10-9 お節介で素敵なアナタへ【解決編2】
【関係者一覧】※()内は学年
・手芸部~衣田乃維(3)、縫野(2)
・演劇部~野巻アカネ(3)、ブッチ(2)、ユイ(2)、サヤ(2)、ナベちゃん(2)
・天文部~練雨恋治(3)、天野川(2)、星住(1)、宇井川(1)
・園芸部~恵庭(3)、石林(2)
・その他~衣田乃々(料理部・1)
【事件現場図】
惜しみなく注いでいた残冬の陽が陰ってきた。
皆の視線を一身に受けながら、だんまりを決め込んでいた縫野が丸い唇を開く。
「証拠、あるの?」
見た目に不相応なアルトの声。
「ありません、けど――ずっと気になっていたことがあります」
日向は小首をかしげて、逆にたずねる。
「昨日、人形を発見した時のことです。僕たちが家庭科室に入った後、間を置かずに、手芸部と演劇部の皆さんがやって来ましたね。それまで皆さんは一体どこに居たんでしょう?」
演劇部の幾人かが、表情を強張らせた。かまわず続ける。
「昨日は、チョッキーのお披露目会だったそうですね。どこで行う予定だったんですか?」
「……家庭科準備室」
何かを察したように付け加える。
「でも、先輩たちを呼びに行っていたから……」
「全員で?」
乃維とアカネに聞く。訝し気に顔を見合わせた後、アカネが答える。
「ユイが、ひとりで。『準備出来ました』って教室まで迎えにきてくれたけど……」
演劇部の色白の少女が険しい顔でうつむいた。
「他の皆さんは? 三年生が来るまで、どこで待っていたんですか」
「演劇部の練習場」
縫野の目に怯えの色がある。探偵役は眉を八の字にした。
「惜しい! けど、『家庭科準備室』と答えなかったのは賢明でした。
何故ならそのとき家庭科室では、犯行の真っ最中だった筈ですから。扉続きの部屋に居て、気づかないわけがない。――でも、状況としては然程変わりませんね」
リズミカルな足取りで教卓を降り、家庭科室の扉を開ける。
「演劇部の練習場は、家庭科室の向かいの空き教室です。
すぐ向かいの部屋で、これからお披露目する大事な人形が、とんでもない凶行に遭っていたのに、誰一人として異変に気付かなかったんでしょうか?」
「待って!」
早口で割り込んだのはアカネだ。
「その言い方だと、手芸部と演劇部が“共犯”だったように聞こえるんだけど」
「正確には、二年生同士が、ですね。料理部が家庭科室が空けた隙に、あらかじめ首斬りしておいた人形を――おそらく仮止め状態だったものを解いて――セッティングした。そこで、切断面を偽装した」
手芸部の元部長に向かって言う。
「この偽装は同時に、裁縫ハサミの切り口に気付く可能性がある人物、仕掛けられる側にも〈手芸用品に親しんだ人物〉がいたことを示しています」
「……私?」
乃維が胸に手を当てる。
「おいおいおい」
耐えかねたように、練雨が口を挟んだ。
「ようするに、内輪もめってことか。だったら演劇部と手芸部で解決すべき問題だろう。俺たちがこの場にいる必要はあるのか」
なあ、と部員たちに同意を求める。天野川部長が頼りなげに頷き、宇井川と星住は唇を結んだままでいる。
「あります」
「……あ?」
思いのほか強く肯定され、練雨はたじろぐ。
「――練雨先輩。これは、アナタたちに仕掛けられた謎なんです。あと少しで済みますから。お願いします。
深く頭を下げられた練雨は、渋々といった様子で着席した。推理が再開される。
「続いて、今日の昼休みに起こった事件について。
料理部の宮西カナさんと縫野さんが家庭科準備室を訪れると、チョッキーの頭部がどこにも見当たらなくなっていた。何者かに持ち去られていたんです」
そこで、ごめんなさい、と後方に叫び、
「犯人は――衣田乃々さん」
崩れ落ちそうになった蒼白の少女を、光が支える。宮西カナを呼ばなかったのはこのせいだ。大勢の前で、友人を窮地に立たせたとなれば、この場でぶん殴られていたに違いない。
「本当なの……乃々!?」
驚愕と怒りに染まった双眸で、姉が妹を睨む。待ってください、と日向は制して、
「衣田さんは自分から話してくれたんです。これ以降は僕の想像だけど、聞いてくれる――?」
蒼ざめたまま頷く。
「頭部が持ち去られたのは、昨日のことです。料理部の実習後、余りのサツマイモを入れたダンボール箱に、彼女はそれを潜ませた。サツマイモは友人の宮西カナさんと分け合ったそうですが、彼女が妙なことを覚えていました。
