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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
連続××事件でお別れです―Mystery for you
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10-8 水無月日向の殺人形講義【解決編1】

【関係者一覧】※()内は学年

・手芸部~衣田乃維(3)、縫野(2)

・演劇部~野巻アカネ(3)、ブッチ(2)、ユイ(2)、サヤ(2)、ナベちゃん(2)

・天文部~練雨恋治(3)、天野川(2)、星住(1)、宇井川(1)

・園芸部~恵庭(3)、石林(2)

・その他~衣田乃々(料理部・1)


【事件現場図】

挿絵(By みてみん)

 ががっと、古いスピーカーが割れた音を発した。続いて流れてきたのは、『あおげばとうとし』。卒業式のリハーサルだろう。


「皆さんお疲れさまです」

 教壇に立つ日向は、集合した面々(めんめん)をゆっくり見回した。

「こうして集まってもらったのは、昨日と今日――皆さんの周辺で起こった事件の真相を明らかにするためです」

 四つの調理台を、天文部、園芸部、演劇部、手芸部がそれぞれ陣取っている。後方にぽつんねんと座っているのが料理部の衣田乃々。その隣に光。

 推理小説の解決編ともなれば、『ちっ、気取りやがって!』『御託ごたくはいいから早く始めろ!』等々、探偵役に野次が飛んでくるものである。が、しんみりした卒業ソングの影響だろうか。放課後の家庭科室には、穏やか過ぎる時が流れていた。

「あらかじめ断っておくと、僕は“名探偵”じゃありません」

 少し緊張しているのか、上気した頬を掻く。

「だから――。僕が辿った思考を共有してもらって、異議や訂正があれば教えてほしいんです。そして、もし、推理が当たっていたら」

 やや強い語調で言う。

「心当たりのあるかたは、『計画』を止めてもらい、この場で和解(・・)して欲しい。そう望んでいます」

 和解? 幾人かが眉を寄せて、ささやき合った。

「ええと……じゃあ、はじめます。――まずは、〈チョッキー殺人事件〉について」

「異議あり!」

 演劇部の元部長・野巻アカネがさっそうと挙手する。

「殺人事件じゃなくて、殺『人形』事件ね!」

「あっ、そうですね。〈チョッキー殺人()事件〉について。

 昨日の放課後、この家庭科室で、演劇部の依頼で手芸部が製作した人形・チョッキーが、首を切断された状態で発見されました。――ところで、この中に『推理小説が好き』という方はいらっしゃいますか?」

 唐突なフリに、互いを探り合うような気配の中、

「わりと好んで読む方だが」

 園芸部の元部長・恵庭がおごそかに発言した。日向はにっこりと笑う。

「ありがとうございます。これから僕が、〈バラバラ殺人の理由〉について、考えつくものを述べますから、訂正や追加があれば教えてください」

心得こころえた」と、やはり厳かに了解する恵庭。

「切断されたのは首だけなので、“バラバラ”とは表現し難いかもしれませんが、その辺は勘弁してください。

 まず、ひとつ目。〈隠ぺい工作〉として死体をバラバラにする場合。特徴的なパーツを分散することで、死体の身元を隠し、犯行が明るみに出るのを防ぐ目的です。死体を隠すために持ち運びしやすいよう解体する、〈運搬〉の目的もこれに含むこととします」

 人さし指で、薄い唇をすっと撫でる。 

「これは即却下できますね。昨日の発見時、現場には〈頭部〉も〈胴体〉も――ほぼ全身が残されていましたから。犯行自体を隠そうとする意図は全く感じられない」

 くるりと黒板に向かい、チョークで書く。【1、隠ぺい工作→×】

「字(きった)ねえ!」初の野次が入った。「衝撃的な下手さだなオイ。見た目とちぐはぐ過ぎるだろぃ」園芸部の二年生、石林がけなしてくる。うなだれる日向の足元から、

「呼ばれて飛び出てジャジャジャーン!」

 晴川碧が派手に登場した。教卓の陰に潜んでいたのだろう。

「板書ならお任せあれ! これでも生徒会の書記をやってますから」

 華やかな美々(びび)しい笑顔を振りまき、日向の文字を消して書き直す。

「碧ちゃん、上手!」

「ペン習字検定二段ですから!」

 ぱらぱらと拍手が巻き起こる。さらに深くうなだれた日向は、ぐすっと鼻水を啜った。

「……次、いきます。ふたつ目、〈恨み・演出〉のため。――これはどうでしょう?

