C-3 公開ジャックでMerry Christmas!
「ひくっ……くっ」
中年男のDJが嗚咽をもらしている。
よりによってクリスマスイブに降りかかった厄災を嘆いているのかもしれない。彼に押し付けているのはモデルガンだが、遠目にはまずニセモノとわからないだろう。
目出し帽の男は冷酷な笑みを浮かべた。が――
妙なのは、若い女のほうだった。
拘束している彼の腕は痺れてきているのに、姿勢も呼吸も乱れていない。無表情のまま。はっきりいって不気味だった。
『――おかえり。時間ピッタリだ』
〈走り役〉が戻ってきた。
靴箱を脇に抱えて、うつむいた姿勢で荒い呼吸をしている。ダッフルコートの背中が激しく上下していた。
三十分近く走り通しなのだ。
体力の限界だろう。いや、すでに限界を超えているか。
例によって、扉を蹴り隙間をつくってやる。
『そこから入れろ……!?』
目出し帽男は驚いた。
〈走り役〉は、高校生くらいの、雪の妖精も恥じらうような美少年だった。そんな彼を翻弄するのが愉快でもあったが。
今、目の前にいるのは、同じ服装をしたオッサンだったのである。オッサンが言う。
「仲間は掴まった。観念しろ」
「……っ」
まさか、そんな――どうして!?
動揺は隠せなかった。
隙をついて、光の肘鉄が彼の顔面に炸裂した。
*
ふだんは赤いテレビ塔が青くライトアップ(*6)されている。
解放された頃には、日がとっぷり暮れていた。黄金色の灯りにあふれた大通りで、ベンチに並んで座っている。
「――まずおかしいと思ったのは、〈くりもと〉です」
吐いた息が宵空に昇っていく。ホットチョコレートを啜りながら日向が話しだす。
「目出し帽男は、『ケーキ屋』と言っていたけど、実際にはそうじゃなかった」
「その店なら、去年、塾の帰りに野巻がよくパンを買い食いしてたな」
光はホットワインのカップを両手でつつんでいる。
未成年なのに、と日向がたしなめると、煮立てているからアルコールは飛んでいるんだよ! と逆ギレされた。
「一般的には、『パン屋』として知られているんですね。僕はたまたま知らなかったけど、要求した犯人も知らない、というのはおかしな話です」
「知らないとは限らないだろ。ケーキを要求したから、ケーキ屋と呼んだのかもしれない」
「でも、おかしな要求はさらに続きました。
次の〈カフェショップU〉は東端にあって、かなり距離があったんですが、スタジオから近い〈くりもと〉と同じ時間で戻るよう命令されたんです」
「制限時間三分だったか。戻ってくるのが遅れていたな」
「無茶でしたよ、あれはかなり。
僕はモールに詳しくないから案内図を頼りに動きましたけど――もしかすると、犯人もショップの位置を把握していないんじゃ、と疑いたくなりました。それどころか、要求している商品についてもよく知らないんじゃないかって」
回想するように日向は続ける。
「三つ目の〈MOCOSTYLEの天上のブラ〉なんて、詳しくは店員に聞けと丸なげだったし」
「あれか。なんでFカップのを持ってきたんだよ。私へのいやみか?」
「……違いますよ。
でも、そのとき、ようやく思い当たったんです。犯人が要求していたのはすべて、《館内放送で宣伝されていた商品》だ、ってことに」
「……」
本場ドイツを模したメルヘンな屋台を、サンタクロースの集団が練り歩いている。今夜は街にサンタクローが溢れている。
「だとしたら、商品の趣向がバラバラだったのにも納得がいきます」
「納得いくか?」
光が形の良い眉を寄せた。
「要求するものが館内放送と同一、なんて偶然もいいところだ」
「そのとおり。つまり、犯人は品物が欲しいわけじゃなかった、目的は他にあった。――ところで、光さん。拘束されている間立ちっぱなしで疲れませんでした?」
「あんなの道場の訓練に比べたらどうってことない。犯人のほうがバテていたぞ、包丁とモデルガンを抱えていたし」
「でしたね。あの光景が、僕には不思議でたまらなかった」
「?」
「目出し帽男は、館内放送で宣伝された商品を要求していました。ショップ名も商品名も正確だった」
「事前に放送を聞いて、メモをとっておいたんじゃないか?」
「おそらく。――けど、メモを読み上げている様子はなかったですよね。
丸暗記していたのか? そのわりには〈ブルガリナ〉のペアウォッチを撤回して、〈FDCマート〉のブーツに変更したり、挙動不審でした。
だから僕は最初、DJに原稿を読み上げさせて、それを復唱しているのかと考えました。マイクの音量を落とせばDJの声は外に漏れませんから」
光が何か言おうとするのを遮って、
「ええ、わかってます。
DJはずっと床に伏せていて、何かを読み上げている様子はありませんでしたから。もちろん、光さんが犯人の手助けをするわけがない。――さて、これはどういうことか?
