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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
クリスマス特別編―Oh, Merry day!
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C-1 日向、キザになる

【12月の星占い かに座】


全体運:冬の星座に後押しされて、何をやっても上手くいく時期! スリリングな体験が吉。

金 運:おもわぬ出費があるかも。ただし、出し惜しみはしないこと。 

恋愛運:絶好調。とくにクリスマスデートの君は超ラッキー! デート中、格好いいセリフを決めれば、彼女は胸キュン間違いなし!!





 コンビニで立ち読みしていると、向かいの横断歩道から視線を感じた。

 いつものポニーテールじゃないので一瞬分からなかったが、雷宮らいきゅうひかるだった。

 コートの合間から、ウサギみたいな真白いタートルネックが覗いている。

 小さく手をふりながら、店内に入ってきた。

「あれ? 日向ひなた、ファッション雑誌読んでるの。めっずらしい」

「……」

 小ばかにした言いぐさに、水無月みなづき日向はむっとした。

 おしゃれに興味がないと思われているらしい。実際そうなのだけど、そう思われるのもしゃくなのだ。

 すんと鼻をすすって、雑誌を小脇に抱える。

「レジ行ってきます」

「あーっわかった。やらしいのが載ってるんだろう。男の雑誌には絶対にそういうページがある」

「……やっぱり止めます」

 手ぶらで出ると、ありがとうございましたぁ、と店員の声。立ち読みだけでスミマセン。ついでにトイレも借りてスミマセンでした。


 さて、クリスマスイブ――。

 午後の街には、心なしか男女の組み合わせが多い気がする。

「寒いね」

 光が指をからめてきた。

 付き合いはじめの頃は、手をつなぐだけで緊張したなぁ、と日向はなつかしむ。

 目の前を歩く老夫婦も手をつないでいる。北国の冬は『手つなぎ率』が高い。(*1)


『プレゼント、何が良いですか?』

 一週間前、もったいぶって尋ねた日向に、

『どうせお互い高価なものは買えないんだから。だったら、遊興費に使おう』

 現実的に光はこたえた。


 ということで、いつもより潤沢じゅんたくな資金でのデートである。

 プランは特に決めていないが、とりあえず札駅周辺のショッピングモールに入ることにした。ここだったら、買い物はもちろん、映画も観れるし、食べるのにも困らない。


『本日はKKモール札幌店をご利用いただき、誠にありがとうございます。

〈宝石のLEGEND〉では、ただいまクリスマスキャンペーン中につき、結婚指輪をご購入いただいたかたに特別な特典をご用意しております』


 きよしこの夜をBGMに館内放送が流れている。装飾もすさまじい。

 ここに居るだけで気分にひたれるが、ふと思いついて日向は提案してみる。

「光さん。暗くなったら、ミュンヘンクリスマス市(*2)に行きません?」

 光は猫みたいな目を輝かせた。

「大通りのクリスマス市。私、夜に一度も行ったことがないんだ」

「イルミネーションすごくキレイですよ。――光さんにはかなわないですけどね」

 なぁんちゃって!

 バッカじゃないの? そんな悪態がかえってくるのを覚悟して横を向くと、光は頬を赤らめているではないか。

 日向は目を疑った。嘘だろ、と思った。こんなことで喜んでくれるなんて。


 よしっ、今日はキザなセリフを沢山決めよう!!