 人形(チョッキー)自体が恨みの対象になるとは考えづらいので、チョッキーに関係する人間(・・)への恨みですね。また、首を切断するというショッキングな演出をすることで、特定の人物にショックを与えるため」

「そうとは限らない」

 調理台に肘をついたまま、天文部の元部長・練雨が物言いをつける。

人間(・・)に対する恨みとは限らんだろう。『演劇部の公演を阻害する目的』でやったとも考えられる。理由は思い浮かばないが」

「ふぬーっ! こんな嫌がらせで公演中止にするものですか!」

 反発してアカネが叫ぶ。まあまあ、と日向は間に入って、

「中止まで追い込むのは難しいと思いますが、練雨先輩の案を否定する根拠もありませんね。僕が述べた分も含めて、『?』としておきましょうか」

 碧がチョークを動かす。【2、恨み・演出→?】

「最後です。みっつ目。これは、死体が人()でなく、人()だからこその理由です。発見されたくないものを、〈体内に隠す〉目的でバラバラにした」

 きょとんとしている一同に、よく通る声で、光が補足する。

「たまにニュースでやってるヤツだろ。人形や食品に麻薬を隠して、密輸入する手口。それと似たようなことだな」

 日向は苦笑して、「そこまで物騒な話じゃないですけど。的確な説明をありがとうございます。以上ですが、いかがでしょう恵庭先輩」

 【3、体内に隠す→?】。老賢者っぽい三年生は、知的な瞳で先を促す。

「皆さんも、今の話を頭の片隅に入れておいて欲しいんです。――事件に話を戻しますね。実は、〈新たな事実〉が判明しまして」

 教壇上のチョッキーを掲げる。頭部を失った、その切り口がよく見えるように高く。

「“被害者”は、首を一刀両断されたように思われましたが、そうじゃなかったんです。少なくとも二か所を(・・・・)切断(・・)されていたことが判明しました。というのも――」

 人形用ベッドから足がはみ出ていたチョッキーが、事件後、収まるようになっていた件を説明する。

「首の一部が持ち去られていた……? なぜ?」

 ううむ、と恵庭が低く唸る。

「それについては、僕も大分悩みました。何かヒントを得られないかと思い、犯人と同じ行動をとってみたんですが」

 アカネが家から持ち込んだ人形・アンジェリーナを掲げて見せる。

「頭()えし!」気色悪そうに石林が叫ぶ。

「僕が首斬りしたんです。犯人が使ったのと同じ包丁で」

 一座に、ぞっとするような戦慄せんりつが走った。美少年然とした笑顔が妙にホラーっぽい。アカネだけは「アンジェリーナ……」と涙を滲ませている。

「実際に試してみて分かったんですが、布製人形の(・・・・・)首を(・・)包丁で(・・・)切り落とす(・・・・・)のは、とても手間がかかる作業です」

 布がほつれ、綿がはみ出た無残な切断面を指す。

「犯行は、料理部が家庭科室を空けた数分間にされました。チョッキーの目撃情報や、鍵貸出簿の記録から、それ以前でないことは判明しています。料理部員がいつ戻ってくるかわからない――そんな判然としない状況で、犯人は首斬りをしたんです。手間のかかる作業を二回(・・)も――そして、切り取った部分を持ち去った」

 カツカツとチョークが黒板に当たる音。

 

