の状況を見るに、メンバーは推森、七条原、莉麻。男1:女2。少なくとも、二名以上の男子がいないと、侮辱された方は納得できないではないか。


「水無月先輩、どこへ?」

「もう一度、目撃者に話を聞いてくる」

「待ってください!」

「はぅ!?」

 扉を開け放った瞬間、体当たりされた。というか後ろから抱きつかれた。

「もしかして答えが分かったんですか!?」

「……た、たぶん」

「ずるい」

 許さない、とばかりに、ぎゅうっと力を籠められた。背中に胸が密着している。

 予測していた以上の圧に、日向は冷や汗が流れだした。さっきは手を繋ぐだけで大騒ぎだったのに……天然なのか? そうなのか?

 過去に光には散々あざとくイタズラされたが、莉麻はたぶん違う。胸が当たってるよ、と正直に伝えたら……大騒ぎどころか失神するんじゃ……!?

「ヒントをください!」

「ひ、ヒント? よし――」

 むしろ自分が気絶しそうだが、日向は頑張る。

「ヒント1・水溶性宇宙人は実存する(・・・・)

「星住先輩から訊きましたよ……水無月先輩は宇宙人の存在を信じているって。でも、今回のケースは」

「ちがうちがう。役、という意味で。『Hくん』は存在する」

 犯人役が推森なら、被害者役もいる。おそらく、塙くんとやらだろう。

「ヒント2・推森は犯行現場で一度たりとも、‟死体”という言葉を使っていない――楢崎」


 押し殺した声で呼ぶと、あいよ、と返事があった。

 密着する日向と莉麻の周りに、ギャラリーが出来ていた。目撃者たちに目撃されていた。皆、例外なくニヤけ顔である。


「いいなぁ水無月……あ、俺たちには構わずイチャついてて」

 なっ!? と悲鳴を上げて莉麻が体を離した。

 日向は安堵の息を吐いて、

「もう一度聞くけど、『Hくん』を目撃したか?」

「したぜ。実際に(・・・)

 ようやくその質問が来たか、という風だった。

「……そんな。私はただ、推森先輩の筋書き通りに証言しているだけだと思っていたのに」

「俺も東雲さんと同じだったよ」

 水溶性宇宙人なんて存在するわけがない。だから、目撃証言もどうせ架空のものだろうと。


 推森琢也という人間が、推理クイズにどこまで情熱をかけ、どこまでフェアにこだわるか――。

 それが次の質問で暴かれる。

 当たって欲しいような欲しくないような……複雑な思いを抱きながら、日向はたずねる。


「Hくんはどんな格好(・・・・・)をしていた――?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