トランシーバーの受信機で指示されたものを復唱していたんです」
ホットチョコレートを呑みきった日向は、正面から視線をそらす。向かいのベンチのカップルがキスをしていたからだ。
「ちなみにこれは正解ですよ。確認しましたから」
「頭が帽子に覆われていたから、イヤホンは見えなかったな」
「正体を隠すほかに、それも狙いだったのかもしれません。それはそうと――彼はあんな騒動を起こして捕まらない、とでも考えていたのでしょうか?」
「逃げおおせると思っていたら相当な楽天家だな」
「協力者がいる、ということは二人以上で企てた犯行ということになります。一方が捨て身の騒動を起こしてまで、他方がやり遂げたかったことは何か?」
「あの刑事……」
つぶやいた光に、日向はこくりと頷く。
「はい。宝石窃盗団はすみやかに逮捕されたそうですね」
ラジオジャックが起こっていたあの時間、カップルを装った窃盗団が宝石店を強盗していたのだ。
「クリスマスシーズンで、店舗には指輪や高級腕時計の在庫が普段より多かったそうで。僕の替え玉をした刑事さんが教えてくれました」
靴屋に向かう途中、日向の肩を掴んだのは、刑事だった。
客にまぎれて様子をうかがっていたらしい。頃合いを見計らって、入れ替わり作戦を提案してきたのだ。
替えの服がなければ裸にむかれたまま、ということは無かったと思うが、光のプレゼントが早速役立ったわけだ。
全身着替えた日向は、べっと舌を出した。
「あの公開ジャック、陽動作戦としてはまずまずでした。店長も支配人も、完全にこちらに気を奪われていましたし」
「どうしてバレた?」
簡潔な問いに、日向は鼻をすすって、
「宝石店に女性の警察官がいたんです。
正真正銘プライベートで、恋人と婚約指輪を購入しに来ていたそうで。さっきの刑事さんが彼女に気づいて、事件を察したと」
「どうやって察した? モールス信号でも送ったのか」
「さあ、そこまでは教えてくれませんでした。でも、すごい偶然ですよね。強盗団にしたら、不運だったというか」
聖夜は悪事に向いていないのかもしれない。
日向がそうつぶやくと、悪事に運も不運もないだろ、と断言して、光はワインを飲みきった。赤く染まった目元で微笑む。
「やっぱり似合ってる……その服」
「光さん」
「ん?」
「抱きしめます」
「……ちょっ」
とつぜん抱きすくめられた光は、日向の胸を軽く叩く。
さいわい、周りは自分たちの世界に浸っていて、誰もこちらに注目していなかった。
首筋に顔をうずめたまま日向がささやく。
「ごめんなさい。怖かったですよね……」
嘘つき。
怖くて嫌だったのは、日向なのだ。光があんな風に拘束されて……今こうして腕のなかにいるのが奇跡みたいに感じる。背中をぽんぽん、と叩かれて、日向は光から離れた。
「――なんか大変な一日なっちゃいましたね」
「予定が大崩れだ。イブだし、ちょっと高級なレストランにでも入りたかったのに」
「今からじゃ間に合わないか」
「イブだしなあ」
日向の『キザなセリフを決めまくる作戦』も台無しだ。
黙ったままイルミネーションを眺める。
粉雪がちらついてきた。かじかむ手を繋いで、幻想的な景色を目に焼きつける。
「えっとですね」
イルミネーションの灯りを瞳に映して、日向がいう。
「今日と明日、うちの家族、母さんの実家に行ってていないんです」
「日向は行かなくてよかったの?」
「僕は光さんと予定があったから……だから、今夜、光さんの部屋に行ってもいいですか」
光が一人暮らしをしているアパートのことである。
光は猫みたいな目をぱちくりさせて、
「大学が冬休みに入ったから、実家に戻っているんだけど」
「えっ、ああ、冬休み!? そ、そうですよね……」
これでもかという程ショボくれた日向に、光はくすくす笑って、
「でも、鍵なら持ってるよ。――行く? 部屋あったまるまで時間かかるかもだけど」
大きく頷いた日向の腕をつかんで立ち上がる。
少しくらりときた。ホットワインの酔いが回ってきたのだろうか。
「アルコール飛んでいるんじゃなかったんですか」
「じつは私、お酒苦手なんだ」
「やっぱり」
「日向ほどじゃないけどな」
本当はそれほど酔っていなかったけど。
心配して寄りそってきた恋人の腕に、光は思いっきり抱きつく。
イルミネーションの聖夜は綺麗で、素敵すぎて、ずっとここに居たいような気もするけど――
寒くてこじんまりした部屋でいいから。
早くふたりっきりになりたい、と光は願った。
(end)*7
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*6 普段は赤いライトアップがされるが、23日~25日はスペシャルイルミネーションとして青くライトアップされる。(さっぽろテレビ塔HPにはライトアップスケジュールが掲載されています。)
*7 お読みいただきありがとうございました! 次回の更新はバレンタイン辺りを予定しています。