 ほかにどんな褒め言葉があるだろう? あぁ浮かばない。自分のボキャブラリの無さを恨む。

 夜はどこで食べるか決めていないが、ベタに『君の瞳にカンパイ!』が良いかもしれない。そうだそれがいい。妄想してニヤけていると、

「――ねえ、これ試着して」

「?」

「日向はいつも子供っぽい服が多いけど、こういう落ち着いたのも似合うと思うんだ」

 シックな色のセーターを体に押しつけられていた。

「はあ……」

 きょとんとして、あたりを見回す。いつのまにやら、ファッションエリアに迷いこんでいた。

 茶目っ気たっぷりの笑みで、光が言う。

「お姉さんが買ってあげるよ」

「……話、違うじゃないですか。プレゼントはやめようって」

「私はいらない。でも、日向にあげてもいいでしょ。バイト代が入ったから、全身コーディネートしてあげる」

 大学生になった光は、父親が経営する工務店でアルバイトをしているらしい。高校生で、バイト禁止の身の上である日向は唇をとがらす。

「ずるい。僕も、光さんをコーディネートしたい」

「どんな風に?」

 日向は装飾過多のモールを見回して、

「――そうだ。サンタ! 僕、女の子サンタ好きなんです。あの恰好してください」

 光は一気に冷めた目になる。

「それ、コスプレじゃん。お前、だんだん空野そらのみたいになってきたな」

「……」

 過去には、裸エプロンをOKしてくれたのに。光には極端な発想のほうがウケるのかもしれない。失敗した。

 意気消沈のまま、試着室に放り込まれる。

「おぉ、かっこいー。じゃ、次これ着て」

「また?」

 途中から、相談役としてオシャレ店員(イケメン)も参入し、何度も着せかえ人形にされ、日向はげんなりした。

「君、似合うね~。写真撮って、ショップのチラシに使ってもいいかな。いやマジで」

「絶対やめてください!!」

 ようやく会計まで済み、ずっしりした袋を両手にかかえて歩く。

「こんなに買ってもらって……。よかったんですか」

「今度会うとき、着て来てね」

「ありがとうございました」

「ん」

 頭を下げると、光が満足げにうなずいた。

 おろした髪がさらりと揺れて、幸せそうな笑顔に日向はドキドキしてしまう。触れるのは平気になったけど、心はまだまだ鎮まらない。

 照れかくしに、左右の袋を持ちかえていると、

「重いでしょ。ロッカーに預けようか」

 気遣われた。これから夜まで遊ぶことを考えたら、その方がいいだろう。

 コインロッカーが設置されている〈センターコート〉には、人だかりが出来ていた。

 透明なガラスのブース内で、ラジオの公開放送がおこなわれている。


『時刻は午後三時になりました。ここで宣伝です。

 ランジェリーショップ〈MOCOSTYLE〉では、クリスマス気分を盛り上げてくれるアイテムをセール中です。楽もキレイも叶えてくれる天上のブラで、バストも気分も上向きに!』


 なるほど、館内放送はここから発信されていたのか。

 ノリのよさそうな男性DJが、かろやかな口調で進行している。


『次は、《そこのアナタ!》のコーナーです。簡単なクイズに答えるだけで、モール内のレストランで使える食事券一万円分をプレゼント!

 今日もたくさんの人が集まってくれていますね~。本日のテーマは、《クリスマスデートのアナタ!》です。さっそくお似合いのカップルを見つけてしまいましたよ――白いタートルネックが似合うお嬢さん!』


 DJの指差しに、人だかりが一斉にこちらを向いた。

「……光さんのことじゃないですか?」

「人違いだろう」


『――ああ、行かないで! せっかくのクリスマスイブなんですからっ。彼氏くん、彼女を連れてきて』


「ですって。行きましょう」

「!」

「せっかく選ばれたんだから。ねっ」

 腕をつかんで歩かせると、すごい顔で睨まれた。

 さすがの光も人ごみのなかで暴れる勇気はないのか、不機嫌な態度をふりまきつつも、スタッフジャンパーの男性の案内でスタジオに入る。

 光さん、ごめんなさい。

 でも、食事券一万円はぜひともゲットしたいのだ。ちょっと高級なレストランで、例の台詞を決めるのだ。ふふふ……。


『いらっしゃいましたね。お嬢さん、ありがとうございます。おっ、彼氏が手をふってますよ~』


 DJの向かいに立つ光は見事な仏頂面ぶっちょうづらである。日向は喉の奥で笑う。面白くてたまらない。


『お名前は? 言いたくない?……これからのご予定は? ノーコメント……と。

 ではっ、さっそく問題にいっちゃいましょうか。今日はすこし難しいですよ。よぉく聞いてくださいね――うさぎ、うま、フクロウをイメージして作られた北海道警察のマスコットキャラといえば(*3)?』


 あっ、知ってる! 日向は色めく。

 中学の社会見学で道警本部をおとずれたとき、キャラグッズをもらったことがあるのだ。光はピンとこないのか、眉間にしわを寄せたままでいる。


『制限時間残り三十秒……十五秒……十秒……はい、答えをどうぞ!』


 沈黙が続いた。ダメか……。日向がうなだれていると、


『ぎゃっ!』


 んっ?

 DJの悲鳴に顔を上げると――


 目出し帽をかぶった人物がスタジオに闖入ちんにゅうしていた。

 まさか。何かのイベントだろうか?

 ぼんやり眺めていると、闖入者は光を後ろから拘束した。その手には包丁が握られている。にわかに大衆から悲鳴が上がった。

 包丁の切っ先は、光の喉にむいていた。

 


―――――――――――――

*1 色っぽい理由よりも、単純に寒いから、そして、路面が凍結していて滑りやすいことが要因として挙げられる。

*2 札幌市の姉妹都市ミュンヘン(ドイツ)の年中行事のひとつであるクリスマス市を模したイベント。本場のグッズやスイーツなどの出店がある。イルミネーションを眺めながら飲むホットワインが最高。 

*3 答・ほくとくん。ウサギの耳と、フクロウの目、馬の足を併せもつ。メチャクチャだ。

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