昨夜、衣田さんのお母さんに車で送ってもらい帰宅すると、箱の蓋を閉じていたテープが剥がれていることに気づいた。箱が開けられた形跡があったんです。ところが、中身はサツマイモが八本――分け合った状態と何も変わっていない」
「解せんな」と恵庭。
「持ち去ったのは、頭部だろう? ならば、自分の箱を使えば済むこと。友人の箱を開ける必要はない」
「全くそのとおりです。だから、僕はこう考えてみました。
衣田さんは、自分の箱だけでなく、カナさんの箱にも隠して運搬すべきモノを潜ませていたんです。頭だけなら、ひとつで済みますが、胴体もとなれば、別に必要になるわけです」
「胴体、も……?」
よいしょ、と足元からダンボール箱を持ち上げ、チョッキーの胴体を詰める。
「うん。布製だから押し込めば入りますね。つまり、衣田さんは、頭部だけじゃなく胴体も――チョッキーの全身を持ち去っていたんです。そう考えると、全ての辻褄が合う」
料理部の少女は、静かに首肯した。
「――さて。カナさんを送った後、衣田さんは〈ある人物〉に人形を届けました。その人物は、自宅で必要な作業をした後、翌日こんな行動をとっています。
料理部の宮西さんを、難癖をつけて連れ出し、あたかも『密室から頭部が消失した』という不可解状況に立ち合わせたのです」
探偵役は、家庭科準備室に通じる扉をコツンと叩く。
「準備室から頭部が忽然と消えた――皆そう思い込んでいました。僕もです。でも、そうじゃなかったんですね」
いかにも楽し気な口調で、結論を導き出す。
「頭部が持ち去られたんじゃなく、胴体が運び込まれたんです」
不意打ちをくらったような沈黙の中、ふふっと日向は笑う。
「部屋中探しても、持ち物検査をしても見つからない筈です。縫野さんは、鞄に潜ませていた胴体を取り出しただけですから。僕らが思い込んでいたことと、全く逆のことが行われていたんですね」
事件後にカナが目撃した、縫野の〈スポーツバッグ〉。手芸綿と裁縫セットしかなかったという、その中に、人形の胴体が収まっていたのだろう。
名指しされた縫野は、赤い唇をきつく結んだままでいる。探偵役は一本指を立てる。
「ここでひとつ疑問が生じます。〈人形を持ち去ること〉が目的であれば、なぜ昨日、首を切断した際に行わなかったんでしょう?
これに対する解釈は一つしかありません。即ち、昨日の時点ではチョッキーがその場に在る必要があったが、それ以後、持ち去る必要が生じた――ということです」
「また説明が婉曲的になってきているぞ!」
長い講釈に練雨はたいそうご立腹だ。日向は首の後ろを掻く。
「スミマセン。でも、そのとき思い当たったのが、天文部VS園芸部の『ブラックホール化事件』なんです」
ぽかんとしている演劇部と手芸部に説明する。
「昨日の放課後、天文部が中庭に降りる間に、花壇に敷き詰めていた筈の〈白砂利〉が、園芸部の〈黒砂利〉に変わっていたんです」
「犯人が分かったのか!?」
せっかちに尋ねてくる天文部の元部長に、「ではでは、僕が説明しちゃいましょうか!」書記の碧が日向を押しのける。
「そろそろ疲れてきたから、チャッチャといきましょうねっ。うちの近所に、ガーデニング好きの叔母さんが住んでいるんですが」
「晴川くん、その話……」早々の脱線した感を練雨がいさめる。
「はいはい、ここからとぉっても重要ですからね! ある朝通学のとき、叔母さんの庭に白砂利が敷かれていたのを見かけたんですが、夕方に帰宅すると、ピンク色の砂利に変わっていたんです。ピンク色の砂利、見たことあります? なかなか愛らしいですよ」
「知らん! その話も全く不思議じゃない。君が出かけている間に、白砂利を片づけて、ピンクの砂利を敷き直しただけだろう」
碧はちっちっと舌を鳴らす。「話はもっと単純でした。究極にズボラともいえますが――」教卓に身を乗り出す。
「叔母さんは、白砂利を敷いた上に、ピンク砂利を撒いただけだったんです。ああいう人種って、気に入らない箇所があると直さずにはいられないみたいで」
「……まさか」と練雨。「中庭の花壇も、白砂利の上に黒砂利が撒かれていただけだったのか……いや、でも」
「江戸っ子の人が言ってましたけど」石林を指して、「黒砂利は白砂利の倍の量があったんでしょ。だったら、覆い隠すのは簡単なことだと思いますが」
「ても、黒と白だぞ! 隠すにしても限度があるだろう。隙間から白が覗いたら、すぐにバレるだろう!」