『首の一部は、なぜ持ち去られたのか?』


 項目が追加された。

「こんなことをして何のメリットがあるでしょう? たとえば、こういうのはどうか。チョッキーの身長が(・・・)低く(・・)なったことで、人形用ベッドに収まるようになった。つまり、これは演劇部の手芸部に対する〈物言わぬ抗議〉であった」

 名指しされた部員たちが、はっと顔を上げて気色けしきばむ。

「――というのは馬鹿げていますね。そんな抗議があれば、『ベッドに収まるように直してくれ』と直接言えば済むことです。特に、衣田先輩と野巻先輩はごくごく親しい間柄とお見受けしました。頼み事が全く通じないということは無さそうです」

 あったりまえじゃーん、とアカネが腕を伸ばして、手芸部の元部長・衣田乃維と手を繋ぐ。

「アタシたち同じ中学(オナチュー)だったし、ツーカーの関係だもんね!」一方、乃維は「不満があれば対応したよ」とクールに答える。日向は納得したように頷いて、話を再開する。

「どちらにせよ、公演間近にそんな行動に走るのは本末転倒でしょう。人形が駄目になって困るのは、演劇部ですから。

 〈身長〉じゃなければ、〈体重〉でしょうか? 人形の重さを軽くしたかった? 切り取られたのは、ほんの1,2センチ程です。その分の布と綿が無くなったところで、減量したのはほんの数グラム。大して意味がある行動と思えません。却下。さて、他にどんな理由が思い当たるか――?」

 けほんっ、と注意を引くような咳ばらいをしたのは、ミステリー好きを公言した恵庭だ。

「持ち去った一部に、〈犯人を特定する致命的な痕跡〉が残ってしまった――というのは?」

「致命的な痕跡? なんだそれは」

 練雨が語尾をつり上げる。恵庭と懇意こんいなのだろう、気安い口調である。

「犯人は作業中に、指を切る等して出血してしまった。さらに、不注意で血液が(・・・)人形に(・・・)付着(・・)してしまった。拭いても取れないほどに――ゆえに、その箇所を切り取って持ち去らざるを得なかった」

 しばしの沈黙が訪れる。誰かが生唾を飲み下した音がした。

「血液や指紋から犯人を特定されるのを避けた、というわけですね。さすが、恵庭先輩。鋭い見解です」

 感嘆して褒めたたえた後、日向は、にいっと悪戯っぽく口端を上げる。「ただし、これが本当の殺人事件(・・・・)だったら――」

 象のような目を剥いた恵庭に向かって、説明する。

「思い出してください。これは、殺『人形』事件なんです。

 本物の殺人事件みたいに、警察のような捜査機関が介入するわけじゃない。その、もの凄く高価な人形だったら、捜査が入るかもしれないけど」

 手芸部を遠慮気にチラ見して、「今回の場合、そこまでの事態になるとは誰も想定していませんでしたよね。実際そうでした。『検視』もされない。つまり、血液や指紋から犯人を特定するような科学調査は行われないんです」