「白いのは見えてましたよ」事もなげに碧は答える。「ただし、砂利じゃないけどね。ああそうか、僕は珍しい分、よく観察していたんですね。――“雪”ですよ」
残冬の中庭にしぶとく残っていた雪。
「先輩が部室から花壇を見下ろしたときには、雪が薄く敷かれていたんじゃないかな。そして、天文部が中庭に向かうと同時に作業にかかったわけです。目撃者もいるよ」
「呼ばれて飛び出てジャジャジャーン!!」
元気いっぱいに空野楓が登場する。今の今まで教壇の陰に潜んでいたらしい。
「昨日、特別棟の窓から見たぜ。そこの、江戸っ子の人が角スコップで黒砂利を敷いてるところ」その後、日向と碧がイチャつく姿を見て嫉妬に狂うわけだが。
「石林が?」
第一に反応したのは、園芸部の元部長・恵庭だった。石林はそっぽを向く。
「やっぱりお前の仕業だったのか! 怪しいとは思っていたが。天文部に謝罪しろ!!」
「謝罪する必要はありませんよ。天文部も共犯ですから」
唐突に矛先を向けられ、天文部の二年生と一年生が身を震わせる。
「あの場には、もうひとつ不自然な点がありました。
撮影に使われていたのが、カメラでなく〈ビデオカメラ〉だったことです。撮影の名目は、天文部の紹介HPに掲載する写真を撮ることでしたから、普通のカメラで十分だった筈です。ビデオカメラに固執する理由は無い。
放送部に確認したら、天野川部長が『ビデオじゃなきゃ駄目だ』と強引に頼み込んで借りたものらしいんです」
天野川の坊主頭が、急角度でうなだれる。
「つまり、彼らが撮影したかったのは、静止画でなく〈動画〉だったんです。一体何を撮影するつもりだったのでしょう? 僕が覚えている限り、天野川部長は部員にしかレンズを向けていません。となれば、被写体も部員だったわけです。――ハッキリ言いましょうか」
ついに爆弾が投げられる。
「彼らの目的は、事件で狼狽する練雨先輩と恵庭先輩――アナタたちの姿を撮影することだったんです」
声にならない悲鳴を漏らして、宇井川と星住が顔を覆った。
練雨と恵庭は、ただ唖然としている。自分の置かれている状況がまったく理解できない、といった表情だ。
「その可能性に思い当たったとき、僕は、この二日間で起こった出来事を俯瞰してみました。
卒業式間近に起こった一連の事件。関わったのは、いずれも部員が二~五人の〈少人数の部〉に限られています。これは偶然でしょうか?」
「んな大げさな」アカネはじれったそうに、「少人数の部なんて、他に沢山あるじゃない」
「いいえ。この卒業式間際の時期に、三年生が未だに関わっている――となると話は別です。ひととおり調べてみましたが、そんな部は他に見当たらない。
チョッキーの事件に話を戻しますが、一度持ち去った人形を、胴体だけ返したのは何故でしょう? それは、胴体に“後ろめたい秘密”があったからこそ、だったのでは? 人形の中に〈ビデオカメラ〉を仕込んでいたんですね――?」
二つ目の爆弾が投げられた。日向は、黒いオーバーオールの胴体を抱く。
「天野川部長が使っていたような小型のハンディカムなら、腹部に仕込めます。黒い服だからレンズも目立ちにくい。そこまで計算していたのかは分かりませんが」
「3、体内に隠す」板書を朗読したのは光。「そういうことだったのか……?」
「昨日、縫野さんは駆け寄ってすぐに人形の胴体を抱き上げました。そこに違和感があったんです。頭部ではなく、真っ先に胴体を抱いた行動に。
それは――首斬りされた人形を前に狼狽える野巻先輩と衣田先輩を、胴体に仕込んだカメラで撮影するためだったんですね」
すっかり困惑しきった様相で、アカネがへなへなと座り込む。乃維の顔色は紙のように白い。
「その後、カメラを回収する予定でしたが、想定外のことが起きてしまった。衣田先輩が、『修復作業を一緒にやる』と申し出たことです。回収の機会を失った縫野さんは、妹の衣田乃々さんに協力を求めた」
おそらく、と日向。「胴体だけは予め〈スペア〉を用意してあったのでは? そうでないと、包丁で刺すなんて真似は出来ないと思うので……。頭部は、衣田先輩が貴重なボタンを使ったそうなので、代替が利かなかったんでしょう」
気持ちが滅入るような静けさのなか、縫野がすっくと立った。
家庭科準備室から、大きなスポーツバッグを抱えて戻ってくる。バッグから、見覚えのあるものを取り出した。
「あ……」
アカネと乃維が目を見開く。
それは――すっかり修復が済み、不気味な笑みをたたえている悪魔人形だった。