 恵庭は、はっとしたような表情になって、自らを恥じるように項垂れた。真面目な性格なのだろう。

「――ですが、『〈犯人を特定する致命的な痕跡〉が残った故に持ち去られた』。これについては、僕も同見解です。そこで、ひとつ仮説を立ててみました」

 日向は、調理の材料を揃えるような手付きで、バラバラになったアンジェリーナの部位を並べていく。頭部、胴体、右腕、左腕……。黒魔術を連想させる不気味さである。

「先ほども言いましたが、布製人形を包丁で切断するのは、とても骨の折れる作業でした。

 包丁というのは、殺人事件であれば一般的な凶器に思われますけど、殺『人形』事件には適していないようです。では、これはどうでしょうか?」

 左腕と左肩の切断面。

「えー?」碧が顔を近づける。「さっきのより、切り口が綺麗だね。何を使ったわけ?」

 布のほつれ様も、綿のはみ出し具合も、包丁で斬ったものと比べれば酷くはない。

「〈工作用ハサミ〉だよ」

 探偵役はブレザーのポケットから、何の変哲もないハサミを取り出す。

「これでも結構手間取ったけど、料理用包丁よりはマシだった。――さて、お次はこれ(・・)です」

 今度は、アンジェリーナの右腕と右肩。

「――今までのと全然違うじゃん! どうやったのそれ!?」

 瞳を輝かせて碧がはしゃぐ。ギャラリーからも、ほう、と声が漏れた。

 それもその筈――切断面は今までのものと一線をかくしていた。布も、綿も、乱れやほつれが殆ど見られず、鮮やかな平面を保っている。

「殺人事件には包丁。では、殺人形事件に適した凶器とは――?」

 教卓の引き出しから、日向は、とある道具を出してみせる。皆の視線がくぎ付けになる。


「〈裁縫用ハサミ〉……?」


 どこか脱力したような呟きを漏らしたのは、アカネだ。日向は陶然として語る。

「――感動でした。ものの数秒。ほとんど力も入らずに切断出来てしまった。今までの苦労は何だったのかと思うほどです。僕は、裁縫を全くやらないので、これほど便利なモノの存在に思い当たらなかったんですね」

「そりゃそうよ」

 乃維がうんざりしたように言う。「犯人も、包丁なんて使わずに、裁縫ハサミを使ってくれたら良かったのに。そうしたら、切り口のダメージも少ないし、三十分もかからず修復できるのにって思ったよ」

「水無月、お前の説明は婉曲的すぎる!」

 細長い体躯を震わせて、練雨が立ち上がる。

「裁縫ハサミを使えば、スムーズに切断できることはわかった――が、実際犯行に使われたのは、料理用包丁なんだろう? この議論に意味あるのか?」

「説明下手ですみません」探偵役は黒髪の頭を掻く。「つまり、僕の仮説はこうです。――犯人は、〈裁縫ハサミ(・・・・・)を使った(・・・・)痕跡を隠すため(・・・・・・・)に、首の一部を持ち去った」

 はあ? と混乱しきった呻きを漏らす練雨。


「犯人が最初に使った凶器は、〈裁縫用ハサミ〉だったんです。

 ところが、土壇場どたんばで気付いてしまった。その鮮やかすぎる切断面、ある意味、特徴的な痕跡(・・・・・・)が残る凶器について。それを隠すために、わざと扱いにくい料理用包丁で、断面を削いで取り除いて、〈新しい切り口〉を偽装(・・)した」


「……じゃあ」

 首をかしげながらも、光が言う。

「犯人は、裁縫ハサミ(・・・・・)()日常的に(・・・・)使っている(・・・・・)人物(・・)ってことか?」

 必然的に、ひとつの部に視線が集中する。

「ちょ、ちょっと待てよ……」

 練雨が再度口を挟む。「裁縫ハサミくらい、俺だって持っているぞ! 中学のときに、家庭科の授業で購入させられたのだけど。そんな根拠だけで犯人が特定できるかよ!?」

「違う、練雨」

 恵庭が威厳のある声で言い放つ。

「重要なのは、そこではない。

 犯人が切り口(・・・)を偽装した(・・・・・)――その行為自体が問題なんだ。『裁縫ハサミの切り口が犯人の特定に繋がる』と思い込んで行動した。それこそが、犯人は、〈手芸用品に親しんだ人物である〉ということを示しているんだ」

 皮肉なことに――。日向は憂いを含んだ口調で付け足す。

「もちろん……僕の想像が当たっていれば、の話ですけどね」

 互いに息を殺し合うような、重い沈黙が漂う。始終顔をこわばらせている手芸部の後輩――縫野の姿を、乃維がじっと見つめている。

「嘘だろう? おいおい」

 虚脱感に耐えかねたように練雨が座り込んだ。

 スピーカーから流れていた『仰げば尊し』が途切れて、数秒間のノイズの後、『ありがとうさようなら』が流れ始めた。

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